【アイマス】霧の虜囚

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1 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 21:58:40.98 ID:rQQ2l/Owo
※あまり明るい話ではありません※

・地の文
・アニマス20話の妄想
・元ネタもあり


よろしければお付き合いください

2 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:00:24.61 ID:rQQ2l/Owo

――アイドルに興味はありません。私は歌が歌いたいんです

私は歌いたい
違う
歌わなければならない
あの子が好きだと言ってくれた私の歌を
私のすべてを犠牲にしても、捧げなければならない
それが私の償いだから

あの子を、優を、見殺しにした私の
3 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:01:26.95 ID:rQQ2l/Owo


  『アイドル如月千早の隠された真実』

 
        『家庭崩壊…歌姫に一体何が!?』


知られたくなかった過去
折り合いをつけたと思っていたのに
過去に追いつかれ、衆目に晒され
欺瞞を暴かれた
その代償に選ばれたのは、歌だった

4 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:02:03.19 ID:rQQ2l/Owo

***************************


『ねえ、歌って』

ごめんね、あの時助けてあげられなくて。

『歌ってよ』

ごめんね、お姉ちゃんもう歌えないの。

『ねえ……』

ごめんね、お姉ちゃんの歌、好きって言ってくれたのにね。
ごめんね………
ごめんね……
ごめんね…
5 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:03:18.44 ID:rQQ2l/Owo

……あれからどれくらい経ったのだろう。
目には何も映らず、耳にも何も入ってこない。
今が朝なのか夜なのかも判然としない。
世界が霧に包まれたようで、音も光もぼやけていた。

救えなかった優のために歌うと誓った。
あの子が好きな私の歌を。
天国の優が寂しくないように。

これは、罰なのだ。

光射すステージで歌うようになり、そこに楽しみを見出すようになって。
あまつさえその喜びを分かち合う仲間に恵まれた。

だから、これは、罰なのだ。
6 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:04:01.05 ID:rQQ2l/Owo

歌えなくなった私に、価値はない。
なのに、なぜ私は生きているのだろう。

あの子はもう、ここにはいない。
なのに、なぜ私は生きているのだろう。

優に謝りに行かなければならない。
なのに、なぜ私は生きているのだろう。
7 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:04:40.50 ID:rQQ2l/Owo

停滞した空気を打ち破ったのは、呼び鈴の音だった。
霧の中を彷徨っていた思考が浮かび上がってくる。

「千早ちゃん、いる? 春香だけど」

扉の向こうから漏れ聞こえる声。
その主は春香だった。
扉の向こうに春香がいる。
春香の声が何かを訴えかけてくる。

どこか遠くに響く春香の声。
無感情に答える自分の声は、別の誰かが喋っているようだった。

いくつもの言葉が素通りしていく中、それでもわかってしまった。
春香は、私のことを心配している。
春香だけでなく、他のみんなもまた、同じなのだろう。

私には、あなたたちに想われるような価値はない。
それなのに、心の何処かが嬉しさを訴えている。

駄目なのに。

こんなことでは、優がもっと遠くに行ってしまう。
だからこそ捨てることにしたのに。
8 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:05:21.98 ID:rQQ2l/Owo

その言葉だけは、はっきりと聞こえた。
優の想い、私の想い。
誰にもわかるはずはないのに。
ほかの誰でもない、春香がそこに踏み込んできた。
だから、許せなかった。

「また一緒に歌えたら、私たちも嬉しいし、天国の弟さんだってきっとよろ――

「やめて!!」

決定的な壁を作る、拒絶の言葉。
そんな言葉が重苦しい空気を震わせる。

「春香に私の、優の何がわかるのよ!! もう、お節介はやめて!!」
9 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:06:33.89 ID:rQQ2l/Owo

まだこんな声が出せたという皮肉。
歌えないくせに。
身も心もえぐるような自問で自らを傷つける。
この痛みこそ、今必要なもの。

何かを落としたような音が聞こえ、やがて扉の向こうの気配が遠ざかる。
何かは分からないが、家の中に上げておこう。
何故そんなことを考えたのかは、分からなかった。

自分のものとは思えない体を無理やり動かし、扉を開ける。
そこには物で膨らんだ紙袋があった。
袋の中には、みんなの思いやりが詰まっているのだろう。
泣きたくなるような暖かな想いが。

