伊織「えーー、お暑い中、沢山のお運び誠に有難う存じ上げます」
伊織「まぁ暑い暑いと申しましても、もうこの時分になりますと、晩には秋の虫がリンリンと」
伊織「朝には露風がひゅーと言った具合に鳥膚を作りますな」
伊織「わたくし共の商売、所謂アイドル何てのは、季節限らず肌をさらす事も多く」
伊織「仲間の千早なんかは、さながら蒼い鳥の面目躍如といった具合です」
伊織「商売と言いましても様々でして、特に私共の商売はちょっと、変わっておりまして」
伊織「こうしてお客様の前で『パフォーマンス』をさせて頂く商売をさせて頂いておりますが」
伊織「その中に、こう言ったお客様の前でお喋りをする、なんてのもありまして」
伊織「つたないながらも、こうして落語なんてのもやらせていただいているわけですな」
伊織「ですが、まぁ、一般で言う「商売」と言うのは、もっぱら、物の売り買いでして」
伊織「それこそ1円の差で一喜一憂の世界でございます」
伊織「決まった値段で半券なんて売らせて頂いております私共の商売は大分気楽な物ですが」
伊織「一般のスーパーと言うんですかね? ああいう所は、まぁ競争社会で大変らしいですな」
伊織「聞きました? 奥さん、あのスーパー○では茄子が一個15円でしたのよ?」
伊織「ええ!? それなら私の近くのスーパー△ではひき肉が100gで98円だったのよ!?」
伊織「私の家の近くのスーパー□では麻婆茄子の素が88円でしたわ!!」
伊織「じゃあ参りましょう、なんて言ってね、3件梯子なんてのもあるらしいですな、コレは中々に大変な事ですな」
伊織「わたくしの仲間にもやよいと言う者がおりますが」
伊織「この前なんて「伊織ちゃん! 2駅先のスーパーでね? もやしが18円だったんだよ」と言うわけですよ」
伊織「へぇ、近くのスーパーでは?」
伊織「うん! 35円」
伊織「で? アンタはそこまで何で行ったの?」
伊織「え? 電車」
伊織「…………何袋買ったのよ」
伊織「2袋!!!!」
伊織「…………」
伊織「私はね、何も言えませんでしたよ、あの笑顔をむけられちゃあね」
伊織「まぁそんなわけで筒先の、所謂、客と商人のかけひきと言うのは面白いもので」
伊織「その場の1円は移動代の300円にも勝ると言うわけですな」
伊織「金銭感覚とはちょっと違うんでしょうが、金に関する感覚って言うのは人それぞれってやつです」
伊織「そんな中でも、まぁ、買い物上手と言う人間はいるもんで」
伊織「こう、アレですな、買い物上手って言うのは値切り上手ってわけでもないんですよ」
伊織「買い物における主導権を握るのが上手いんですな、大抵そう言った人間はドケチだと相場が決まっております」
伊織「このホールにもいらっしゃるかもしれませんね、ホールのドア影で少しばかりドアを開けてロハで落語を聞いてしまおうなんて人もね」
伊織「まぁまぁ、敵にしたらこりゃ厄介、しかし味方につけられれば、こりゃあ頼もしい、こんなに頼もしい人はいませんな」
伊織「そう言った人は自分の買い物だけじゃなく、他人の買い物も助けますからな」
伊織「一人や二人は傍に居て欲しい者です」
伊織「さて、そんな買い物に関する話でひとつ」
伊織「ある日、ある所、真と雪歩と言う仲の良い連れ合いがおりました」
伊織「二人はこんな会話をしていたようです」
