これは、アイドルマスターミリオンライブのSSです
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「プロデューサーさん。私、貴方の事が大好きです!」
夕日に染まる帰り道。
太陽は斜めに道路を照らし、カラスが鳴いて帰る頃。
隣同士の影から本物のプロデューサーさんに顔を向けて。
私は、そう告げました。
今日二人で一日中たくさんたっくさん遊んで。
とってもとっても楽しくて。
そして、ようやく。
今までの、不思議な気持ちに気付けて。
気付いてくれましたか?
プロデューサーさんにカワイイって言ってもらう為に、頑張ってオシャレしてきたんです。
思ってくれましたか?
何時もと違って少しメイクした私を、大人っぽいって。
大好きな曲を聴いてたら、なんだか楽しくなるみたいに。
プロデューサーさんといると、とっても楽しくて。
歌を歌っていると幸せになるみたいに。
プロデューサーさんといると、とっても幸せで。
なんでこんな気持ちになるんだろう。
なんでこんな嬉しいんだろう。
なんでこんな幸せなんだろう。
なんでこんな…苦しくなるのかな、って。
その理由が、やっと分かったんです。
分かっちゃったからこそ、余計に悩んだけど。
やっぱり私は、真正面から。
自分に嘘はつかないで、素直に伝えるしかないんだ、って。
だから…
「プロデューサーさん!私と付き合って下さい!」
涙がでそうなくらい不安になって。
言った事を後悔しそうになって。
怖くて、足が震えてしまいそうで。
それでも、プロデューサーさんを見つめて。
だから…
「…あぁ。俺も未来の事が好きだ」
とっても、とっっても!嬉しかったです!
嬉しすぎて、その場で飛び跳ねちゃいました。
ステージを成功させた時みたいに心は踊って。
不安なんて、何処かに飛んでっちゃったみたいです。
幸せで…涙が、溢れちゃいました。
「おいおい、泣く事はないだろ」
「だっで…だっでぇ!」
涙が溢れる、その瞬間に。
プロデューサーさんは、抱き寄せてくれました。
たったそれだけなのに。
心がポカポカあったまって…私って、単純ですね。
「俺は、笑顔の未来が大好きだ。だから、笑ってほしい…って、少し臭かったかな」
「プロデューサーさんは臭くありませんよ?」
もうすぐ家に着いちゃうのが勿体無くて。
ずっとずっと、抱きついたままいたいな、なんて。
でも、門限もあるし…
少ないとは言え、人もいるし…
「明日からも、よろしくな」
「あ…その、プロデューサーさん!」
でも。
このまま今日はお別れなんて勿体無いですよね。
だから。
一歩だけ、踏み込んでみよう、って。
家の前に着いて、一度離れて向き合い。
すーっと大きく深呼吸して。
そして、また。
プロデューサーさんに近付いて。
チュ、と。
触れるだけの、簡単なキスをしました。
たったそれだけの筈なのに。
なんだかとってもとっってもあったかくて。
頭がぐるぐるしそうで。
「そのっ!明日からも、お願いします!」
バターンッ!と。
家に駆け込んで大きく息を吸って吐いて。
バクバクする心臓と連動して足まで跳ねそうに。
ううっ!って恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜになったままベッドにダイブ!
もちろん、後悔じゃないですよ?
そうじゃなくって、ひたすら恥ずかしくて。
明日からちゃんと顔見れるかな?
顔、赤くならないかな?
ピロンッ。
スマホに通知が一件。
見れば、プロデューサーさんからで。
内容は、改めてよろしくな、って。
もうそれだけで、尚更嬉しくなっちゃいました!
取り敢えずスクリーンショットを撮ってから。
こちらこそ、よろしくお願いします!って返信します。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて!
