事務所在籍のアイドルから、お好きなあの子とその子を選んでお読みください。
※ 後、既に内容を察した方はお戻りになることをおススメします。
万が一気分を害されても、責任は取れません。
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「食べちゃいたいほど、愛してる」
この場合、「食べちゃいたい」は食欲ではなく性欲を意味する物だと言える。
と、言うよりそうでなくては困るのだ。
実際に恋慕の相手をむしゃむしゃと食べてしまう者など居ては大事件。
事が発覚した際は、ニュースサイトや新聞に、
『行き過ぎた愛が食人へ!』なんて見出しの記事が載ってしまうことになるだろう。
……つまり今、一人の少女が目を落とす週刊誌の表紙のようにである。
「……馬鹿」
言って、彼女は雑誌を放り投げた。
そう、そうだ。彼女たちは随分と阿呆なことをしてくれた。
お陰で事務所は連日の取材申し込みとクレーム対応にパンクして、
今や普通に仕事することすら儘ならないような状況だ。
当分の間は自分たちも、アイドルではなく一介の少女として過ごすことになるだろう。
……さらに言えば、それだけで収まるとも思えない。
最悪の場合は、このまま潰れてしまう可能性だってある。
件の事件の舞台となった、馴染みの店が営業停止に追い込まれてしまったように。
そんな先の見えない不安の只中に放り出され、多くの仲間は困惑した。
ある者は心に消えぬ傷を負い、ある者はただ喪に服し、又ある者は付き合いきれぬと出て行った。
中には想い人の成した罪の深さに世を儚み、命を絶った者もいる。
こうなってしまっては手遅れだ。
例え騒動が収まろうと、誰も、何一つ元の通りに戻りはしない。
……だから少女は決断した。
なら、自分たちも勝手にさせてもらおうと。
「怖い?」
少女が彼女に訊いた時、返って来たのは「嬉しい」という言葉だった。
既にお互い正気を失い、狂気の世界に生きていた。
しかし互いに狂っているならば、二人の世界は正気である。……人を想うとはそう言うことだ。
周りの声など聞こえない、孤立した世界が其処にはある。
台所から一枚の平たい皿を持って来ると、少女は白く清潔なテーブルクロスの掛けられた、
小さく、四角い木製テーブルの上にそれを置いた。
丁度自分の座る席の対面、会食相手に料理を出すように。
それから今度は洗面器を持って来て、中に入っていた物を飾り付ける。
この作業に関しては、テーブルクロスに染みをつけないよう気を遣うのが大変だった。
既に血抜きはしてあるといえ、机の上に汚れがつけば折角の食事の雰囲気が台無しになってしまう。
「ん」
中々上手に行ったじゃないかと、自分で自分を褒めてみる。
後は花を飾った花瓶に燭台――どちらもこの時の為に用意したものだった――
真新しい蝋燭に火をつけて、部屋の電気を暗くする。
狙い通り、ロマンチックなムードを演出できた彼女はご満悦だ。
最後に料理を運んでくると、割れ物でも扱うような慎重さで自分の座る席に置く。
透明なグラスに注がれた、赤い液体が柔らかな蝋燭の明かりに妖しく揺れた。
小さく乾杯するように持ち上げて、彼女はそれを、まず同席する相手の口元へと寄せる。
……滴り落ちた液体が、平たい皿を満たしていく。
味の感想を求めると、最愛の人は微笑んだように見えた。
「……いただきます」
食事の前の祈りを捧げると、彼女は改めて目の前の"相手"を見下ろした。
調理の手間と一度に食べれる量を考えて、部位は厳選したつもりである。
何せ初めて尽くしのことなのだ。
時間も一杯かかってしまい、己の不器用さに何度も悪態だってついた。
けれども目の前にある、良く焼けた肉の塊はその甲斐あってとても美味しそうに見える。
蝋燭が放つオレンジ色の灯りを受けて、鈍く輝くフォークとナイフ。
スッ……っと刃先が入れば良かったが、理想と現実はいつだって隔たりがあるものだ。
彼女は肉を切り分ける為、フォークを持つ手に力を込めるが……
結局諦めた様に肩を落とすと、肉を手づかみで皿の上から持ち上げた。
そしてそのまま、齧りつく。前歯で小さく噛んだ後は、犬歯も使って噛み千切る。
調理方法が悪いのか、口にした肉は随分と硬く
――女子供は柔らかいと言う話も、案外アテに出来ないな――なんてことをふと考える。
時間があればトロトロに煮込んだり、もう少し手の凝った料理でも"相手"を味わってみたかったが、
日持ちしないとも聞くし、何より事に及んだ彼女自身、そんな悠長な時間が無い事を知っていた。
今はただ、この幸福に満ちた食事の時が一秒でも長く続けば良いのに……
そんなことを考えながら、黙々と口を動かし続けるだけだった。
食事を終えて、膨れたお腹をさするその手は慈しみに満ちていた。
例えるならば、妊婦が赤子の入った自身の腹を撫でるような……そんな無償の優しさだ。
とはいえ、彼女が誰かの子を孕んでいると言う意味ではない。
それにもう幾らかの時間が経てばこの幸福感に満ちた世界は終わりを告げて、
後はびょうびょうと風の吹きさす荒野のように味気なく、枯れた世界が訪れる。
そうなる前に、自分も片をつけねばならない。
あと少し、数分、数秒と引き延ばすこともできようが、舞台に上がる人間は自分の引き際を知っている。
彼女は静かに目を閉じて、幾つかの想い出を振り返り……
「お待たせ」言って、手にしたグラスの中身をあおる。
そこに一切の躊躇いは無く、幸いにも口に広がる鉄臭さが毒の苦みを誤魔化してくれるようであり――
――そのまま向かいの皿に載っていた、愛しい人とキスを交わす。
「ごちそうさま」
そうして視界は暗転し、幕は静かに下ろされた。
以上おしまい。お伽話にあるような、幸せなキスで終わるシチュ良いな~って思って書いた話です。
その後、結ばれた二人が倦怠期を迎えて云々なんて後腐れも無いように、文字通り、綺麗さっぱりのハッピーエンド。
では、お読みいただきありがとうございました。
乙です
ハイレベルな愛だなぁ
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