伊織『ねぇねぇ、真ちゃん、私、真ちゃんとニンテンドースイッチがやりたいの』
伊織『ニンテンドースイッチと言うと……今人気のあのゲーム機かい?』
伊織『そう、二人で出来るゲームがたくさんあるんだって』
伊織『へぇ、それはいいね、どれ、さっそく買ってこようか』
伊織『でも今は大人気であまり手に入らないみたいだし、真ちゃんの事だからメガドライブとか買ってきそうで不安なんだよ』
伊織『……逆に今メガドライブが手に入ったならば、もうそれはそれで喜んでもらいたいものだけれどもね』
伊織『だから、ほら、律子さん、いるでしょ?』
伊織『あのしっかり者で、買い物上手で有名な、あの律子?』
伊織『うん、真ちゃん一人じゃ心配だし、私が行ってもお店の人の言いなりになっちゃいそうだし、一緒に行ってもらったらどうかなって思って』
伊織『それはいいね、じゃあ一つ相談してみよう』
伊織『あ、真ちゃん!』
伊織『ん?』
伊織『ワンダースワン買ってきちゃダメだよ?』
伊織『わかってるよ。むしろ今買う方が難しい物ばっかり言うね、まったく』
伊織『ドンドンドン!! ドンドンドン!!』
伊織『ごめんくださいやし!! ドンドンドン!! 律子ぉ!? ドンドンドン!! ごめんくださいやしぃ!!!!』
伊織『律子!! ドンドン!! いるかい律子!!?? ドンドン!!』
伊織『うるさいわね!! インターホン使いなさいよっ!! 扉壊れるかと思ったわよ!!』
伊織『お、律子ドン、居たね?』
伊織『扉叩く音とキメラ化して律子ドンって言うのやめてくれる? それで? 何の用よ?』
伊織『スイッチを探すのを手伝ってもらいたくてね』
伊織『はぁ!? スイッチ? 何のよ? 電気の? アンタのやる気スイッチ?』
伊織『いや、ニンテンドーの』
伊織『任天堂の? ……ああ、ニンテンドースイッチ、ゲーム機の事ね』
伊織『そうそれ』
伊織『探せと言われても……まぁ知ってるかもしれないけど、今あのゲーム機は品薄でね』
伊織『だから律子に頼んでるんじゃないか、下げたくもない頭を下げてさ』
伊織『アンタがこっちに来て一度足りとて下げた頭は無いけどね!? した事と言えば扉をしたたか叩いたくらいだけどね!!??』
伊織『いやね? 他でもない雪歩が「律子は電気に強いし、話術も達者、買い物は上手いし、おまけにがめついときてる、頼りになるから一緒に行ってもらいな」って言うんだよ』
伊織『雪歩もずいぶんと大きなことを言うようになったものね、本人目の前にしてがめついとか言っちゃうアンタもアンタだけど』
伊織『ごめん! がめついって言う件はボクが今考えたんだよ』
伊織『…………アンタ相手に怒るのも徒労だから、先に進むけど、要するにスイッチを買いに真と私で行ってくれと言う事なのね?』
伊織『暇でしょ?』
伊織『暇じゃないわよ!! まぁ今は暇だけれども!! 付き合ってあげるけども!!』
伊織「そんなわけで、この凸凹の二人が向かったのが所謂皆様の知っている家電量販店では無く、個人経営の電気屋が並ぶ電気街」
伊織『律子、ボクよくわからないんだけど、こう言う買い物は「その場でズバッと現金値引!」とか「30%ポイントボーナス!」とかの場所で買う物じゃないの?』
伊織『いいから、真は黙ってついてらっしゃい、こういう買い物は人の良さそうな個人店で買うのが一番良いのよ』