だから、私はこれに触れてはいけない。
私にそんな資格はない。

無造作に積まれた未開封の段ボール。
その横に、新たなオブジェが追加された。
視線を引きはがすと、すっかり慣れ親しんだ霧の中に蹲る。

どこか遠くで、高く澄んだ鈴の音が響いていた。
10 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:07:55.80 ID:rQQ2l/Owo

***************************


――哀しい何かがあった気がする
――絶望してしまうような何かがあった気がする
――人間一人を根底から変えてしまう、何かが
11 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:08:44.12 ID:rQQ2l/Owo

「………ゃん、……え……ん」

遠くから声が聞こえてくる。
懐かしい声、慣れ親しんだ声。
その声に導かれるように、意識が浮上していく。

「……ちゃん、起きてよ」

「…………んん、……優?」

「起きて、もう朝だよ」

薄く目を開けると、窓から差し込む光がその姿を浮かび上がらせていた。
懐かしい姿、慣れ親しんだ姿。
そして、少しの違和感。

何か夢を見ていた気がする。
優も私ももっと小さかったころの夢。
そこで、何かがあった気がするのだけれど。

「……優、いつの間にそんなに大きくなったの?」
12 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:09:30.04 ID:rQQ2l/Owo

夢と現の狭間で、ふとそんな言葉がこぼれた。
当の優はというと、呆れたような顔をしている。

「何言ってるの? 寝ぼけてないで早く起きてよ。遅刻しちゃうよ」

…………遅刻?
……ああ、そうだ学校だ。

正常に動き出した頭が、状況を理解し始めた。
早く起きないと。
新学期早々に遅刻したとあっては目も当てられない。

「起きた? じゃあ先に降りてるからね」

私が覚醒したのを見届けて、優は階段を下りて行った。
ほんの少し、夢に引っ張られたままの頭をふるい、ベッドから起き出す。
13 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:10:18.87 ID:rQQ2l/Owo

「………変な夢………だった気がするのだけど」

生々しい実感を伴った夢だった……と思う。
両手から砂がこぼれ落ちるように、大事なことは思い出せない。
それなのに、すりガラスの向こうほどにも姿が見えないのに、何かが引っ掛かっている。

「……涙?」

机に立てかけた鏡を覗くと、目が赤くなっていた。
目じりにも涙の痕跡がある。
一瞬だけ浮かんだ夢の面影は、けれど溶けるように消えてしまった。

「気にするだけ無駄……かしら」

現実的な問題として、時間の余裕がなくなってきている。
いくら考えても分からないものは分からないのだから。
少し強引に思考を切り替えて、制服に手を伸ばす。
14 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:10:59.78 ID:rQQ2l/Owo

――――――
――――
――

制服に着替え、身だしなみを整えてから食卓に着く。
トーストの香ばしい匂いが、起き抜けの空腹に響いてきた。

「おはよう」

「おはよう、今日は遅いな」

読みかけの新聞から顔を出した父は、もう食後のコーヒーを飲んでいる。
時計を見ると、いつもより30分は遅い時間だ。

「そうなんだよ。さっきなんてお姉ちゃん寝惚けてて……」

「もう、わざわざそんなこと言わなくていいでしょ?」

余計なことを言いそうな優に、慌てて釘を刺す。
身内とはいえ、寝起きの失態を暴露されるのは気分のいいものではない。
15 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:11:48.15 ID:rQQ2l/Owo

「まだ、慌てなきゃいけない時間じゃないからいいけど……はい、どうぞ」

「ありがとう母さん、いただきます」

わざわざ温め直してくれたスープを一口。
その熱が体の芯から広がって、だんだんと思考もクリアになっていく。

「じゃあ行ってくるよ」

「行ってらっしゃい、あなた」

新聞の代わりに鞄を手に玄関へと向かう父と、見送りのために席を立つ母。
そんないつもの光景を横目に、トーストへと手を伸ばす。
16 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:12:33.05 ID:rQQ2l/Owo

「早くしないと僕まで遅れちゃうよ」

優はそう言って口をとがらせる。

「あら、別に無理に待たなくてもいいのよ?」

「へー、わざわざ起こしてあげた弟に、そんなことを言うんだ」

このところ、優は随分と口が回るようになってきた。
ここで不毛な言い争いをするより、手早く朝食を済ませたほうが建設的だろう。

「わかったわ、私の負け。もうちょっと待ててね、優」

そんな他愛のない会話をしながら、いつしか夢のことはすっかり忘れていた。
17 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:13:01.63 ID:rQQ2l/Owo