まるで幸せの頂点に立っているみたいに。
明日からしたい事、叶えたい事。
行きたい場所、連れて行ってほしい場所。
食べたいもの、撮りたいもの。
そんな夢を思い浮かべているうちに、夢の世界に落ちていきました。
…でも。
明日からも、なんてそんな当たり前でありふれた。
これからも、なんてそんな日々は。
今まで通りを今まで以上に過ごせる筈の世界は。
簡単に、なくなっちゃうものでした。
翌日目が覚めて、ウキウキ気分で事務所に向かいました。
ぴょんぴょん跳ねる心は、まるで青信号の点灯みたいに。
少し冷たい風と舞い散る葉っぱは、まるで私を祝福するみたいに。
行き交う人々が、今までと違うみたいに見えて。
きっとみんな、こんな幸せを経験してきたんだなって。
スキップしそうな足を無理やり抑えようにも難しく。
ニコニコしながら、事務所に着いて。
おはようございまーす!なんて、元気よく挨拶しながらドアを開けて。
でも、なかなか誰からも返事が返ってきません。
あれ?何時もだったら小鳥さんが、朝から元気ね、未来ちゃんは。
あぁ、若さっていいわ…なんて返してくれるのに。
もしかして、電話中だったりするのかな?
事務所に入ると、みんなが少し俯いていました。
なんでしょう?足元に何かいるのかな?
もしかして落とし穴に気を付けて歩いてるとか!
なーんて、能天気に。
「…ねえ、未来ちゃん。落ち着いて、聞いてくれる?」
「あ、おはようございます!小鳥さん!」
なんとなーく、少しだけ嫌な予感がして。
それを吹き飛ばす為に、大きな声で挨拶して。
でも、小鳥さんの表情は変わらなくて。
もしかして、私何か失敗しちゃいましたか?って不安になって。
…でも。
そんな不安を吹き飛ばすくらいに。
そんな事なんて、どうでもよくなるくらいに。
小鳥さんから告げられた言葉は、凄く辛いものでした。
「…プロデューサーさんが、事故に遭った、って…まだ、意識を取り戻さないみたい…」
それから、数日。
正直、何があったのかよく覚えていません。
ただ学校に行って、レッスンを受けて。
上の空だったので、たくさん注意されちゃいましたけど。
あの日、あの後交通事故に巻き込まれたそうです。
幸い命に大事はないそうですが、未だに意識は取り戻していないみたいで。
あんなタイミングで言っちゃったからかな。
私があの時あんな事を言わずに、直ぐにお別れしてたら巻き込まれなかったのかな。
折角恋人同士になれたのに。
頑張って勇気を出せたのに。
ようやく心が通じ合ったのに。
やっと素直になれたなに。
明日からも、が叶わなくて。
自分のせいで、なんて自分を責めて。
意味が無いことくらいわかってます。
それでも、やっぱり辛くて。
「大丈夫?未来」
「静香ちゃん…うん!もちろん、直ぐプロデューサーさんも良くなるよね!」
自分に言い聞かせるみたいに、無理やり元気をだして。
レッスンルームの壁にもたれ掛かって水分補給をしている。
そんな時でした。
「みんな!プロデューサーさんが意識を取り戻したそうよ!」
小鳥さんからの報告。
それを聞くと同時に、私は走り出していました。
ジャージのまま、階段を駆け下りて。
急いでタクシーを捕まえて、そこでようやくプロデューサーさんが入院している病院が何処だか聞かされていない事を思い出しました。
小鳥さんや他のみんなが降りてくるのを今か今かと待って。
みんなでタクシーに乗り込み、急いで病院へ。
車内で待っている時間は、1分が1時間くらいに感じられました。
それくらいに、待ち遠しくて。
病院へ着くと同時、既に聞いておいた病室へと走り出します。
早く、早く、早く!
プロデューサーさんに会いたい!
プロデューサーさんの顔を見たい!
病室の前では、既に他のみんなが集まっていました。
そのみんなの顔には、笑顔が浮かんでいます。
みんな、嬉しいんだな、って。
まるで自分の事みたいに嬉しくなって。
「…開けて、いいんですよね?」
「面会謝絶じゃないし、いいんじゃないかしら」
意を決して、みんなでドアを開きます。
ドアの先には、ベッドの上に座るプロデューサーさん。
こっちを向いて笑顔を向けると同時に、みんなが部屋になだれ込みました。
心配かけてごめんな、とか。
よかった、みんなが元気みたいで、とか。
自分自身が一番大変な状態なのに、他のみんなの心配をしてて。
私の方が、泣きそうになっちゃって。
星梨花ちゃんや百合子ちゃんが泣きながら抱きついて。
その場がおさまるのには、しばらく時間が掛かりそうです。
でも、本当によかったです。
プロデューサーさんが、意識を取り戻せて。
事故の怪我はまだ完治はしてないみたいですけれど、顔色も良いですし。
これで、ようやく…
「よかった…プロデューサーさん!これからも!」
「あ、えっと…」
そんな時、プロデューサーさんが私の方をみて。
少し首を傾げているのを見て。
なんだか、また嫌な予感がしました。
もしかして、少し体調が悪くなっちゃったんでしょうか?
