===1.
あんな係なんてもう嫌だ! えっ? 何の話って……"杏奈係"の話だよ。
生き物係とか、給食係とか、学校にはいろんな係があるだろう?
で、俺の担当が"杏奈係"。なに? なんの係か分からないって?
……お前、望月杏奈知らないの? そうだよ、それだよ。
今テレビなんかでやたらと目にする、アイドル杏奈の話だよ。
===
「ん! 休み中のノート。それからテスト範囲をまとめたプリントと、その他諸々の連絡物」
言って、俺は持ってた物をアイツの机にドサッと置いた。
なんてことはないホームルーム前の朝の時間。
何人かのクラスメイトがこっちを見るが、肝心の奴は上の空。
「おい、聞いてんのか?」
声をかけてからややあって、アイツはこくんと頷いた。
それからいつもみたいにボーっとした顔のまま、プリント類を机の中にしまいだす。
まっ、それはいい。
言われてすぐに動くのは、むしろ褒めたっていいぐらいだ。……しかし。
「こら!」
俺に突然怒られて、アイツがビクンと肩を震わせた。
それから悪戯を見つかった子供みたいな顔をして。
「な、なに? ……いいんちょ」
「お前な、人がわざわざ渡したプリントを、くしゃくしゃにしまうってのはどういうこった!」
「でも、中、入らないから。……杏奈の机、ちょっと狭い」
それはつまりこういうことだ。
彼女の机の中には既に、教科書やらなんやらが詰まってて……
新たにプリント類を入れる隙間が無いんだと。
「立て」
「えっ」
「立て。そして机の中を俺に見せろ」
杏奈の顔が青ざめる。ガキの頃から見飽きた顔だ。
こういう時ってのは大抵、何か後ろめたいことがある時だ。
「や……やだ!」
「ヤダじゃねえ」
「杏奈、拒否します。……あと、えっと、乙女の……秘密?」
バンッ! 俺はアイツの机に両手をつけた。ビビッて後ろに仰け反る杏奈。
そのまま机の端に手をやると、その場で百八十度向きを変える。
「あっ!」
慌てて止めようとしたけどもう遅い。案の定、机の中は一杯だった。
教科書なりノートなり、授業で使う物が一式入ってるならまだいいさ。
でもな、出て来た物は何だと思う?
「ゲーム雑誌に攻略本に、ソフトカタログ、設定集」
「あ、あぁ……!」
「おまけにゲーム機本体まであると来た。……お前な、学校に何しに来てんだよ」
呆れながらそう言って、俺はアイツの机からこの不用品たちを取り出した。
杏奈が今にも泣きそうな顔で俺を見るが……。
はぁ、これも先生から頼まれた仕事なんだ。
くそっ、そんな目で見たって返さないぞ!
「……ひどい」
「好きでやってんじゃねーんだよ。取り上げられるのが嫌だったら、せめて鞄の中に隠しとけ」
言って、俺はアイツの反応を……と、いうかクラスメイトの反応だな。
案の定、俺の厳しい取り立てを見た連中はこっちに非難の視線を向けてたが。
「なんだ? 文句あんのか!」
威嚇。そそくさと顔を背けるヘタレたち。
確かに俺は喧嘩っ早いが、別に腕っぷしが強いワケじゃない。
それでも連中が文句の一つも言わないのは、事なかれ主義と言うか日和見主義と言うべきか。
はたまたこの"杏奈係"に自分がなりたくないからか……。
恐らくは、こっちが最大の理由だな。
「杏奈、楽しみにしてたのに……。雑誌もまだ……読んでない、の……」
えぐえぐと、杏奈が鼻をすすり出す。
……あー、来た。始まった。
「い、いいんちょなんて……大っ嫌い!!」
これだ! だから杏奈係なんてやりたくねぇ。
誰だって現役の美少女アイドルに、面と向かって嫌われたくなんてないだろう?
だからみんな、俺にこの役を押し付けたんだ。
……それこそクラスメイトも、教師も、みーんなさ。
そもそも不幸の始まりは、杏奈が幼馴染だってことにある。
とはいえ、付き合いなんてそう深くない。
せいぜい家が近所なことと、親同士が仲がいいことと、
だからガキの頃からよくこいつはウチにやって来ちゃ、俺と一緒に遊んでたってことぐらいだ。
「ぐらいじゃない! お前な、羨ましいにも程があるぞ!」
そんな杏奈がアイドルになったって話を聞いた時、俺は「まさか!」と疑った。
だってあの杏奈だぜ?