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  それは、幸せな日々だった
 
    絶望とは無縁の、暖かな日々だった


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18 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:14:10.37 ID:rQQ2l/Owo

「おはよー、千早」

教室に入るなり、明るい声が飛んできた。
クラスメイトであり合唱部の仲間でもある彼女は、いつも通りの笑顔を浮かべている。

「おはよう」

「いつもより遅いけど、何かあった?」

私はどちらかというと時間通りに動くタイプで、彼女はその反対だ。
それなのに彼女は私の登校時間を覚えている。
ただそれだけのことなのに、ちょっと嬉しかった。
19 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:15:51.87 ID:rQQ2l/Owo

「……ちょっと夢見が悪くて」

「それで寝坊? 大丈夫?」

「大丈夫よ、ありがとう」

言葉にするまでもなく、大丈夫なのは伝わっていたのだろう。
とりあえず確認してみた、という響きだった。

「それに、もうどんな夢だったかも覚えていないし」

何か引っかかるものを感じるのだけれど、それ以上のことは何もわからない。
なら、気にするだけ無駄というものだろう。

「ま、そんなもんよね」

学生としては、よくわからない夢の話より、もっと切実な問題がいくらでもあるのだから。
20 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:17:59.29 ID:rQQ2l/Owo

「ところでさ、千早~」

少し甘えた声で、下から覗き込むような仕草をして見せる。
彼女がこういう態度をとる時、決して気を許してはならないことを、私はすでに学んでいた。
彼女にも切実な問題がある、ということだろう。

「どうかした? 課題なら見せるつもりはないけれど」

だから、ニコリと笑って先回りしておく。
新学期早々、彼女が早めに登校していた理由はおそらくそれだろう。

「そ、そんな……じゃあ私は、一体誰を頼ればいいの!?」

彼女は大げさな身振りで芝居を打つ。
思わず笑ってしまいそうになったけれど、ここは我慢しなければならない。

「課題は自分の力でおやりなさいませ」

澄ました顔で突き放す。
我ながらいい演技だと思う。
21 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:19:39.29 ID:rQQ2l/Owo

「うぅ、お願い千早。今度何かおごるから」

……うん。
謝礼としては悪くないかな。
それに、この寸劇に教室の視線が集まりつつある。

「……本当は自分でやらなきゃだめなのよ?」

「ありがとう! 神様仏様千早様!!」

さっきまでの落ち込んだ様子はなんだったのかしら。
お互い演技だと分かっていても、何となく腑に落ちない。
よし、少しだけ意地悪をしよう。
22 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:20:35.21 ID:rQQ2l/Owo

「この前雑誌で特集されてたカフェ、気になってたのよね」

「……え゛」

「ありがとう、やっぱり持つべきものは友だちよね」

「……えっと、千早? そこ確か値段が一桁違ってなかった?」

そう、確かに気にはなっていたのだけれど。
学生が気軽に行けるような値段設定のお店ではないのだ。
以前二人してため息をこぼしたのだから、よく覚えている。

「じゃあ止める? 私は別に困らないし」

精一杯、意地の悪い笑顔で尋ねる。
これくらいはしないと、私に頼る悪い癖は治らないだろうから。

「うぅぅ……鬼ぃ、悪魔ぁ………」

無念で仕方がない、という表情を浮かべる彼女。
……ちょっとやりすぎたかしら?

「これに懲りたら次から自分でやりましょうね」
23 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:21:05.94 ID:rQQ2l/Owo

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      ごく普通の、ありふれた日常
 
 
   振り返って気付く、宝物


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24 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:21:48.25 ID:rQQ2l/Owo

夕食後の団欒の一時。
優はテレビにかじりついている。

「優、もう少し離れなさい。目が悪くなるわよ?」

「……うん」

母の言葉も右から左。
優は、画面の向こうで歌って踊るアイドルに夢中になっている。
25 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:22:25.05 ID:rQQ2l/Owo

「なんだ優、その子が好きなのか」

そう言ったのは父だった。
こういう方面に疎い人からの言葉に、意外な思いで尋ねてみた。

「父さん、知ってるの?」

「ああ、部下がその子のファンでな。写真やら何やらしょっちゅう見せられるんだ」

俺にはよくわからんのだが。
父の顔にはそうも書いてあった。
26 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:23:47.86 ID:rQQ2l/Owo

