私たち765シアター組が活動の拠点とする劇場には、
少し狭くはありますが、いつも忙しいプロデューサーさん専用の仮眠室が存在しています。
とはいえ、大げさに仮眠室と言ったって、
その場所は元物置である四畳半ほどの広さの部屋に伊織さんが
「使用人たちのお古なんだけど、新しいのを買ってウチじゃ使わなくなったから」
と寄贈してくれた後、
「プロデューサーのライフスタイルにマッチするよう、ロコがリメイクしちゃいます!」
と意気揚々なロコちゃんの手によって、
何ともアーティスティックな見た目にロコナイズされた、一台の簡易ベットがあるだけで。
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……簡易ベットについては、説明しなくても分かりますよね?
あの、真ん中から二つに折れる長方形の台部分と、それを支える足が端っこについただけの、
とってもシンプルな造りをしたベットなんですけども。
狭い部屋の中ではやっぱり折り畳み式だと、
場所を取らなくて便利なんです。
そうそう、折り畳み式と言えば私、最近読んだ本に出て来た
「エニグマ」って言う便利な能力に興味があってですね。
何でも色んなものを紙の中に折りたたんで
仕舞うことができるんだとかなんだとか。
もしもそんな能力が使えたら、私も蔵書コレクションや大切なモノを全部その中に入れて持ち運び、
いつでもどこでも好きな時にその中身を――っていけない!
つ、つい、いつもの癖で妄想の世界に……。
えぇっとそれで、何の話をしてたんだっけ? ……あぁそうだ!
プロデューサーさん専用の、仮眠室の話でした。
……コホン。
それで、その仮眠室なんですけども、出来たのはなんとつい最近、
その部屋を仮眠室と呼んでいるのも、基本的には唯一の利用者であるプロデューサーさん一人だけ……
同じアイドルプロデューサーの律子さんを初めとした多くの人達は、
未だにこの部屋のことを物置と呼んでいます。
「あのぉ、プロデューサーさぁーん……」
そんな物置き兼仮眠室な部屋にやって来た私は、
壁際に広げられたベットの方へ近づくと、
「……何と言うか、物凄い顔してますよ?」
その上に気怠そうに横たわるプロデューサーさんを起こすために声をかけながら、
寝ている彼の顔を、ひょいと覗き込みました。
チョコチョコと伸びた無精ひげ、ピョコピョコと寝癖の跳ねた髪の毛に、
心なしか少々やつれて見える彼の頬。
そんな私に気がついたのか、パチクリと瞼を開けた、
プロデューサーさんと目が合います。
「……百合子か」
「はい、百合子ですけど」
圧倒的なまでの不健康さ。
睨みつけるようなその目つきは、目元のクマと相まって、
まるで不機嫌な時の志保みたい。
「眠気覚ましのコーヒー、飲みますか?」
「……あぁ、貰おうか」
私の手から既に封の開いた缶コーヒーを受け取って、のっさりとした重たい口調、
聞いた方の肩すら重くしそうなその疲れ切った声音に、私は少し心配になります。
ベットの上からゆっくりと、上体を起こしたプロデューサーさんは、
そのまま勢いよくコーヒーを飲み干して。
それからまた、冬眠明けの熊のようにもっさりと、
空になった缶を私に向けて差し出しました。
……まぁ、冬眠明けの熊なんて、
実際には見たこともないんですけどね。
「何だか、随分とお疲れですね。……大分前から、仮眠してたんじゃ無かったんですか?」
「一応は、俺もそのハズだったんだけどね……」
私の素朴な疑問を聞いたプロデューサーさんが、
苦々し気な表情で、欠伸をかみ殺しながら答えてくれます。
「今日はほら、野々原の奴が劇場に来てたじゃないか」
「茜ちゃん、ですか」
突然会話に現れた、劇場きってのトラブ――ムードメイカーの名前に、
私の頭の中では弾けるように明るい笑顔と、「あっかねちゃんだよー!」のフレーズがリフレイン。
「俺が仮眠室にやって来たらさ、どういうワケかアイツがベットで待ってたんだよ」
「え、ええぇっ!? ど、どうしてですか、プロデューサーさんっ!!」
「……落ち着け百合子。それが分かんなかったから、どういうワケかって言ってんの」
プロデューサーさんには、どうやら私が、
大げさに驚いているように見えたんじゃないでしょうか。
呆れた顔でこっちを見るプロデューサーさんに、コホンと軽く咳払いすると、
「そ、それで……どうなったんです?」
「どうもこうもないよ。理由を聞いたら、『プロちゃんも一人で仮眠をとるなんて、
寂しいだろうと思ってね』なんて、マセたことを言ってきたから――」
「言ってきたから、どうしたんです?」
眉間に皺を寄せて尋ねる私に向けて、プロデューサーさんは右手を軽く上ると、
そのまま何も無い空間を撫でるように、その手を動かして見せました。
「大方、レッスンをサボるために隠れてたんだろうって予想はついたから。
――ほら、ここって普段は、俺以外に近寄らないだろう?