「大丈夫ですか?私が言うのも難ですけど、うるさくしちゃいましたか…?」
「そうじゃなくて…その…」
なんだか、他人行儀みたいな振る舞いです。
それが怖くて、不安になって。
せめて、私は笑顔で振舞おうって。
笑って、プロデューサーさんにも笑顔になって貰おうとして。
そう決意して、プロデューサーさんへ向かい合おうとした時。
最大限の笑顔で、プロデューサーさんが好きだと言ってくれた笑顔で。
私の喜びを届けようとした。
その、瞬間でした。
「可愛い子だけど…新しいアイドルの方ですか?」
「…え?」
私の表情と心は、一瞬で凍り付きました。
「メメント?モメント♪ルルルルル☆」http://youtu.be/MGWI4yjNs0U?t=106
一旦乙です
>>3
春日未来(14) Vo
http://i.imgur.com/o8ck3Pc.jpg
http://i.imgur.com/QRIWEXY.jpg
http://i.imgur.com/QFraRhB.jpg
http://i.imgur.com/duX1DGj.jpg
http://i.imgur.com/z7HCV1c.jpg
>>5
音無小鳥(2X) Ex
http://i.imgur.com/hFRWAa5.jpg
http://i.imgur.com/GbcX6mL.jpg
>>7
最上静香(14) Vo
http://i.imgur.com/9c8p7f7.jpg
http://i.imgur.com/CfNZjkM.jpg
少し進めます
「エピソード記憶障害…ですか…」
一旦部屋から出て少しした後、詳しい話を小鳥さんづてに聞きました。
難しい事はよくわかりませんが、特定の事柄に対する記憶が思い出せない状態だそうです。
その思い出せない事柄の対象が、たまたま私で。
つまりプロデューサーさんは、私に関する記憶を全て失っていて…
「仕事に支障はないと思うわ。それに、数日もすれば未来ちゃんの事を直ぐ理解してくれると思うから…でも…」
「今までの事は、全部忘れちゃってるって事ですよね…?」
それはつまり、今まで二人で過ごして来た日々が無かった事になっちゃってて。
今まで二人で頑張ってきた道が無かった事になっちゃってて。
今まで二人で乗り越えてきたものが無かった事になっちゃってて。
そして…
私とプロデューサーさんの関係が、初対面のアイドルとプロデューサーにまで戻っちゃってて。
ようやく、自分の気持ちに気付けたのに。
ようやく、勇気を出す事が出来たのに。
ようやく、プロデューサーさんの気持ちを聞けたのに。
その全てが、無かった事に…
プロデューサーさんにとっては、新しいアイドルが増えたって感じなのかもしれません。
シアター組に、新しいメンバーが追加された、くらいの。
でも、私にとっては。
0に戻ったってくらいじゃなくて、それよりも押し返された気分で。
だって、他のみんなは今まで通りな中で。
私だけが、リセットされてる。
みんなの中で、よりプロデューサーさんに近付けた筈なのに。
みんなの中で、私だけがプロデューサーさんにとってはまだ何も知らない人って事で。
「少し、プロデューサーさんと二人で話してみたらどう?」
静香ちゃんが、そう提案してきます。
ゆっくりと今までの出来事を話す事で、失った記憶を取り戻せる事もあるかもしれない。
どのくらいの確率なのかは分からないけど、希望があるのなら。
やってみるしかないですよね。
「よし…!私、やってみます!」
「ええと…か、春日未来です!」
「春日さん、か…ごめんな、どうにも思い出せなくて」
まるで、初めて会った時の自己紹介みたいに。
少しよそよそしくなりながらも、プロデューサーさんと向き合います。
でも、プロデューサーさんにそんな事を言われるのがとっても苦しくて。
申し訳なさそうな表情のプロデューサーさんを見るのが、余計に辛くて。
「私、アイドルになりたい気持ちだけは、1番のつもりです!お願いします」
元気よく、勢いで誤魔化しました。
それに、以前と同じ事を言えば。
以前と同じ事をすれば。
少しでも、記憶を取り戻せる切っ掛けになる気がして。
「ははっ、元気な子だな。多分、前からその元気に俺は助けられてたんだろうな」