伊織『そう言う物なのかね』
伊織『そう言う物なの、あとね真、言っておくけど、これからの買い物、アナタは絶対に口出さない事』
伊織『わかった、じゃあ手を出す算段になったら任せておくれ』
伊織『そう言う物騒な買い物しないから! まあ、アンタはお金だけ出してくれればいいから、安心しなさい、損はさせないから』
伊織『うん、お金は雪歩から預かってるから、その算段になったら言ってくれれば』
伊織『良い? 真、念を押しておくけどもね「何があっても」口を出さないのよ?』
伊織『そんな何度も言われなくたって大丈夫だよ』
伊織『よしよし……っと、見てごらん真』
伊織『…………店主かな? さっきから店先を出たり入ったりしてキョロキョロしてるね』
伊織『ふむ……我那覇電気店、ね、なかなか人の良さそうな店主ね』
伊織『暇なのかね、さっきからウロウロウロウロと』
伊織『ゲームが売ってるかどうかも解らないけど、ちょっと入ってみましょうか』
伊織『うん、よろしく頼むよ』
伊織『ピロピロピロピロ』
伊織『あ、いらっしゃい!』
伊織『ちょっと邪魔しますよ』
伊織『はい、ようこそいらっしゃいました。今日は何をお探しで?』
伊織『いやね? ちょっとゲームを探していて』
伊織『ゲーム?』
伊織『うん、ゲーム機をね探しているの』
伊織『……いやはや、家を選んだお客様は運が良い、家は町の電気屋と言う風貌ですが、ゲームはちょっと自信ありでして』
伊織『へぇ楽しみね、ちょっと見せてもらえる?』
伊織『もちろん、どうぞどうぞ、こちらでございます』
伊織『ふぅん…………あ、任天堂の品も随分と揃えてるわね』
伊織『お客様、大変お目が高い、私共の店は任天堂には特に力を入れております』
伊織『へぇそりゃまた何で?』
伊織『やっぱりね、地元の子供、子供が選ぶハードって言うのはいつだって任天堂ですよ、子供の笑顔が私共の一番の報酬でございますから』
伊織『まぁ、買うのは大人の私なんですけどね』
伊織『もちろん、お客様の笑顔が私共の一番の報酬でございます』
伊織『…………調子の良い主だねこれまた、いや、気に入りましたよ、商売人はそうでなくちゃいけない』
伊織『ありがとうございます、お客様、例えばこちらの【3DSLL】の値札、ちょっとを見てくださいよ』
伊織『ん? 18800円にバッテンが付いてるわね』
伊織『そうなんです、この価格から高くなるなんてことは絶対にないですよ? 定価が18800円です、ここから更に御値引きするってわけですよ』
伊織『なるほど、なるほど』
伊織『いや、これは、良い店に当ったわね真』
伊織『…………』コクコク
伊織『何黙ってるのよ、良い店に当ったわねって言ってるの』
伊織『…………』
伊織『良い店に当ったわねって言ってるのよ! 返事くらいしなさいな!』
伊織『っ』ガッ!!
伊織『痛っ!! ちょ!? は!? アンタ何いきなり肩パン食らわせてくれてんのよ!!??』
伊織『いや、何があっても口を出すなって律子が言ったから手出した』
伊織『相槌や返事くらいなら口出してもいいのよ、そのくらい察しなさい!!』
伊織『……あの~~』
伊織『ああ、ごめんなさいね、いやね何を隠そう今回ゲーム機探しているのはこの真って子でね』
伊織『ああ、作用でございましたか、お安くさせて頂きますよ』
伊織『うれしいわね真』
伊織『』ガッ!!