だからそのまま、いつもみたいに頭を撫でて、
レッスンに行くよう注意して、それから『キスして』追い返したよ」
話し終わったプロデューサーさんが、ベットから立ち上がるため、
星梨花ちゃんのお宅から持って来られた、上等なカーペットの上に足を降ろします。
けれども私は、そこで気になっていた疑問を一つ、
プロデューサーさんにぶつけてみました。
「あの、今の話なんですけれど」
「ん……どうした?」
「さっきの話の流れだと、プロデューサーさんは茜ちゃんを部屋から出した後、そのまま仮眠をとったことになりますよね。
……でも、今のプロデューサーさんの見た目は、とても仮眠をとった人には見えません」
「……そりゃ、その後も仮眠はとれなかったからな」
そうして少しばかりうんざりしたようにため息をつく
プロデューサーさんの姿を見て、私は小首を傾げます。
「その様子だと、茜ちゃんが出て行った後も何かあったみたいですね」
「……なに? 聞きたいの?」
「興味が無いと言えば、嘘になります!」
喰いつくように身を乗り出した私を見て、
「しょうがないなぁ」と頭を掻くプロデューサーさん。
「野々原が部屋を出て行って、俺はベットに転がった。
それから、二時間後には起きようと思ってさ。
……だけどそこで、俺はこの部屋に目覚まし時計が無い事に気がついた」
けれどもそう言ってプロデューサーさんが指さす先には、
デジタル表示の目覚まし時計が一台、チョコンと小さく置かれています。
「あれ? プロデューサーさん、その目覚まし時計って……」
そうしてそのおにぎりの形をした目覚まし時計を見た途端に、何処かで見たなと感じるデジャヴ。
確認するように尋ねた私に、時計を手に取ったプロデューサーさんが言いました。
「あぁ、百合子は見た事あるかもな。
これは星井がいつも使ってる、私物の目覚まし時計だよ」
それは、通称眠り姫。
事務所と劇場で過ごす時間の大半をお昼寝に費やす美希さんが、
キチンとお仕事の時間までには起きれるようにと、いつか律子さんがプレゼントした物で。
「目覚ましが無い事に気づいた俺は、一旦仮眠室を後にして、このおにぎり時計を取りに行ったんだ」
「……わざわざそんな事しなくても、携帯のアラームだってあったんじゃ」
「それはまぁ、そうなんだけど……万が一のことを考えたら、どうにも心許なくってさ」
プロデューサーさんがその時の出来事を思い出そうとするように目をつぶり、腕を組んで話を続けます。
「いや、それにしても長い旅だった。道中迷子になってた三浦さんを目的地まで連れて行ったり、
何処で寝てるのか分からない星井を探すため、篠宮に追跡してもらったり……
後はそうだな、アオノリの自爆スイッチを、春日が押してしまった現場にも居合わせたりなぁ」
「何だか仮眠一つ取るだけなのに、その過程が長編並みの大冒険ですね」
「まったく、百合子の言う通りさ。こっちは、早く眠りたいってのに。
……とはいえ、無事に星井を見つけた俺は『チューをお礼に時計を借りて』、またこの仮眠室まで戻って来たんだ」
「一応確認しておきますけど、その帰り道に、何か事件は……!?」
「いや……帰りはの方は、特に何も。せいぜい木下と萩原が、仲良くお茶してたぐらいだね」
でも急に、プロデューサーさんは声のトーンを落として言いました。
「だけどな……そうして仮眠室に戻って来た俺を、
予想もしなかった出来事が待ち受けていたんだよ」
×……とはいえ、無事に星井を見つけた俺は『チューをお礼に時計を借りて』、またこの仮眠室まで戻って来たんだ」
○……とはいえ、無事に星井を見つけた俺は『チューをお礼に』時計を借りて、またこの仮眠室まで戻って来たんだ」
「い、一体何が起きたんですか!?」
ただ事ではないその雰囲気に、それまでは軽く話を聞いていた私も、
思わず緊張してきちゃいまして。
ごくりと唾を飲みこんだ私の視線から逃れるように、プロデューサーさんは顔を伏せると、
小さく、そして静かにその口を開いて、続きを話し始めたのです。
「仮眠室に戻ると――ったんだ」
「……は、はい?」
「だからな、百合子。仮眠室に戻ると――そこには、ベットが無かったんだよ」
「えっ……? 戻ってきたら、ベットが無い?」
驚く私の反応に、顔を上げたプロデューサーさんが、その虚ろな視線を向けて続けます。
「あるハズの場所に、あるハズの物が無い……まるで、狐につままれたような感覚だったよ。
出来の悪い、ホラー映画を観てるような気分さ」