そうこうするうちに、お目当ての子の出番が終わったのだろう。
優がテレビの前から離れる。
父も母も、そんな様子に苦笑を浮かべている。

「優はその子のどんなところが好きなの?」

幼いころは、よく私に歌をせがんできた弟。
その弟が離れて行ってしまうような、妙な寂しさに押されて、そんな風に問いかける。

「うーん………すごく楽しそうなところ、かな」

「楽しそう?」

「そう。この人、アイドルが好きなんだなぁって。なんだか見てるこっちも楽しくなってくるんだ」

飛び抜けて歌が上手いとも、パフォーマンスがすごいとも感じなかったけれど。
優の言葉は何となく腑に落ちた。

アイドルは人に夢を与える、と誰かが言っていた気がする。
夢の舞台を全力で楽しむことが、誰かの夢につながっていくのならば。
それは凄いことなんだな、と。
そんな風に感じた。
27 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:24:42.68 ID:rQQ2l/Owo

「お姉ちゃんは、アイドルやらないの?」

取り留めのないことを考えていると、優から予想外の問いが飛んできた。
私が……アイドル?

「だってお姉ちゃん歌うまいし、歌うの好きでしょ?」

優は、それが当たり前であるかのような顔をしている。
確かに歌は好きだけれど、それを仕事に、と考えたことはなかった。

「考えたことなかったわね。それに……」

「それに?」

「好きなことを仕事にすると、好きなだけではいられなくなりそうで」

仕事とすることで介入してくる様々な要素。
それらは、ただ好きなように歌うことを許してくれなくなりそうな気がする。
もしそれで歌が嫌いになってしまうようなことがあったら。
私は、それが怖かった。
28 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:25:37.77 ID:rQQ2l/Owo

「ふーん、そうなんだ」

たどたどしい説明に、優はまだ納得していないようだった。

「僕、お姉ちゃんの歌好きだけどな。元気になれるし」

ふと、幼いころの情景が思い浮かぶ。
歌う私と、笑う優。
二人だけのコンサート。

「お姉ちゃんがアイドルになったら、僕みたいなファンがいっぱいできると思うんだけど」

目の前の情景が切り替わった。
ステージに立つ私と、たくさんの観客。
客席を埋め尽くす青い光……

「……っ!」

今のはいったい……?
初めて見るのに見たことがあるような、不可解な光景。
29 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:26:36.94 ID:rQQ2l/Owo

「どうかしたの?」

優がちょっと心配そうな目をしている。
その目を見ていると、さっき幻視した光景が泡のように消えてしまった。

「何でもないわ。私がアイドルなんて、想像も出来なくて」

説明の術もなく、ほんの少しの違和感だけを抱えて誤魔化す。
私は、何を見たんだろう。

「そうかなぁ? ファン一号の僕としては、アイドルのお姉ちゃんも見てみたいんだけどなぁ」

ファン一号。
その言葉は素直に嬉しくて、アイドルという選択肢を考えだしてしまっていた。
……現金なものね。
30 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:27:40.45 ID:rQQ2l/Owo

***************************


   家族との団欒、友人との交わり

      当たり前で、だからこそ大切なもの


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31 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:28:42.43 ID:rQQ2l/Owo

「ねえ千早? こういう時って、少しくらい遠慮するものじゃないの?」

休日の昼下がり、私は例の友人ととあるカフェに来ていた。
課題を見せた報酬を受け取りに、である。

「何言ってるの。ここで遠慮したら、いつまでたっても私に頼る癖に」

「うっ……いや、否定は………できない、ケド」

「ほら見なさい」

だから私は心を鬼にしているのだ。
簡単には手が出なかったものが食べられると、舞い上がっているわけではない。
……決して、ない。
32 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:29:18.76 ID:rQQ2l/Owo

「でもさ、ちょっと手加減してくれても……」

小遣いのやりくりが大変なのは私も彼女も同じらしい。
でも、だからこそ、こういう機会を逃したくはない。
……そんなことを考えているわけでもない。

「あなたを思えばこそよ。これは愛の鞭なの」

「………うぅ」

どうやら誤魔化され……、分かってくれたようだ。
そろそろ厳めしい顔も限界に来ていたので助かった。
……まぁ、私も全額出してもらうつもりではないのだけれど。
33 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:30:01.65 ID:rQQ2l/Owo