伊織『だからソレやめなさいってのっっ!!』
伊織『で~~店長さんで良いのかしら? この3DSLLは実際の所、いくらになるの?』
伊織『え~~……そうですね……この電気街の、数多く立ち並ぶ個人経営の細々とした電気店の中の、しかも私の店を選んでくれた上、ご新規さんと言う事も加味しまして……』
伊織『加味してもらって』
伊織『ずばり、税抜15000円でいかがでしょうか!?』
伊織『え!? 18800円の物が!?』
伊織『はい!!』
伊織『税抜15000円になっちゃうの!!??』
伊織『はい、め一杯勉強させてもらいました!!』
伊織『豪儀な事ねぇ~、3800円引きとは…………えっと、それじゃあね? 店長さん』
伊織『はい』
伊織『例えば私達が馴染みの常連で、数多く立ち並ぶ個人経営の細々とした電気店の中、貴女の所1本で絞って会いに来た。そう言う場合、この3DSLLはいくらになるの?』
伊織『はい?』
伊織『だから、数多く立ち並ぶ個人経営の細々とした電気店の中で貴女の店を選んだ、しかも新規さんだっていうんで15000円にしてくれたわけでしょ?』
伊織『はい』
伊織『で、それらが一切なく、私達が常連で、貴女の店一本に絞って会いに来た、そう言う場合は3DSLLはいくらなの?』
伊織『えっと……もし、お客様が常連で、馴染みの私共の店に来てくれた場合と言うわけですね?』
伊織『そう』
伊織『そうした場合、常連さん価格で税抜15000円になりますね』
伊織『結局いつ来ても15000円なんじゃないのよ!!』
伊織『まぁ、いいわ、これだけ安くしてくれる店って言うのも他には無いでしょうし、この店に決めましょう』
伊織『まことにありがとうございます』
伊織『でね? その……言いにくい話なんだけどね?』
伊織『はい?』
伊織『私もこの横の人に「巷で買い物上手」と煽てられて来た手前、そちらの最初の言い値で買ったとあっちゃあ名折れにもなるってものなのよ』
伊織『…………ええ』
伊織『ここはその……どうだろうね? 私の顔を立てろなんて事はは言わないけども、その、消費税っての? とっちゃうわけにはいかないかしら?』
伊織『……そうしますと、この税抜15000円の3DSLLを税込15000円にしろ、そうおっしゃるわけですか?』
伊織『察しが良いうえに頭もキレる、やっぱり店長にするにはこういう人よ、そうよね真?』
伊織『え? あ、ごめん! こうかっ!!』ガッ!!
伊織『だからっ!! こういう時は喋っていいのよ!! 肩パンで返事するのをルール化してんじゃないわよ!!』
伊織『いや、しかしお客様、私共の商売も利の薄い商売でして、3800円の値下げの上、お上に払う消費税まで減額したとあっては……1200円の税ですので合計5000円、コレはいくらなんでも』
伊織『店長、私も巷で「買い物上手」と言われる女、もちろん無料でまけてくれなんて事は言わないわ。もしここで貴女が私の言う事飲んでくれたらね?』
伊織『…………はい』
伊織『私はここを宣伝するわよぉ~? 事、電気と名のつく物を買うのであれば! 気立ての良くて美人で褐色で八重歯でホットパンツで胸の大きさが可変する店長が居るあの店しかない! ってね』
伊織『最後のほうのは別に触れ回っていただかなくても結構なんでございますが…………ううむ……』
伊織『どうか! ほら、今5000円の損だとあっても、後から後からやれLED電球だ電源タップだ電池だコピー用紙だとわんさと来るわけだから!!』
伊織『どれもあまり高額な物はないようでございますが』
伊織『そこは言葉のあやってやつよ、テレビだった買い替え検討中の知り合いもいるし、損して得とれって言うでしょう?』
伊織『…………よろしい、お客様の熱意には負けました、税込15000円でお譲りしましょう』
伊織『はいきた!! コレ!! コレよね!! コレがあるから家電量販店には行かない私なのよ!! こう言う人の温かみがありがたいじゃあないのよ!!』
