「はぁ……」
とアンニュイなため息をついたのは、今をときめく歌もダンスも演技もどんとこいのお化粧不要の女子高生アイドル、周防桃子15歳だった。
頬杖をついてしげしげと自分の右手の指を見ているその姿は、座っているのが事務所のソファーであることを忘れるほど美しく、まるで一枚の絵画のようであった。
「どうかしたのか?」
仕事の手を止めて椅子をぐりんと180度回転させてソファーのほうに向き直り、桃子のプロデューサーが声をかける。
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ちらっとプロデューサーのほうを見た桃子は、またしげしげと自分の指を見るのに戻った。次に見ているのは左手であった。
「それって深刻なことか?」
「まぁ深刻っちゃ深刻かな。 私の一生を決めることだし」
プロデューサーも一緒に悩んでみる? とそう付け加えた。
最初は長年染み付いた呼び方が抜けず、「もも、……私は……」となっていたが、今ではそんなこともない。理由は「中学生になるってのに、自分の名前を自分で呼んでたらぶりっ子のイタイ子って思われちゃうの。 ……それに、もう自分で呼ばなくてもいいから」とのことだった。じゃあ今でも自分のことを「ミキ」と呼んでる星井さんはどうなるのかと聞いてみたら、「美希さんはいいの。 なんかもうあれが"星井美希"って感じだし」と答えてくれた。
言ってる意味は分からなかったが、星井さんを見てみると、確かに説得力がある言葉だった。
言うてみい言うてみい、と言うようについでに手をくいくいっと動かす。
本当に進行な悩みなら桃子は「悩んでる」とは言ってくれない。
視線を合わさず「別に。……何でもないよ」とどこかへ行ってしまう。
悩んでるよ、と言ってくれる時の悩みは、桃子の場合は言葉通り深刻なことではあることはないのだ。
「なんだよ、そんなことで悩んでたのか。 何でもいいって言ってるだろ」
「うーん」
唇をとんがらせて桃子は考え込む。
そんなに経たない時間の後にプロデューサーに先ほどからずっと眺めていた左手の甲を向けて、
「指輪。 指輪が欲しいな」
とニッコリと満面の笑み。
前言撤回だ、とプロデューサーは心の中でそう言う。
確かに桃子にとっては深刻な話じゃなかったけれども、プロデューサーにとっては割と深刻な話であった。
「だって琴葉さんも育も、自分のプロデューサーさんから貰ったことあるって言ってたよ」
そりゃあの2人のプロデューサーが特別なだけだと、桃子のプロデューサーは心の中で同僚2人の顔を思い浮かべる。
今度会ったら1発殴ってやろう。
それにしても指輪って、……しかも左手って。そんな風にプロデューサーが思ったのを読み取ったのか、
「別にどの指でも、私は構わないけど」
と、瞳に悪巧みを思いついたような子供のような光を浮かべ、口元はイタズラっぽくニヤリとし、
「私、もう結婚できるからね」
なんてかましてくれた。
「今年の誕生日で16歳だもん」
いつの間に目の前に移動してきた桃子が、そう言う。
唇に塗られたリップがいつも見ているはずなのに、どこか艶やかに見えた。
「プロデューサーはさ、私のこと、好き?」
ぽふっとプロデューサーに抱きついた桃子は、胸の中でそう言う。
中学に入ってから伸ばし続けてる栗色の柔らかい髪からはシャンプーの良い匂いがした。
自身の胸にプロデューサーは聞いてみる、自分が桃子のことをどう思っているのかを。
好きか、嫌いかで言われたら好きだ。
それは間違いない。
でも好きにもいろいろあるわけで、俺が桃子への愛は保護者としてのそれなのか、それとも特別な相手へのそれなのか。
しかし歳が一回りも離れてる相手にその感情を抱くのは倫理的にアウトなことでは、いやそれは今年の桃子の誕生日を迎えれば法律的には何も問題なくなるわけか。
違うそうじゃない。
問題があるとか無いとかじゃなくて、俺が桃子のことをどう思ってるのかってことだ。
それならやっぱり保護者として好きなのだろう。
だけれども、そう心の中の自分が言い返す。
脳内会議は踊る。自問自答は続く。
桃子が「お兄ちゃん」と呼んでくれなくなった時に俺は何を感じた。
寂しかった。
「これが父親の気持ちか……」とそう思った。その時連想したのだ、桃子が花嫁に行く姿を。
もし保護者としてなら、あの子を支えて、共に歩んでくれるその人に感謝するべき恨むべきではない。