「それはお互い様です。私だって、プロデューサーさんにいっぱい迷惑かけちゃったけど何度も助けて貰いましたから!」
本当に、忘れちゃってるんですね。
全てを忘れちゃってる訳じゃないから、プロデューサーさんはプロデューサーさんだけど。
私に関しては、ぜーんぶ。
この元気が空回りして、何度も失敗しちゃってたのに。
全くの別人って訳じゃなくて、以前と人柄自体は全く変わってないからこそ。
私だけが、やり直しになってるからこそ。
1から始めなきゃいけなくて。
生まれ変わったみたいですまーいっかオールオッケーなんて訳にはいかなくて。
だから、せめて。
笑顔だけでも、崩さないように。
私の笑顔を見て、思い出して欲しくて。
また、私の笑顔だけでも好きになってくれたらいいな。
「あと、春日さんじゃなくて未来って呼んで下さい。だって…」
だって…恋人だったんですから。
そう、言おうとして。
でも、プロデューサーさんは私の事を覚えてないから。
今言ったところで…
「…私は、ずっと一緒に頑張ってきたんですから!」
「そうだったな、未来。これからもよろしくな」
辛くて、苦しくて。
泣きそうになって、でもプロデューサーさんに迷惑をかけたくないから。
笑顔のまま病室からでて。
私は、逃げ出しました。
「うぉっほん。今日からまた、彼には頑張ってもらうよ」
「今まで迷惑掛けてすみません。その分これから、より一層頑張るからな!」
それから3週間くらいで、プロデューサーさんは事務所に戻ってきました。
奇跡的に骨折みたいな後々の生活に響く怪我はしないですんだから、早目に退院出来たそうです。
それでも病院からは無理をするなって言われちゃったみたいですけど。
そこはやっぱり、プロデューサーさんなんですね。
「よかった…これでまた、いつも通りですね」
「にゃははー、やっぱプロデューサーがいないと寂しいもんね?」
「心配かけてごめんな。まぁ、みんなが怪我するくらいなら俺で良かったよ」
わいわい、がやがや。
社長が出番を終えてすぐに、プロデューサーさんの周りにはみんなが集まりました。
そのみんなが笑顔で、幸せそうで。
喜びに満ちています。
「しょーがないにゃあ。退院祝いに、プロちゃんには茜ちゃんのとっておきのプリンを…あれ?ない?」
「あ、ごめんね?美味しかったよ!」
「わっほーい!退院祝いに満漢全席フルコースを振る舞っちゃいます!」
「退院うどん…引っ越し蕎麦があるんだし、問題ないわよね」
楽しそうに騒いでる部屋の端で、私は一人立ち尽くしていました。
今あの輪に混ざろうとしたところで、プロデューサーさんは私の事を覚えていないんですから。
今一緒に騒いだところで、私だけは純粋には喜べませんから。
きっと、今の私はあの楽しそうな輪を見ているのが丁度いいんです。
「…未来はいいの?」
「…うん!プロデューサーさんが元気になったなら、私はそれで充分かなって」
他のみんなには、いつも通りでお願いしますって言ってありました。
だって、私だけ気を使われるのって逆に辛いじゃないですか。
それなら、いつも通りの765プロの風景を見ていたくて。
それでもやっぱり、心は痛くて。
「…そう、未来がそう言うならいいけど」
「ありがとね、志保ちゃん」
「でもきっと、あの人ならまた直ぐに未来の事を理解してくれると思うわよ。貴女分かりやすいんだから」
「でへへ~褒められ…てない?」
「自分で気付けるだけ進歩してるわね」
きっと、みんなから見た私は分かりやすい子なんですよね。
だって私は自分に嘘をつけるほど器用じゃありませんし。
周りの誰かに嘘をつき通せる程、器用じゃありませんし。
自分の心を推し殺して隠せる程、器用じゃありませんし。
でも。
みんなが大好きなプロデューサーさんと私が付き合っていただなんて、誰も気づいていない筈なんです。
たった一瞬で、私達の恋人関係は終わっちゃいましたけど。
もしかしたら、私がプロデューサーさんの事を好きだったって言うのは見ていたら分かったかもしれません。
もちろん逆に、他のみんなもプロデューサーさんが大好きだって事は見れば直ぐに分かりますから。
そして、そんな事実を私だけが知っていて。
私の大好きなプロデューサーさんは、私の事を覚えていなくて。
なのに、そんな事…言える筈無いじゃないですか。
言わないじゃなくて、言えないんです。
だって、言ったところで。