「で、でも今はこうしてプロデューサーさんが、
その無くなったはずのベットに座ってるじゃあないですかっ!」
そう、話の中では忽然と消えた(らしい)ベットも、
今この場所、私の目の前には、確かに存在してるのに。
「俺も最初は、百合子みたいに驚いた。けど、よくよく辺りを見てみると、
どうも実際はそうじゃないらしいことに気がついたんだ」
「気がついたって、一体何に気がついたんです!? プロデューサーさんっ!」
捲し立てるような私の態度に、わなわなとその両手を震わせながら、
プロデューサーさんが呟くように答えます。
「それが……ベットのあった場所には、代わりに見慣れない一台の……」
「い、一台のなんですか!?」
「一台の……そう、そこには一台の……!」
プロデューサーさんの呼吸が荒い。
まるで恐怖が喉を締め付けているかのようなその表情で見つめられると、
何だか私も、見えない誰かの手によって、首を絞められているかのような錯覚を感じだし、
「だ、だから何があったんです? は、早く答えてくださいよぉっ!!」
悲鳴にも近い私の言葉に、プロデューサーさんの口の端が不気味に上がる。
――――にたり。
……そんな表現が似合いそうなその顔で、
額に汗を浮かべながらプロデューサーさんが紡いだ言葉は――。
「そこには一台の……一台の卓球台があったんだ……!」
「……はぁ?」
「だから、一台の卓球台が広がってたの。それから見覚えのある双子が、
その上でラリーを繋げていたんだよっ!」
まるで予期していなかった展開に、肩から崩れ落ちそうになる。
けれどもそんな私のリアクションが、
彼にとっては予想通りだったのだろう。
「要は、双海姉妹がこの部屋で、卓球のラリー合戦をしてたってオチさ」
未だ自体が呑み込めず、ハテナマークを浮かべる私のことを愉快そうに笑うと、
プロデューサーさんは勢いよくベットから立ち上がり、
その上に敷かれていたシーツとクッションを捲り上げたんです。
すると、その下から現れたのは。
「……このベットって、もしかして元々が卓球台だったんですか?」
眉をひそめて率直に、思ったことを口にする。
「実は俺も気づかなかったんだけど、そうだったみたいなんだよね。
ほら、この台が劇場にやって来た、その日の内にアレがあったじゃないか」
「あ、アレですか?」
意地悪そうにニヤニヤと笑うプロデューサーさんを前にして、考え込むように口元へ手をやる私。
アレ、アレ……あれっ? あっ、そう言えば……!
「あの、ひょっとしてこれ……ロコちゃんが?」
「ああ、その通り。水瀬の御屋敷からウチにやって来た卓球台は、その日の内に伴田の手によってロコナイズ
……まるでベットみたいな見た目に、生まれ変わっていたんだよ」
そうしてベットを見るプロデューサーさんの視線は、
どこか遠く、はるか彼方を見るようで。
「まったく、アイツの技術には驚かされるな。
双子のラリーを中断させて、伴田本人を呼び出して事情を聞けば、
『最近オーバーワーク気味なプロデューサーの体を心配して、
シンプルなベットにもなるようリメイクしました!』ってな」
「まぁ、確かに形は似てますし……。
一見関連性の無い卓球台がベットになったのには、そういう理由があったんですね」
「俺は、コイツがベットになる前の姿は見て無かったから。
どうりで水瀬に『ベットありがとう』ってお礼を言っても、変な顔されるわけだよ」
「そうですよね。伊織さんからすれば、卓球台を持って来たつもりなんですから」
「とにかく、そう言うワケだったんだけど……俺、伴田のその言葉を聞いて何だか泣けて来ちゃってさ。
『思わず彼女を抱きしめて、ついでに双海姉妹もハグしちゃったよ』」
そうして照れ臭そうに笑うプロデューサーさんでしたが、
私は呑気に笑ってなんていられません。
「……それで感謝の気持ちをあらわすために、
プロデューサーさんはその三人にも口づけをしたワケですか」
言ってから、みるみる引きつるプロデューサーさんの笑顔。
「な、何を言い出すんだ百合子。他の子に対して、俺がそんな事するワケがないだろう!?」
「えっ? でも、さっきは茜ちゃんや美希さんに、『キスやチューをしてあげた』って……」
「ま、待て待て待て! それは一体誰の話だ? 俺は一切そんな事……勝手に事実を脚色するな!」
そうして彼はあらぬ疑いをかけられたかのように、しどろもどろと答えると、
「そ、そう言えばお前はどうしてここにいるんだよ!?