「……わかったわ。それなら私にも考えがあるの」

注文したケーキセットが届くころ、彼女はそうつぶやいた。
何だろう、凄く不穏な感じが漂っている。

「ねえ千早」

まずは紅茶で口の中を潤していると、そう声をかけられた。
34 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:30:56.72 ID:rQQ2l/Owo

「この前告白されたでしょ。その話、洗いざらいしゃべってもらうからね?」

「っ!?」

何とか口の中のものを噴出さずに済んだ。
そのことを褒めてもらいたいと、そう思わずにはいられない不意打ちだった。

「…………どこでそれを?」

「私の情報網を甘く見ちゃ駄目よ? それに……」

「それに?」

「千早って、そもそも隠し事できないし」

彼女が言うには、私はすぐ顔に出るらしい。
何かあると察していろいろ聞いて回っていると、今回のことが露わになったとのことだ。
35 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:33:07.52 ID:rQQ2l/Owo

「で、どうしたの?」

「どうって……普通にお断りしたわよ?」

「へ?」

正直に答えたのに、間の抜けた声を返された。
何かおかしなことを言ったのだろうか。

「だって、特別お付き合いしたいとか思わなかったし」

「……はあ」

今度はため息を吐かれてしまった。
私としては、ごく自然な対応をしたつもりなのだけれど。
相手との接点もあまりなく、通り一遍のことしか知らなかったのだ。
他にどんな選択肢があったというのだろうか。
36 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:34:08.09 ID:rQQ2l/Owo

「試しに付き合ってみたらわかることもあるでしょうに」

そんな説明を付け加えてみたら、考えもしなかった返答をされた。
試しに付き合う?

「それ、相手に失礼じゃない?」

少なくとも、私は嫌だ。
………そんな経験もないので、想像だけれども。

「何言ってんの。お試しでもOKなら、告白した方は嬉しいでしょうに」

そういうもの、なのだろうか。
話を聞いていても何かがしっくりこない。
……根本的に、恋愛というものに疎いだけなのだろうか。
37 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:34:51.51 ID:rQQ2l/Owo

「そもそも、なんで私だったのかしら」

「…………は?」

素直な疑問をぶつけたのに、返ってきたのは呆れ声だった。
この子は何を言い出すのか。
そんな目をしている。

「だって私、無愛想だし、キツイこと言うし、女らしい魅力にも欠けていると思うんだけど……」

言葉とともに視線が下がる。
コンプレックスとは言わないが、やはり気にはなる。
私と彼女を無意識に見比べて、どうしてこうも違うのか、なんて考えてしまう。
38 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:35:56.06 ID:rQQ2l/Owo

「千早、この際だから言っておくけど」

紅茶を一口飲んで、彼女はそう前置きした。
いつもより一段声が低くなっている。
こういう時の彼女は、真剣に相手のことを考えているのだと知っているから。

「愛想がない? そりゃ、千早はちょっと人付き合いに不器用なところはあるわよ」

だから、私も真剣に耳を傾ける。

「でもその分、相手のことをしっかりと理解しようとしてるの、私は知ってる」

……だから気軽に告白を受けるなんてできなかったのだけど。

「それに、千早がキツイこと言うのって、相手を思いやってのことよね。少なくとも私は、一方的に何か言われた覚えはないわ」

もう少し言い方があったんじゃないかって、いつも反省するのだけど。
そう言ってもらえるのはとても嬉しい。

「普通なら怖いことだよ。だからこそ、それができる千早は凄いと思う」
39 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:36:38.52 ID:rQQ2l/Owo

一息でそこまで言って、残りの紅茶に口をつける。
そして、また少しトーンを変えて言葉を続ける。

「あとさ、千早って、ちゃんと鏡見てる?」

「……ええ、もちろん」

どいういうことだろう。
質問の意図がわからなかった。

「本気で自覚ないのね……いい? 千早は美人なの」

「………………へ?」
40 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:37:25.03 ID:rQQ2l/Owo