伊織『お客様! 良いですか? 本当に一回だけ! 一回だけですからね!? こう言った事は!!』
伊織『もちろんよぉ、これからバンバンこの店宣伝しちゃうから、じゃあお金払わなきゃね、ほら、真』
伊織『いや、でも……律子』ボソッ
伊織『いいから黙って15000円だしなさいよ!! 最初はこれで良いの!!』コショコショ
伊織『ええ……』
伊織『いいから早く!!』
伊織『わかったよ……はい……』
伊織『それじゃあね! 店長、ここに御代を置かせてもらうわ!! ああ梱包や領収書なんてめんどくさい手間はかけさせないわ、レジとか後でそっちでゆっくりとやって頂戴』
伊織『いやしかしお客様、保証書の方は?』
伊織『ここの店が不確かな物出すわけないでしょ? 信じてるから大丈夫大丈夫、ここまで値切らせといて不良品に当ったらそりゃ天罰よ、甘んじて受け入れることにするわ』
伊織『では、あのポイントカードは?』
伊織『あ、それは貰うわ、なになに? 【1000円毎に1ポイント、45ポイントで中古棚の中からお好きなゲームソフトプレゼント】こりゃいいわね、ぜひお願いするわ』
伊織『はい、それでは15ポイントのカードをどうぞ』
伊織『何から何まで悪いわね、それじゃあこの埋め合わせはまた絶対に!! それじゃあお金はこのテーブルに置いておくから、きっちり15000円! じゃあね!! ありがとね!!』
伊織『はい、ありがとうございました~』
伊織『じゃあ、忘れずに宣伝しておくから、また!!』
伊織『ピロピロピロピロ』
伊織『ちょっと! 律子ぉ!! コレ違うよ!!』
伊織『店先で大きな声だすんじゃないわよ! ほらとりあえず行くわよ』
伊織『ボクが欲しいのはニンテンドースイッチであって、ニンテンドー3DSLLじゃないんだよ!』
伊織『解ってるわようるさいわね、ほら、この角を右に曲がる! そして次も右! で、次も、最後も右に曲がる、ってーとさっきの店につくわけよ』
伊織『そりゃあ、一周したからね』
伊織『まぁまぁこっからよ、見ときなさい』
伊織『ピロピロピロピロ』
伊織『ちょっと邪魔しますよ!』
伊織『いらっしゃいま………………あの……何かお忘れ物で?』
伊織『忘れ物? 忘れ物って言ってくれた!? いや~嬉しいわね真、この人私達の事覚えていてくれたみたい、感動すら覚えるわね!!』
伊織『出て行かれてから40秒程しか経っていませんから……えっと、それで? いかがなさいました?』
伊織『それがね? 聞いてよ店主、この真がね店を出てから「欲しかったのはニンテンドースイッチだったんだよ」とか言いだすわけ』
伊織『え!? ボクは!!』
伊織『黙ってなさいって言ってるでしょっっ』ズイッ
伊織『……はい』
伊織『私も驚いちゃってね? それで……店長さん、この店に……その~』
伊織『お客様は本当に運が良い……ありますよ』ニヤリ
伊織『え!? あの品薄でユーチューバ―に縋る事でしか手に入らないニンテンドースイッチが!?』
伊織『もちろん、あちらの棚に、最後の1個でございます』
伊織『まぁ、見えてたから言ったんだけどね……』コショ
伊織『お客様?』
伊織『あーーーー!! これはラッキーだわ!! こんな幸運もう二度とないんじゃないかしらってくらいの幸運だわ!!』
伊織『い、いや、まぁ、家も常連さんでもっているような店ですが、一定数は入荷はしておりますので』
伊織『で、値段は……税抜29800円ね』
伊織『こちらの商品、お客様もご存じの通り品薄品でして、定価販売しているだけでも良心のある店と言われる代物でございますから』
伊織『もちろんよ、そりゃあ定価でも欲しい商品よね、じゃあこの買った3DSLLのちょうど2倍払うからそれで良いかしら?』
伊織『いえ、買って頂いた3DSLLは15000円、2倍だと30000円、それでは200円多く頂いてしまいますが』