いつももじもじおどおど引っ込み思案。
声だって全然小せぇし、そりゃまぁ見た目はちょっと可愛いけど。
でもま……可愛いだけだ。
それ以外の取り柄なんてなんにもない。
どころか人前に立つのだって苦手なのに、よりにもよってアイドルとは。
「おい! 聞いてんのか? 無視するな!」
ちっ、うーるせーな~……
俺は今、自分がどれほど不幸な身の上にいる少年なのか、
それを改めて振り返ってたってのに。
「なんだよ。ちゃんと聞いてるよ」
目の前の椅子に座る親友のナカジに向けて、俺は面倒くさげに返事した。
今は一時限目と二時限目の間の休み時間。
杏奈は……自分の机で寝てるな、ありゃ。
「だからな、今日という今日は言わせてもらう! お前、杏奈ちゃんに厳しすぎ!」
鼻息荒く抗議するナカジに、俺は否定するように片手をパタパタはためかす。
「ちげーよ、アイツがぐうたらしすぎなんだ」
「そりゃ、杏奈ちゃんは普段アイドルの仕事で忙しいからな! 学校でぐらい、気を抜いたっていいと思え!」
「気を抜いた結果がサボり用のゲーム機か? あのな、学校は勉強するトコで、遊びに来る場所じゃないんだぞ?」
今朝も言ったな、この台詞。
そっ、アイツが俺の頭を悩ますのは、そのだらしのない性格だけじゃない。
杏奈は所謂ゲーム好き。
いつでもどこでも、暇を見つけちゃゲームをピコピコ弄ってる。
……そうだな、確かウチに初めて遊びに来た時から、アイツはゲームが好きだった。
『……これ、なに?』
『何って、ゲーム。……知らないの?』
今にして思えば、あれが杏奈とゲームの
ファースト・コンタクトだった感が否めない。
なにせふるふる首を振ったからな。
『じゃあ、ちょっとやってみる? 面白いよ!』
知らなかったんだろうな、俺の家に来るまでアイツはさ。
チカチカ光るブラウン管と、そこに広がる冒険の世界。
……引っ張り込んだのは、多分俺。
その後すぐにサッカーだったり野球だったり、アウトドアにも興味を持ちだした俺とは違って、
杏奈はますますゲームの虜になって行った。
誕生日を迎えるたびに、プレゼントされるのはゲームゲームゲーム。
『あ……これ、最新作だ。……嬉しい』
まぁ、アイツの笑顔が見たいがために? 欲しそうな物を毎年渡す俺も俺だが。
……今考えると業の深い事をした気がする。
彼女の人格形成に、自分が多大な影響など及ぼしてないと思いたい。
三時限目は体育。個人的には体を動かせる時間は好きだ。
座りっぱなしで先生の話を聞いてるよりは、有意義な時間の使い方だって言えるよな!
……例の杏奈の話題さえ、連中の間で出なければ。
「はぁ~……杏奈ちゃん、可愛すぎか」
ナカジを含めた馬鹿連中の目線の先に、その光景は広がってた。
広い運動場の反対側。ちょうど女子たちが短距離走のタイムを計る光景を、
鼻の下伸ばして眺める馬鹿アホ間抜け。
「あの気だるげな体育座り……いい!」
「必死に走るのに足遅い……いい!」
「そもそも体操服姿がだな。見ろ、あの胸の盛り上がり……いーっ!」
どいつもこいつも改造人間かってーの。いや、手下か?
……あー、どうでもいいな。それよりもだ。
「お前らな! もうちょい真面目にやれよ、体育だぞ!」
「真面目にやってる、俺たちは!」
「保健体育の体育をな!」
「上手いっ!」
「馬鹿じゃねーかっ!?」
……結局、一人でサッカーの真似事だ。
連中にとっちゃ、アイドルがそんなに珍しいのかね? 俺には分からん感覚だ。
雑誌の表紙やテレビなんかで嫌と言うほど見る杏奈と、今授業を受けてるダメ杏奈は、
別人と見間違うほどに違う人間に見えるんだが……。
「ああ! 杏奈ちゃんがすっ転んだ!」
「膝擦りむいてんぞ!?」
「足挫いたって騒いでんな……保健委員!」
「休みだよ、今日は!」
瞬間、皆の視線が俺に集まる。おいおいおい、マジかよジョーダンじゃねぇ。
"杏奈係"ってのは、そこまで面倒見る必要があんのかよ。
「なんだよ? お前らが行けばいいだろうが!」
「行きたいのは山々だ! けどな、俺たちにだって理性がある!」
「り、理性があるならいいじゃねーか」
そう、理性は大事だ。いつだって、どんな時だって。
ギリギリで自分を保ってくれる。……でもな?