……美人? 誰が? ………私?
この上なく間の抜けた顔をしていたのだろう。
彼女は呆れ顔をしていた。

「……こりゃ重症だわ」

勢いをつけるように紅茶を飲み干した彼女は、身を乗り出して言葉を続ける。

「千早はね、半端なアイドルじゃ勝てないくらいには美人なの」

いや、でも……あの、え?
混乱しきっている私に、彼女はさらなる追い打ちをかけてきた。

「おまけに歌ってるときに千早は可愛いの。それでモテないわけないでしょうよ」

か、かわっ……!?
本格的に脳の容量をオーバーしそうだった。

「ちなみに、これは合唱部の総意だから」

そう言う彼女はとびきりの笑顔をしてみせた。
でも私は、相変わらずパニック真っ最中だった。
41 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:37:51.07 ID:rQQ2l/Owo

――――――
――――
――

「落ち着いた?」

「……ええ、まあ、一応」

せっかくのケーキも、あまり味を覚えていない。
……もったいないなぁ。
42 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:39:13.03 ID:rQQ2l/Owo

「あらためて言うけど、千早は人から好かれるに値する人間なのよ?」

何のためらいもなく、真剣な表情で言い切られた。
信じていいと、そう思わせるに足る表情だった。
……面と向かって言われるのは非常に恥ずかしかったけれど。

「他でもないあなたの言葉だものね、信じるわ……まだちょっと自信はないけれど」

「……千早のそういう表情、卑怯よね」

私は今、どういう表情をしているのだろう。
何がどう卑怯なのだろう。
皆目見当がつかない。
43 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:39:56.72 ID:rQQ2l/Owo

「無自覚だから尚更タチが悪いというか……」

頬に手を当てる私に、ジト目を向ける彼女。

「ま、そこも千早のいいところではあるけど」

小さなため息とともに呟かれた言葉。
私としては、勝手に納得されても困る。

「できれば本人を置き去りにしないでほしいのだけど」

「いいのいいの」

ひらひらを手を振る彼女に取り付く島はなかった。
彼女がこういう態度をとるのなら、私が気にすることではないのだろう。
……若干納得いかない部分はあるけれど。
44 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:41:14.80 ID:rQQ2l/Owo

「ところでさ、千早はアイドルとかやらないの?」

「……へ?」

つい最近、同じようなことを聞かれた気がする。

「さっきちょっと言ったけどさ、ビジュアルは問題ないし、歌もうまいし」

その問いに対して、優にしたのと同じような答えを返すと。

「惜しいなぁ」

彼女はそうつぶやいた。

「惜しい?」

「千早って楽しそうに歌うしさ、聞いてる方にもそれが伝わってくるのよ」

聞いていると元気になれる。
歌にそれだけの想いを乗せて届けることができるのは凄いことだ。
彼女はそう付け足した。
45 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:42:07.94 ID:rQQ2l/Owo

「なんていうのかな、そんな風に力のある歌を歌えるのにもったいないっていうか」

そうなのだろうか。
いつも一緒に歌って、すぐ近くで聞いている人の言葉なのだからそうなのかもしれない。
……歌の、力。

突然、見覚えのない光景がよぎった。

狭い部屋で、一本のマイクを前に歌う私。
ガラスの向こうでは目を見張っている数人の人たち。
その後ろで、満足そうに笑うメガネの男性……

これは何?
私は、こんなものは知らない。
……本当に?
46 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:43:08.51 ID:rQQ2l/Owo

「どうしたの千早? 大丈夫?」

どうやら私は呆けていたようだ。
彼女が心配そうにのぞき込み、そう尋ねてきた。

「……舞台で一人で歌うって想像したら、ちょっとゾッとしちゃって」

咄嗟に誤魔化しはしたけれど、納得してくれたのかどうか。

「きっと私、みんなで一緒に歌うから楽しいのよ」

それは、偽らざる気持ち。
一人で大勢の前に立つ度胸なんて、私にありはしないのだから。

「まぁ、そう言ってくれるのは仲間冥利に尽きるってものだけど……」

少し照れた様子で彼女は言う。
そう、仲間と一緒だから。
だから……

結局、アイドルの話は有耶無耶に終わってしまったけれど。
何かが、引っかかっていた。
47 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:43:44.98 ID:rQQ2l/Owo

***************************


  穏やかな日々、不意に感じるズレ
  
    その意味を、知らなければならないのだろうか

 知りたくは、ないのに


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48 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:45:02.51 ID:rQQ2l/Owo

ある日の夕暮れ、私は少し寄り道をしていた。
学校からの帰り道、少し外れた丘の上に公園があった。
そこからの景色はそれなりに開けていて、気分転換をするにはちょうど良かったから。
少し、頭の中を整理したかった。