伊織『それこそ祝儀ってやつよ、それで是非ジュースでも飲んでくださいな、じゃあ、このニンテンドースイッチはちょうど30000円で良いわね?』
伊織『これはこれは、ありがとうございます、そうですね15000円の2倍でちょうど30000円で…………あれ?』
伊織『どうしたの?』
伊織『…………お客様もお上手でいらっしゃる……すっかり騙されてしまいましたよ、消費税分値切られてしまう所でした』
伊織『そこに気付いちゃった? 流石商売人抜け目がない! でもまぁ言った値段をひっこめられないのも商売人よね?』
伊織『はぁ~~~~…………わかりました、こちらも税込30000円でお譲りしましょう。まったくとんでもない客だぞ…………』ボソッ
伊織『ありがと! でね……その~~……ここまでしてくれた店主にさらにお願いするのも心苦しいんだけれども……』
伊織『これ以上! まだ何かあるのですか!!??』
伊織『あ、いや、あのね? この? 間違って買った3DSLL? 中古価格でも良いから引き取ってくれると助かるなって思って』
伊織『……なんだ、そんな事ですか! いや、お客様、それこそお安い御用ですよ、今日一番のお安い御用ですよ』
伊織『そう? いや、満額返金なんて事は言わないわよ? 1割2割くらいは私も覚悟はしているんだけど…………』
伊織『いえいえお客様、コレが例えば他店からお持ちになった、もしくは一度開封して遊んだって言うなら中古価格ですけどね?』
伊織『うんうん』
伊織『私共の店で購入していただき、しかも外に出されたのはたったの40秒、これを中古価格で買い取っちゃあ、我那覇電気店の名が廃れるってもんですよ』
伊織『え? じゃあ!?』
伊織『よろしいです、お支払頂いた額、キッチリ15000円で引き取らせていただきましょう』
伊織『いやぁ~~こういう人情よ! 今の日本が必要なのは!! 店長さん総理大臣とかになった方がいいわよ、むしろ、電気屋でくすぶってる器じゃあないわ!!』
伊織『いやはや言い過ぎでございますよぉ、お客様ぁ』
伊織『えっと……店長さん? ソコの机の上に、さっき私が払った15000円があるわね?』
伊織『はい、まだレジにも入れておりませんので、取り消し処理をする手間が省けました』
伊織『で、店長さんは、この私が持っている3DSLLを15000円で買い取ってくれるわけでしょ?』
伊織『はい、キッチリ、15000円で』
伊織『ソコの机の上の15000円と、3DSLLの15000円、合わせて30000円』
伊織『……はい、そうですね』
伊織『じゃあ、この3DSLLを店長さんに渡して、ニンテンドースイッチ代になったから、このニンテンドースイッチはいただいて行くわね?』
伊織『…………んん??』
伊織『それでいいのよね?』
伊織『机の上の15000円と3DSLLの15000円……30000円……そうですね! はい、どうぞお持ちください!!』
伊織『はい! じゃあお世話様!! あ、良いわよ、この箱ごと持っていくから!! じゃあね!! ありがとね!!!!』
伊織『ピロピロピロピロ』
伊織『ほら! 行くわよ真!! 急ぎなさい!!』
伊織『え? 律子? え? 何か? え? おかしくない?』
伊織『いいのよ! ほら、早足早足!!!!』
伊織『お、お客様ぁ??!! もし!!!! お客様ぁ!!!!????』
伊織『ほら言わんこっちゃない…………』
伊織『お客様!! ちょっと!!!!』
伊織『…………ん? どうかした?』
伊織『あの……一度、その……店の方に戻っていただいてもよろしいでしょうか?』
伊織『え? まぁ、ね? うん、構わないわよ』
伊織『えっとですね……自分……あの、良く確認してみたのですが……お客様から15000円しか頂いていないのですが……』
伊織『はぁ…………店長、大丈夫? 良く見て、そこの机の上』
伊織『はい』