「馬鹿野郎! だからお前に頼むんだ!」
「理性が俺たちに退けと言ってる! このままじゃマズいことになるぞって」
「恥ずかしながら保健室まで付き添う途中、押し倒さねぇって自信がねぇ!」
ぐああ! 世の中は馬鹿ばっかりかっ!?
「だったらもう一度考えろ! 俺もそういうことしないって保証はどこにもねぇぞ!?」
俺は思わずそう怒鳴った。けれども連中、急に真顔に戻りやがると。
「いや、万に一つもそれはない」
「大体お前、杏奈ちゃんのこと嫌ってるし」
「なにより向こうもお前嫌いだもん」
「彼女の方が警戒して、一定の距離を取るだろうな」
ああ、ああ、だろうな! そうだろうよ? お前らから見れば俺はそんなもんさ!
ちっくしょうっ! 結局俺がいつだって、貧乏くじを引かされるんだ!
無言は嫌だ。気まずい沈黙だって、出来れば勘弁してほしい。
つまりは今の状況だ。
膝を擦りむいた杏奈に付き添い、保健室までの移動中。
アイツはきっかり人間二人分の距離を取り、俺と並んで歩いてる。
そして、無言。何も一言も話さない。「大丈夫か? 歩けるか?」って最初に確認した時も、
アイツは黙って立ち上がり、先になって歩き出したほどだ。
……とはいえ嫌われてるっていうよりは、
拗ねられてるって言った方がきっと正しい表現だろう。……でないと辛い、色々と。
「失礼しまーす……先生?」
保健室の先生は留守だった。
職員室にいるのか他に何か用事があって席を外しているのか……。
どっちにしろ、誰もいないのは間違いない。
俺は後ろを振り返ると、出入り口で突っ立ってた杏奈に「おい」と呼びかける。
「とりあえず、そこ座れよ」
それから、部屋に置かれた丸椅子を指さした。
杏奈が黙って移動する……ベッドに。
「おいこらてめぇ!」
いそいそと被ったシーツを取り上げて、俺は憤怒の表情をアイツに見せた。
杏奈がベッドに転がったまま、俺からシーツを取り戻そうと手を動かすが……。
残念だったな、体を起こさないと届かねーだろ。
「俺は椅子に座れって言ったんだ! どーしてベッドに転がった!」
「ん」
「ん、じゃねー喋れ! さっきからずっと黙りっぱなし、そういうトコもムカついてんだ!」
すると杏奈が「ん、ん」と首を横に振る。
もしかしなくても恐らくきっと、コイツは俺をおちょくってやがる。
「あ、そーか! だったらそのまま、先生が戻ってくるまでベッドで寝てろ! 俺はもう戻るからな!」
そうしてシーツを放り投げ、踵を返して歩き出せ……ねぇ。
何かが服を掴んでる。正確に言えば誰かがだ。
首だけ捻り後ろを向けば、案の定俺の服を杏奈の指が掴んでた。
「……んだよ、離せ」
答える代わりに、杏奈はベッドの上に足を放り出した。
えーっと、つまりだな。
まず、胡座でベッドに座るだろ?
んで、右足だけを伸ばすんだ。擦りむいた膝を上にしてな。
次に、左足もおんなじようにして伸ばす。
これで、両足が伸ばされたことになるな。
最後に両手を体の少し後ろ……要は、上体を支えるようにつけばいい。
するとどうだ?
子憎たらしい顔でこっちを見てる、
お世話させる気満々の女の出来上がりだ。
この時俺は直感したね。つまり、これは杏奈流の仕返しなのだ。
朝、ゲーム機を取り上げた俺に、反抗しているワケなんだな。
その証拠に、アイツの口が声も出さずに微かに動く。
『は・や・く』
「七面倒なことしやがって!」
怒鳴り、はたき、俺は消毒液を染み込ませたガーゼを用意した。
濡れタオルで傷口を拭いて、消毒液をつけていく。
染みるのか、杏奈が声にならない悲鳴を上げるが無視だ、無視。
むしろざまあみやがれこの野郎。
「おら!」
仕上げに絆創膏を張り付けて、終わりだ。
「他に痛むとこはあるか? 挫いたって話だけど、ここまで歩けるってことは大した痛みじゃなかったか?」
訊くと、杏奈はちょっと迷って首を振った。
横と縦に、一回ずつ。あ、そう。だったら次は……。
「横になれ」
「えっ?」
「ベッドの上に、横になれ。何度も言わせるんじゃねーよ」
途端に、アイツはあたふた取り乱し始めた。
口の中でなにやらぶつぶつ呟きながら、
さっきまでの尊大な態度も嘘みたいに吹き飛んでやがる。
時計を見れば……時間がない。
くそっ、ここは多少強引にでも、事を進めることにしよう。
「おら! 転がれって言ってんだ!」
「きゃあっ!」
悲鳴、衝撃、ぱたりとベッドの上に転がる杏奈と、
その上にシーツを被せて「よし!」と鼻を鳴らす俺。
「先生には挫いたって言っといてやるから、後はもう、適当に寝てろ。んじゃ、俺は戻るかんな!」
保健室を急いで飛び出し、運動場目指して廊下を走る!