見たことのない、知っている光景。
会ったことのない、知っている人。
聞いたことのない、馴染みの曲。

私が、私でない感覚。

その違和感は突然訪れ、気付いた時には過ぎ去っている。
思い返そうと、言葉にしようとすると、あっという間に姿が掻き消えてしまう。
それが何かもわからないのに、何かがあるという感覚。
まるで深い霧の中に迷い込んだようで。
考えれば考えるほどわからなくなるのに、それでも考えてしまう。
49 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:45:45.57 ID:rQQ2l/Owo

「……考えても仕方がないのだけれどね」

胸の内の霧を払うように、意識して声に出す。
ひょっとしたら、それは単なる逃げなのかもしれないけれど。
少しだけ、気分が軽くなった気がした。

昨日と同じ今日が来て、今日と同じ明日が訪れる。
そうやって、何でもない日々を積み重ねていくものだと思っていた。
でも、それは違うらしい。
50 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:46:37.47 ID:rQQ2l/Owo

「アイドル、か」

きっかけは多分、この言葉。
何となくそんな予感がする。
何故と言われても、答えようがないのだけれど。

答えはすぐそこにあるような気がするけれど。
どうやったら辿り着けるのかがわからない。
道を記した地図はあるけれど。
その読み方がわからない。

「堂々巡りね」

頭の中を整理して、気分転換しようと思っていたのに。
結局はもどかしさが募っただけだった。
せっかく寄り道をしたのに、結果がこれでは報われない。
51 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:47:13.09 ID:rQQ2l/Owo

なら、無理やりにでも気分を変えよう。
頭の中を空っぽにして、思いつくまま歌おう。


 ~~~♪
   
   ~~~~♪


幼いころ、優によくせがまれた歌。
少し昔の流行歌。
52 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:47:50.69 ID:rQQ2l/Owo

歌っていると、あのころの気持ちを少し思い出した。
ただ歌うことが楽しくて。
聞いてくれる人が笑顔になるのが嬉しくて。

それはまるで、魔法だった。

「……そう、だったわね」

それが私の歌う理由。
私の歌が、誰かを笑顔にできるのなら。
さっきまでと違って、アイドルという言葉が輝いているように見えた。

遠く、鈴の音が聞こえた気がした。
53 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:48:50.55 ID:rQQ2l/Owo

――――――
――――
――

自室に戻ると、机の上に小さな木箱があった。
手のひらに収まる大きさの、上品な細工が施された箱。

「オルゴール?」

いつかどこかのお土産屋さんで見た、そのままの姿をしていた。
でも誰が、いつ、こんなものを?
当然の疑問に行き着いた時、強烈な違和感に襲われた。
54 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:49:27.21 ID:rQQ2l/Owo

違う。
これはずっとここにあった。
私が気付けなかっただけだ。
55 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:50:42.39 ID:rQQ2l/Owo

言葉にならない不気味さが、背筋を震わせる。
その一方で確信に満ちた声が響く。

 このオルゴールに答えがある。
 ふたを開ければ答えがわかる。

立ち竦む私を労わるような声が聞こえてきた。
思わず流されたくなる、優しい声だった。

 これを開けたら戻れなくなる。
 これを開けたら帰らねばらならない。
 なら、見なかったことにすればいいじゃないか。
56 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:53:42.59 ID:rQQ2l/Owo

声は止まない。
目を閉じ、耳を塞ぎ、蹲ってしまいたかった。
でも、そうしても無駄だと、私はどこかで理解していた。
なぜなら、すべては私の内から響く声だから。

そして、分かってしまったことがある。
これを開けると、見たくないものを見なければならない。
開けずにいると、不可解な思いを抱き続けなければならない。

「………開けてみなければ何も始まらない、ということね」

意を決して口を出す。
何があるかは分からないけれど、違和感に悩み続けるのはもう沢山だった。

恐怖が私を抱きすくめる。
でも、ここで逃げて誤魔化して、欺瞞を抱えて歩いたとして。
いずれは向かい合うことになるのだろう。
57 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:54:39.20 ID:rQQ2l/Owo

ならば

震える手をオルゴールへ伸ばし

ふたを、開けた

https://www.youtube.com/watch?v=tIF7fFumljw


優しく、力強く、あたたかく
慈しむように、奮い立たせるように

そんな想いが伝わってくるメロディ。
誰が、誰に?
私は、知らないのに知っていた。
58 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:55:34.38 ID:rQQ2l/Owo