伊織『そこにあるのは、真が財布から出した15000円』
伊織『はい、この15000円は、はい、確かに、です、はい』
伊織『で、その隣にあるのは?』
伊織『お客様が間違ってお買いもとめ頂いた3DSLLでございます』
伊織『で、それを貴女はいくらで引き取るって言った?』
伊織『15000円で……』
伊織『じゃあ簡単な足し算よ、机の上の物は15000円+15000円で?』
伊織『…………30000円ですね!?』
伊織『そうよ! それがこのニンテンドースイッチの御代ってわけ』
伊織『…………あーーーー!! 自分、この3DSLLの事をすっかり失念しておりました!!』
伊織『ちょっと、しっかりしなさいよ~、じゃあね、また、この店利用させてもらうから、じゃあ!』
伊織『ほら!! 真急ぎなさい!! 駆け足駆け足!!』
伊織『律子! 何か、ボクにも解ってきたよ!!』
伊織『良いの! 無駄口叩いてないで駆け足駆け足!!』
伊織『もし!! お客様ぁ!!!! お~きゃ~く~さ~まぁ~~~~!!!!????』タッタッタッタッ
伊織『ああ、ほら、追いつかれちゃった』
伊織『ちょっと……店の方まで……お戻りを……願いたく……』ゼェゼェゼェゼェ
伊織『ちょっとちょっと、何回戻らなきゃならないのよ』
伊織『もう一度! もう一度だけですから!!』ゼェゼェゼェゼェ
伊織『で? どうしたって言うのよ????』
伊織『いえ……あの……ちょっと、何かが……おかしなことになっているぞ、と、自分の中のまともな自分が囁くんです』
伊織『何もおかしなこと何てないでしょうよ?』
伊織『えっと、ちょっと待ってください? えっと、ここにお客様の15000円があります』
伊織『そうね、真の財布から出た15000円、貴女も確かに見た15000円ね、このポーターの財布から出た15000円よ』
伊織『で、ここに3DSLLがあります』
伊織『店長、そこがいけない、この3DSLLを物質として考えてるからおかしなことになるのよ、ちょっとレジから15000円持ってきなさい』
伊織『レジから? ですか? …………はい、御用意しました』
伊織『あなたはコレを15000円で引き取るって言ったわよね?』
伊織『はい……』
伊織『つまり、そのレジから出した15000円が私の所に、一度きーまーすっ、ここまでは良いわね?』
伊織『はい、お客様の元へ、いーきーまーすーっ、はい』
伊織『で、ニンテンドースイッチは30000円よね?』
伊織『はい、そうですね』
伊織『なので、私は足りない分の15000円を店長の元にはーらーいーまーすっ』
伊織『いーたーだーきーまーすっ』
伊織『で? 貴女の手元には今いくらあるのよ?』
伊織『………………30000円になっちゃうんですよねぇ!!!!????』
伊織『そうよ! 何も問題ないじゃない!!』
伊織『え? え? え? いや、でも、自分、何か、こう、ちゃんと商売したなぁ~~って言う充足感が全然無くて』
伊織『充足感じゃあ飯は食えないわよ』
伊織『あれ? あれれ? う~~が~~?? どういう……え?』
伊織『わかったわ、店長、もうそこのパソコン開けなさい』
伊織『いや、これは単純な足し算なんで電卓はおろかパソコンなんてものは』
伊織『さっきからグチグチ言ってるのは貴女なんだから黙って出しなさいな! でExcel開いて』
伊織『は、はい』カチカチ
伊織『1行目のA列からD列まで結合して中央揃え、タイトルに【ニンテンドースイッチの値段】と書いて、Ctrl+Aで全選択して、文字のずれが出ないようにフォントをMSゴシックにしときなさい』
伊織『はい……MSゴシックに……』
伊織『じゃあA列の2行目に【お客様からの代金】3行目に【3DSLLの返金】、4行目に【お支払合計】と書いて』
伊織『はい……代金……返金……合計……』