さっきは俺を起こしに来たみたいな雰囲気だったけど、
まだ予定の時間じゃないじゃあないかっ!」
私から視線を逸らそうと顔を向けた先、
おにぎり時計の表示を見て、怪訝そうな顔でそう言いました。
……どうやら、バレてしまったようですね。
「……いいじゃあないですか、少しぐらい起きるのが早くても」
「そんなワケあるか! 自然に起こされたから気づかなかったけど、
この時計の通りの時間なら、俺はついさっき横になったばかりじゃないか!?」
「し、知りませんよ、そんな事までは!
大体それも、貴方が他の子にかまけてたせいじゃあないですか!」
「だから、さっきも話した通りかまけてたんじゃなくて、偶然が重なって……!」
「重なって、会う人会う人たらしこんだと言うわけですね!
でも、私我慢します。貴方は、そんなたらしでスケベな所、ありますもの」
「たらしって、お前なぁ……!」
「私が見てないところで、ホントは好き勝手遊んでるんじゃあないですか?
あっちでキスして、こっちでハグして」
「百合子、お前またそんな妄想を……」
「妄想なんかじゃありません! 貴方はいつだってフラフラと……!」
けれどそれ以上、私は言葉を続けることが出来ませんでした。
プロデューサーさんはいきなり私の腕を掴むと、そのまま体を引っ張って。
「あっ!」
抱き寄せられて、感じる汗の匂い。
顎に手を当てられて、無理やり視線を合わせられると、
「ん……っ!」
重なる唇。僅かに香る、コーヒーの味。数秒の間、そのまま二人は抱きしめ合って、
ようやく唇の離れた隙をつき、私は上体を彼から離します。
「も、もう! いきなりなんて、酷いです!」
「……何言ってんだ。本当は自分もこうして欲しくて、
俺が起きるよりも早くに来たんだろうが」
「だからって、こんな無理やりみたいに……ん、んん!」
それからもう一度、二度。
私たちはキスを交わして。
「……付き合ってるのは、お前だけなんだ。
他の子に粉かけるようなこと、俺がするワケないだろう?」
「……どうだか。プロデューサーさんは、皆に良い顔しすぎる人ですから。
秘密を言い出せない身からすると、いつ居なくなっちゃいやしないかって、心配になるんです」
「だったら、今からしっかりと抱きしめておけよ。いなくなったりしないようにさ」
そうして胸元に伸ばそうとするプロデューサーさんの手を慌てて止めて、
私は恥ずかしそうに彼の顔を見上げました。
「ちょ、ちょっとちょっと待って下さいよ!
こ、こんなところでするなんて……」
「なんだよ、嫌か?」
「い、嫌とかじゃあなくてですね。出来ればもっとムードのある場所……
そう! 例えばベットの上とかが良いなぁなんて……」
けれど私が拒むために言ったこの一言で、
墓穴を掘ってしまったことはすぐに理解できました。
「……ベットなら、丁度ココにあるじゃない」
「……卓球台ですよ、コレは」
「いいや違うね……正真正銘、ロコナイズされたベットだよ、ベット」
そうして三度塞がれた唇は、もう反論する気力も無くなっていて。
結局最後はただ一言、こう言うのが精一杯。
「せ、せめて部屋の鍵ぐらいは……閉めておいて、くださいね――♪」
真美が合法、美希が結婚できるなら、百合子だって恋愛できるよね……的な。
それではお読みいただき、ありがとうございました。
勉強になった
百合子かぁいい
おつ
乙です
>>1
七尾百合子(15)Vi
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水瀬伊織(15)Vo
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ロコ(15)Vi
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おつおつ
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