余計に辛いだけだから。
言おうとしても。
口は開かず言葉は決まらず、心だけが締め付けられるんですから。
それからしばらく、私がプロデューサーさんとしっかりとお話する機会はありませんでした。
むしろ、元通りになったって言う方が正しいかもしれません。
私以外にもアイドルはいっぱいいて、私一人に構っている時間なんてないんですから。
今までプロデューサーさんがいなかっな時はみんなでフォローし合っていたとは言え、それでも溜まっちゃってる仕事もありますし。
それでも、きっと。
恋人同士だったなら。
もっと私に構ってくれたんだろうな、なんて。
特別扱いして欲しい訳じゃない…って言うのも、嘘になっちゃいますね。
でも、そんなみんなに平等に優しいプロデューサーさんだからこそ私は好きになったのかもしれません。
だから、これでいいんだ。
このまま仕事を続けていればいいんだ。
いつか、それなりの関係に戻れるんだ。
そう自分に言い聞かせて、時間が解決してくれるの待とうとして。
これ以上傷付く事が怖くて。
自分から動く事は、ありませんでした。
「お疲れ様でしたー」
「あ、未来。ちょっといいか?」
そんな、いつもと同じ日々を過ごしていたある日。
レッスンを終えて帰ろうとする私を、プロデューサーさんは呼び止めました。
なんでしょう?
また何か失敗しちゃってました…?
既に私とプロデューサーさんの関係は、ある程度元に戻っていました。
プロデューサーさんは相手の事を理解しようとしてくれますし、私は分かりやすいらしいですから。
もちろん元通りと言ってもあの日より以前の、ですけど。
つまり、他のみんなと同じくらいに、です。
「自分なりに前の事を思い出そうとしてたんだけどさ…SNSの履歴を見たら、あの日俺と未来は会ってたみたいなんだな」
「…そうですよ。一緒にお買い物に行きました!」
嘘はついていません。
実際に、私の買い物に付き合って貰ったんですから。
でも。
SNS上では、その後にあった事は当然ながら喋っていません。
だから、きっと。
プロデューサーさんは、私達の関係を思い出せません。
だって、ヒントが無いんですから。
唯一答えを知っている私が、何も言わないんですから。
「最後に、改めてよろしくな、ってあったからさ。それ以外に何かあったのかなって。もしかしたらそこから
「私が改めて決意表明したんです!絶対に、一番になります!って…」
「…そうか。引き止めて悪かったな」
「いえ。私もプロデューサーさんとお話できて嬉しいですから!」
家に帰って、お風呂に入って。
そのまま何も考えず、ベッドに倒れこみました。
何も、考えたくなくて。
何も、したくなくて。
もしかしたら、さっき打ち明けていれば私は楽になれたんじゃないかな?
…そんな事ありませんよね。
だって、それで私達の関係がまたあの日に戻れる訳じゃないんですから。
それに、余計プロデューサーさんを苦しめちゃいます。
もしかしたら、あの日の出来事を話していれば思い出してくれないかな?
…そんな事ありませんよね。
だって、そんな簡単に解決出来る様な問題じゃありませんし。
何より、余計に私が苦しむだけかもしれませんから。
揺れるカーテンから見上げた空は、雲に覆われて月が見えません。
窓を開けていないのに、外の寒さが伝わってきます。
暖房をつけるためにリモコンを取るのも億劫で、毛布に包まって。
私はそのまま、意識を手放しました。
「ワン、ツー!ワン、ツー!」
翌日のレッスンは、なんだか何時もより難しかった気がします。
なんでか分かりませんけど、上手く足が動かなくて。
おっきなミスはしませんでしたけど、小さなミスが多かったみたいで。
なんとなーく、上手く声が出せなくて。
時折脳裏をよぎるのは、当然プロデューサーさんの事でした。
レッスンに集中しようとしても、開かなきゃ消えないSNSの通知みたいにポップアップしてきます。
それを何とか頭から追い出そうとして。
そんな事を繰り返しているうちに、休憩の時間になっていました。
「大丈夫ですか?未来さん」
「ごめんね星梨花ちゃん。大丈夫、ちょっと水飲んでくるから」
一旦外に出て、自動販売機でお茶を買って。
そのまま外の階段に出て、気分をリフレッシュ。
冷たい風が一気に頭を冷やしてくれます。
よしっ!この後は気合い入れなきゃ!