伊織『B列2行目に15000、3行目に15000、円って文字いれちゃうと文字列になっちゃうから入れないで、ついでに【,】はいるようにしときなさい』
伊織『15,000と15,000……』
伊織『はい、じゃあB列4行目で上の2行をオートSUMしたら?』
伊織『…………30,000と出ますね!!!!????』
伊織『でしょ!! デジタルでもこう言っているわけ! 計算を間違えないでおなじみのデジタルでも!! つまり何も問題ない、ってわけよね!?』
伊織『ちょ!! 待って!! 待って下さい!! あの、もう一度、もう一度だけ!!!! あ、い、いらっしゃいませ!! え? オーディオ? その隅のコーナーにございます』
伊織『じゃあもう良いかしら? 店長さん』
伊織『あ! ちょ、ちょっと! 待って!! え!? あ、そ、そうですね、その辺りはどれも自慢の品でして、はい、これ? あ、150000円でございます』
伊織『じゃあそれも入れないと店長』
伊織『ですよね、ですよね、えっと……オーディオが150000円で……あれれ!? 180000円になってしまいましたよ!!!!???? ああもうからかわないで欲しいぞ!!!!』
伊織『え? ああ、違います、そのオーディオは150000円で、あーーーーーー!!!! うーーーーがーーーーーーーーーー!!!!!!!!』ブンブンブンブン
伊織『ちょっと、店長、こっち急いでるんだけども?』
伊織『すみませんね!!?? いや、なんだかおかしなことに、え!? 150000から幾らかまからないか? まかりません!!!! 今日はダメですっっ!!!!』
伊織『じゃあ、邪魔するのも悪いからコレで失礼しますよ』
伊織『あ!! ちょっと待って!! すみませんオーディオのお客様!!!! 今日はちょっと急用がございまして!!!! 帰って頂いてもらってもいいですかっ!!??』
伊織『あのね店長さん、お客は大事にするものよ? あ、オーディオのお客様、私達はコレで失礼しますから、どうぞごゆるりと』
伊織『いやいやいやいや!! ダメですっ!! お客様はちょっとお待ちくださいっ!!!! スピーカー線!? アナタは帰ってください!!!!』
伊織『何度計算しても30000円って言う結果は出てるのよ店長?』
伊織『いや、もう、凄いもやもやでして! 私の胸の中がもう凄まじいもやもやもやもやでして!! もう全然スッキリしないんですよ!!』
伊織『するってーと何? もしかして店長は、今になって私達みたいな人には売りたくなくなったってわけ?』
伊織『いえ! 決して!! 決してそう言うわけではなくてですね!!!!』
伊織『じゃあ失礼するわね』
伊織『………………あっっっっ!!!!!!!!』ポンッッ!!!!
伊織『……流石に気付かれちゃったかしら』ボソッ
伊織『ちょっと長引かせすぎちゃったかもね』コショコショ
伊織『お客様、自分、本当に大切な事を忘れておりました』ニヤリ
伊織『悪い事は出来ないわね、素直に払うしかなさそうね』コショコショ
伊織『ボクは最初から払うつもりだったよ』
伊織『はぁ~~なぜコレを忘れておりましたか、自分、胸のつかえがすっかりと取れましたよ』
伊織『……それで店長さん、本当に大切な事って何かしら?』
伊織『お支払頂いた30000円分のポイントですよお客様! 45ポイントたまりましたので中古棚からお好きなゲームソフトをどうぞお取りください』
伊織「出展、古典落語『壷算』から、現代風にアレンジしました『スイッチ算』でした、お聞きいただき、まことにありがとうございました」
パチパチパチパチパチパチパチパチ
何だこれ。
落語でした。伊織はピンクなので三遊亭好楽師匠ポジですが。
落語は6代目圓楽師匠っぽさそうですよね。
声の芸を文にするのは面白さを伝えるのは難しいです
でも書いてて本当に楽しかったです。
見て頂けた方、ありがとうございました。
おつ
0 件のコメント :
コメントを投稿