けれどもあの時俺は確かに嫉妬した、恨んだ。俺の空想の中の桃子の花婿を。
「そこは俺の場所だ」、そう叫んで。
じゃあ俺は……、桃子のことを。
まとまらない思考にプロデューサーは頭を抱えたその時、
胸のほうから笑い声が聞こえてくる。
桃子の笑い声だった。
笑いすぎたからなのか、目元の涙を拭って、必死に口元を抑えて笑いを堪えようとするが、どうにも上手くいってないようだった。はたと、プロデューサーは気づいた。
「なっ、……んなっ」
「ごめんごめん、ちょっとからかってみたらさ、プロデューサー、すっごい真剣な顔で考えるんだもん。 私、どうしようかって思っちゃったよ。 で、どうなの? 桃子のこと、好き?」
ぶすっとした声でプロデューサーは返事をする。
心の中は恥ずかしさと一回り下の子に手玉に取られた自分への情けなさでいっぱいであった。
「もうそんなに怒らないでよ。 ふふふっ、ごめん思い出したら……」
「……結局何が欲しいんだ」
無理やりにでも話題を変えないといつまでもこのネタで弄られる、そう考えたプロデューサーは、桃子にそう聞く。
「最近この辺にオープンしたさ、パンケーキ屋さんあるんだ。 そこに連れていってくれるってのは?」
「もうごめんってば、あーもうメイク落ちちゃったじゃない。ちょっとなおしてくるね」
「泣くほど笑うんじゃないわい」
事務所のトイレに向かって歩き出す桃子の背中にそう声をかける。
「そうだプロデューサー、一つだけ教えてあげようか?」
扉の手前で止まり、振り返らずにそう言った。
「んー?」
「私が『お兄ちゃん』って呼ぶのやめたのはさ」
そこで言葉を切って、くるりと桃子は振り返った。
そう言って長い付き合いのなかで初めてではないだろうか、くすぐったそうに笑った。
バタンと扉が閉まったのを確認して、
「……からかってるんだよな」
とプロデューサーはそう呟いた。
答える声は無く、哀れプロデューサーは1人また頭を悩ませることになってしまった。
ちょっとでも気を抜くとえへえへと到底人様には見せることができないような顔を晒してしまいそうなそんな顔。
さっきちょっとだけプロデューサーに嘘をついてしまった。
メイクが涙で崩れちゃったのは本当。
でも笑いすぎて涙が出ちゃったわけじゃないのよ。
嬉しくて涙が出ちゃったの。
プロデューサーがこんなにも私のことを考えてくれてるなんてってそう思ったらさ。
ほとんど告白まがいのことをしちゃった。でもまぁ事実だし。
さすがに気づいちゃうかなとも思ったけれども、天性の朴念仁のプロデューサーには、まぁないだろうな、悲しいことに。
想いを自覚したのは中学校に入る時だった。
父と母は、私が子役として売れていくたびに私の存在を忘れていってしまったんだろう。撮影の現場で何があったかの話に興味など示さず、私が稼いでくるお金のこと以外どうでもいいようだった。
だから自分で自分の名前をを呼びはじめた。
私はここにいるって知ってほしくて、気づいてほしくて。
アイドルを初めて、私を、桃子を呼んでくれるみんながいてくれた。そしてあの人に名前を呼んでもらえるとドキドキする。
自分で自分の名前を呼ばなくても、みんなが、あの人が、私はここにいるって教えてくれるから。
だから私は自分の名前を呼ぶのを止めた。いや、違うか。元に戻したんだ。
そしてさっきの言ったように「お兄ちゃん」と呼ぶのも止めた。
私はなりたかったの。
あの人に保護される存在じゃなくて、あの人と共に歩むそんな存在に。
好きなんだ、どうしようもなく。
だけど、それを聞くのはまだ怖いんだ。
初めての恋だから、どうしたらいいか分からない。
上手く出来ないの。
でもちゃんと決めるから。
大好きだよ、プロデューサー。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今日の14時に桃子のブライダルが来るかと思うと眠れずにいます。
ぜひ神様、私めに桃子を引かせてください。
噂じゃタキシードらしいですけれどもどうなんですかね?
改行につきましては申し訳ございませんでした。
桃子~俺だぁ~引くぞぉ~
乙です
周防桃子
http://i.imgur.com/0LqreBB.jpg
http://i.imgur.com/SofEGaw.jpg
桃子は幸せにしてやりたい
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