ドアを開けようとして、ドアノブに手を掛けて。
「あれ?静香ちゃん?」
「あ、やっぱりここにいたのね。未来」
バッタリと、静香ちゃんに会いました。
どうやら私の事を探してたみたいですけど…
「どうしたの?静香ちゃんも外の空気を吸いに?」
「貴女の事に決まってるじゃない。最近はいつもだけど、今日は何時にも増して集中出来てなさそうだったんだもの」
そう言う静香ちゃんの肩は激しく上下していました。
もしかして、休憩に入って直ぐ私を探してくれたのかな。
休憩の時間なんだから、ちゃんと休まないとダメだよ?
なんて、その原因の私が言う事じゃありませんでしたね。
気を付けなきゃいけませんね。
自分だけなら兎も角、周りにまで心配かけちゃうなんて。
折角みんなが頑張ってるんだから。
私一人のせいで、迷惑掛ける訳にはいかないから。
「心配掛けちゃってごめんね?もう大丈夫だから」
「何かあったら…いえ、何かあるなら相談して。未来の辛そうな表情を見てると、私まで辛くなってくるから」
あれ?大丈夫って言ったのに。
それに、そんな辛そうな顔してるつもりは無いよ?
歌うのだって楽しいし。
ダンスだって上手くなってきてるし。
「だから、大丈夫だってば」
「大丈夫な訳無いじゃない」
「大丈夫だって!」
「大丈夫じゃない!」
「大丈夫だもん!」
「大丈夫じゃない!!」
「大丈夫だって…大丈夫って言ってるじゃん!」
「大丈夫じゃないわよ!だって…」
…あれ?
なんで私、こんなにムキになってるんだろ?
なんでそんなに、否定しようとしてるんだろ?
なんで…
「だって!貴女、泣いてるじゃない!それで…大丈夫な筈がないじゃない…!」
私も、静香ちゃんも。
涙を流してるんだろ?
「ごめんね、静香ちゃん…!」
静香ちゃんの泣き顔を見るのが辛くて。
私のせいで泣いてるのを見るのがつらくて。
気持ちは溢れ、渦を巻いて、何を言えばいいのか分からなくて。
私は、走って逃げ出しました。
走って、走って、走って。
階段を駆け下りて、誰もいない階のソファに崩れ込んで。
大きな声をだして、周りなんて気にせずに。
一人で、泣き続けました。
私だって!
私だって本当は、プロデューサーさんともっと一緒にいたいもん!
でも、違ったから。
私とプロデューサーさんの今の関係は、私の望んでいたものじゃないから。
でも、言えないから!
言ったところで、何も変われないから!意味がないから!
今までの積み重ねがあったからこそ、それをお互い知っているからこそ。
私はプロデューサーさんが好きで、プロデューサーさんも私の事を好きになってくれて。
何も覚えてないプロデューサーさんに向かって、私達は恋人だったんです、なんて!