瞬間、閃光のように数多の光景が駆け抜けてく。

春香がいた、美希がいた、真がいた、律子がいた。
水瀬さんがいて、高槻さんがいて、亜美がいて、真美がいて。
我那覇さんも、四条さんも、萩原さんも、あずささんも。
社長や、音無さん、プロデューサーもいた。

みんなの顔が通り過ぎ、私の前には小さな靴が落ちていた。
……優の、靴。

ああそうか。
今の私は、私ではなかったのか。
59 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:56:01.44 ID:rQQ2l/Owo

「お姉ちゃん」

私の前に優がいる。
本当は会ったことのない、成長した優。

「……優」

駆け寄り、抱きしめる。

「優!!」

目から熱いものが零れ落ちる。
ちゃんと顔を見たいのに、視界が滲んでいく。
60 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:57:54.15 ID:rQQ2l/Owo

「ごめんね。僕、お姉ちゃんの弟じゃないんだ」

 いいの。
 そんなことはどうでもいいの。

想いが溢れて言葉が出ない。

「でも、お姉ちゃんに会えてよかった」

 違うの、それは私なの。

伝えたいことはたくさんあるのに、何も伝えられない。

「大丈夫だよ」

優しく背中を撫でる弟の手。
まるで、兄が妹をあやすように。

「ちゃんとわかってるから」
61 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:58:37.88 ID:rQQ2l/Owo

……遠くで鈴の音が聞こえる。
まだ何もできていないのに。
せっかく会えたのに。

「もう、お別れみたいだね」

そっと体を離す。
まだ私の視界は歪んでいる。

「最後にお願い、いいかな?」

鈴の音が近づいてくる。
必死に涙を拭う。

「……お姉ちゃんの歌、聞きたいな」
62 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:59:15.00 ID:rQQ2l/Owo

歌。
私と優を繋ぐ絆。
これが最後だというのなら。

呼吸を整える。
せめて、姉らしい姿を。

これまでの想い、すべてを乗せて歌う。
私も優も、笑えるように。

「ありがとう、お姉ちゃん」

鈴の音はもう、すぐそこに。

「大好きだよ」

私の歌と溶け合って。

光が、爆ぜた。
63 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 22:59:55.48 ID:rQQ2l/Owo

***************************


――哀しい何かがあった気がする
――幸せな何かがあった気がする
64 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 23:00:48.35 ID:rQQ2l/Owo

薄く目を開けると、見慣れた天井がそこにはあった。
いつもの光景、慣れ親しんだ光景。
そして、少しの違和感。

何か夢を見ていた気がする。
私がいて、優がいた夢。
そこで、何かがあった気がするのだけれど。
65 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 23:02:01.34 ID:rQQ2l/Owo

生々しい実感を伴った夢だった……と思う。
両手から砂がこぼれ落ちるように、大事なことは思い出せない。
それなのに、すりガラスの向こうほどにも姿が見えないのに、何かが引っ掛かっている。

「……涙?」

鏡を覗くと、目が赤くなっていた。
目じりにも涙の痕跡がある。
一瞬だけ浮かんだ夢の面影は、けれど溶けるように消えてしまった。
66 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 23:03:59.03 ID:rQQ2l/Owo

大切な、とても大切なものだった気がする。
決して忘れてはいけないもの。

けれどそれは、手の届かないところに行ってしまった。
……あの日の優と同じように。

もう、何をしても無駄なのだ。
もう、大切なものなど必要ない。

そうやって、すべての思考を放棄した時、来訪者を告げる呼び鈴が鳴った。
厭世と諦観で満たされた私の世界。
淀んだ霧に満たされた世界に、一筋の光が射し込んだ。


<了>
67 : ◆Hnf2jpSB.k[saga]:2016/01/13(水) 23:09:36.88 ID:rQQ2l/Owo
何となく思いつくままに筆を走らせました
見苦しい出来になっていないことを祈るばかりです

お付き合いいただきましてありがとうございました
68 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage]:2016/01/14(木) 00:02:37.25 ID:CJEcMlUf0
乙です
69 :以下、2015年にかわりまして2016年がお送りします[sage]:2016/01/19(火) 22:29:38.89 ID:UrimNO/ko

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