そんなの…
何も覚えてないプロデューサーさんが、それで首を縦に振ってくれたとしても。
そんなの…
これから積み上げていけばいい、なんて。
そんな簡単に考えられる程、私の積み上げた思いは軽くありません。
これから作り上げていけばいい、なんて。
そんな簡単に組み立てられる程、私の心は強くはありません。
「…もう、いやだよ…」
自分でもどうなって欲しいのか分からなくて。
そして、やっと気付いたんです。
私は、目を背けて来たんだな、って。
ずっと逃げ続けて来たんだな、って。
向き合う事が怖くて、また何かが変わっちゃう事が怖くて。
だから考えないように、何も変わらないように。
ずっとずっと、目をそらし続けて。
解えの無い問題から、逃げ続けて。
でも、静香ちゃんは私と向き合ってくれました。
真っ正面から向き合う事が怖いのは、今ならよく分かります。
それなのに…自分が苦しくなるのも構わずに。
私と、きちんと…
なら。
私もそろそろ、ちゃんと向き合わなきゃいけませんよね。
一歩、踏み出さなきゃいけませんよね。
それが納得だとしても、諦めだとしても。
前か後ろかも、分かりませんけど。
『レッスンが終わったら、少しお話ししていいですか?』
『了解。事務所で待ってるぞ』
あの日を境に更新されていなかった、私とプロデューサーさんとのトーク欄。
それから最近の会話は、恋人同士とは到底思えないものでした。
「ごめんなさい。忙しかったですよね?」
「大丈夫だよ、俺も未来と話したかったところだ」
結局あの後、私はレッスンに戻れませんでした。
トレーナーさんには謝りの連絡を入れて、あのソファから動けずに。
ようやく重い足を引っ張って事務所へ戻ってくる頃にはヘトヘトで。
事務所の扉が、やけに重く感じられました。
「未来こそ大丈夫か?あんまり調子が良く無いって静香から連絡来たけど」
「大丈夫…じゃないかもしれませんでした。でも、今は大丈夫です」
きっぱりと、向き合います。
プロデューサーさんと。
静香ちゃんと。
そして…私の心と。
きちんと笑えていたかはわからないけど。
まだ、覚悟は決まってないけど。
少なくとも、不安そうな顔はしてなかったと思います。
「あ、そうだ。明日って空いてるか?」
「え?空いてますけど…何かお仕事ですか?」
「いや、少し俺に付き合って欲しくてさ」
「構いませんけど…何処に行く予定なんですか?」
「あの日、未来と一緒に出かけた場所に行きたくてな。そうすれば、何か掴めるかもしれないし」
…昨日までの私なら。
多分、断っていました。
でも、今なら。
「了解です!バッチリエスコートしてみせますから!」
全てを伝えて。
きちんと終わらせるのに、丁度良いかもしれません。
「…さっきはごめんなさい、未来」
「あ…静香ちゃん…」
事務所を出て下に降りると、静香ちゃんが私の事を待っていました。
もう夜で寒いのに、レッスン後で疲れてる筈なのに。
わざわざ、謝ってくるなんて…
「私こそごめんね。でも、今は本当に大丈夫だから!」
「そう…なら良かったわ。笑顔でいてこその未来だもの」
二人並んで、道を歩きます。
冷たい風は心地よくて。
心も心なし、軽くなった気がして。
あんまり内容の無い事を喋っているうちに、駅が見えて来ました。
「まったく…本当に良かったわ」
「ありがとね、静香ちゃん」
こんなに心配してくれてたなんて。
今更になって、ようやく気付いて。
尚更申し訳なくなっちゃったけど。
きっと今は、ごめんねじゃなくてありがとうかな、って。
「それにしても、事務所でプロデューサーと何を話したのよ。デートの約束でもしたのかしら?」
笑いながら、そう言われちゃいました。
きっとそのくらい、私は浮かれた感じだったんでしょう。
そして、静香ちゃんも元気になった私を少しからかおうとしたんでしょう。
ここでイエスと答えるのも面白いかもしれませんけど。
そうですね、デートの約束かー…
うーん、どっちかって言うと…
「失恋の約束かな。それじゃ、またね!」
「えっ…?」
笑って、私は駆け出しました。
空に浮かんだ雲の切れ端には、大きな月が浮かんでいます。
明日、晴れるといいな。
「ごめんなさーい!待たせちゃいましたか?」
「いや、俺も丁度今来たとこだよ」
翌日、少し寝坊しちゃって5分くらい約束の駅に遅れちゃいました。
こんなやりとりって憧れますよね。
ザ・カップルって感じで!
あ、本当にごめんなさい。
「それで、最初は何処に行けばいいんだ?」
「私に任せて下さい!あ、プロデューサーさん。今日の私、どうですか?」
「どう…?そうだな…何時もより大人っぽい格好で、とっても良いと思うぞ」
「でへへ~。ありがとうございます!それじゃーしゅっぱーつ!」
それから。
あの日に行ったお店で洋服を見て。
あの日に行ったレストランで昼食を食べて。
あの日に行った遊園地でいっぱいいっっぱい遊んで。
そして、改めて実感しました。
やっぱり私は、プロデューサーさんの事が好きなんだな、って。
一緒にいるだけで楽しくて。
一緒にいるだけで幸せで。
今日1日くらいは、私がプロデューサーさんを独り占めしちゃってもバチは当たりませんよね?
今日1日だからこそ、精一杯遊んで楽しんで。
ひたすら、笑って。
気付けば、あっという間に夕方になっていました。
「えへへ~、今日は楽しかったです。ありがとうございました!」
「ああ、こっちこそ付き合ってくれてありがとな。楽しかったよ」
「また、誘ってくださいね?」
「勿論だ。今日1日笑顔の未来が見れて良かった。笑顔の未来が一番素敵だよ…なんて、少し臭かったかな」
また、あの日と同じように。
夕焼けの道を二人並んで歩きます。
空は雲一つない快晴で。
長く伸びた私たちの影が、私たちの少し先を進んで。
「…以前も、この道を通ったのかな。俺たち」
「…もしかしたら、そうだったかもしれませんね」
正解です。
もしかして、少し思い出したんでしょうか。
それとも、似た様な道を通ったことがあるんでしょうか。
でも。
これ以上、私は…
あるかも分からない希望に縋って歩くよりも。
きちんと、もう一度。
私の気持ちを含めて、全部最初からやり直そうかな、って。
もう、私の家が見えて来ましたね。
この信号を渡れば、私の家です。
点滅する信号を、一旦見逃し時間稼ぎ。
さて、最後のひと時です。
落ち着くために、深呼吸して。
息を整え、気持ちを整え。
信号が青に変わると同時に。
私は一歩、踏み出しました。
「もしかしたら、以前の俺は…いや」
「あの、プロデューサーさん」
二つ並んだ影の私の方が、少し先へ進んで。
影から私の少し後ろに立っているプロデューサーさんへ、目を向けて。
私は、伝えました。
精一杯の、笑顔を添えて。
「私、以前の貴方の事が大好きでした!改めて、これからよろしくお願いします!」
全部を一から始めるしか。
きっと前には進めない。
なら、多分。
これで、いいんですよね。
自分で決めたはずなのに、また泣きそうになっちゃって。
でも、きちんと伝えるべき事を伝えられました。
そのまま、後ろへ一歩踏み出せばキスが出来る距離から。
前へと振り向き、私は家を目指して走り出して。
その、直後でした。
「…未来!そうだ!思い出した!」
…もしかして!
私は急いで振り返りました。
もしかして!
プロデューサーさん、私の事を!
一気に視界が開けた気がして。
そして、その視界の端から。
車がスピードを落とさず走ってくるのが見えて。
「俺も、未来の事が!」
このままじゃ、プロデューサーさんが轢かれちゃう!
もうこれ以上、大切な物を失いたくない!
誰かを失うくらいなら。
それなら…いっそ!
「プロデューサーさん!」
全速力でプロデューサーさんに向かって走り。
勢いを殺さず体当たりして。
プロデューサーさんが歩道まで押し戻されたのを見て安心した後。
私の身体に、衝撃が走りました。
ぴっ、ぴっ、ぴっ
電子音が聞こえて、私は目を覚ましました。
ぐるっと部屋を見回すと、どうやら病室みたいです。
私自身はベッドの上で寝かされて、点滴まで着けられて…
あれ?
ガラッと勢いよくドアが開き、男の人が入ってきました。
その後ろから、髪の長い女の子も入ってきます。
お医者さんとナースさんかな?
「大丈夫か?未来!?」
男の人が、私に近寄ってきました。
そして私の意識があるのを確認すると、そのまま床にしゃがみ込んじゃって…
もしかして、私ってそんなに危ない状態だったんでしょうか?
ところで…
「未来、って…私の事ですよね?」
「…え?」
でへへ~、なんだか思い出せないんです。
自分の名前すら忘れちゃって。
これって、キオクソーシツって言うんでしたっけ?
まるで生まれ変わったみたいですね!
「ところで、貴方は私の知り合い…ですよね?お医者さんですか?」
「俺は…」
あれ?言葉に困ってるみたいです。
難しい関係だったんでしょうか?
親の兄の娘の夫みたいな、遠い血縁関係みたいに。
私は何も覚えていませんから、どんな関係の人だって初めましてなんですけどね。
「…俺は、お前の…プロデューサーだよ」
部屋の端では、髪の長い女の子が悲しそうな表情で私達を見ていました。
おわり
時間が掛かってしまい申し訳有りません
お付き合い、ありがとうございました
そういうルートだったか…
おおう…
ハッピーエンド編も書いてくれよおおおおおお
幸せになって欲しかったぁぁ
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