くそ~、後もう二十分も残ってねぇ! 俺の大切な体育の授業、すっかりダメにしやがって~っ!!
……ちなみに完璧な余談になるけども、
結局アイツは四時間目が終わるまで、教室に戻って来なかった。
理由? ……決まってんだろ、あれからずっと寝てたんだよ!
昼休み。学生に取っちゃ一番大切な時間だな。
なのに俺は杏奈と一緒に教室で、アイツの宿題を手伝ってた。
……はぁ、一体何が楽しくて、休み時間まで問題と向き合ってなくちゃダメなんだ!
それもこれも、全ては出された課題の量にある。
杏奈は忙しくなった最近じゃ、滅多に学校にも来ないから。
宿題だの勉強だのは、溜まる一方遅れる一方。
しかも元々成績の悪い馬鹿と来たもんだ。
(もっとも、原因についてはハッキリしてる。単なるゲームのやり過ぎだ)
結局遅々として進まない勉強を、俺が見てやることになる。
なんでかって? もう何度も繰り返し言ってるだろ、俺が"杏奈係"だからだよ。
後はそう、学年の中でもちょっとは勉強できる方だから、適任だって任されてんだ。
「わかん、ない……勉強嫌い……」
「だから、さっき説明したろ? お前はホントーに馬鹿だな」
「いいんちょも、嫌い……です」
「教えてもらってその態度!」
パン! 丸めたノートで頭をはたく。
「あぅ」なんて小さく呟いて、杏奈が叩かれた場所をすりすりと撫でる。
「今ので忘れた……いいんちょのせい」
「だったらさっきの説明より、もっと詳しく教えてやるよ。そうだな……時間にして一時間ぐらい」
「あっ! つまりこの部分とこの部分を使って、後は公式通りやればいいんだね! 杏奈、急にビビッと来ちゃったよ!」
「……てめぇ」
そしてまた、補足しておかなくちゃいけないのがコレだ。望月杏奈の持つ第二の顔。
いや、正確には一種のやる気モード……通称ON奈。
「いいんちょ、やっぱり人に教える才能あるよ! 勉強苦手な杏奈でも、スイスイ頭の中に入って来るし……
だからほら、次の問題の答えも教えて欲しいな!」
「さり気に答えを求めるな! 自力で解け、自力で!」
俺は再び、杏奈の頭を軽くはたく。
「いたっ!」なんて、叩かれた反応までさっきと全然変わってる。
傍から見ればこのON奈、二重人格かと疑うほどの豹変ぶりを見せるけど……
曰く、あくまでスイッチの切り替えらしい。
その証拠に杏奈は昔から、面倒事や失敗のできない大事な場面を
スイッチを入れることで対処しようとして来たが……。
>>1
望月杏奈(14)Vo
http://i.imgur.com/KFXRivd.jpg
http://i.imgur.com/uU3MMiF.jpg
「えーっと、今度は応用だね! さっきの問題と同じように、
ここをこうして、この……あ、あれ? ……えと、その……」
「どうした?」
「……これと、これを入れ替えて……くっつけ、て? ……あ、う……分かりません」
基本、長くは続かない。
特に自分の苦手な分野に対しては、ON奈はことごとく無力だった。
とはいえ、そんなON状態の杏奈がアイドルとして活躍してるってことは……
好きなんだろうな、アイドル。
「い、いいんちょ……助けて……!」
「はぁ……今度はどこが分からないんだ?」
でもまっ、俺はこっちの杏奈の方が気に入ってる。
雑誌やテレビじゃ見れない普段の杏奈……べ、別に好きとかどうとかって話じゃないぞ!
あくまでその、い、妹みたいで可愛いってか……いや、可愛くない!
こ、こんな面倒な女、誰が言ったって可愛くなんてあるもんか!
放課後。あっという間の放課後だ。
杏奈が学校に来てる日は、俺が"杏奈係"でいる日ってのは、やけに時間の流れが速い。
帰りのホームルームも終わり、三々五々クラスメイトたちが教室を出ていく中、俺は杏奈を呼び止めた。
「ほらよ」
そうして不思議そうな顔をするアイツに、先生から預かって来た物を出してやる。
それは朝、没収された雑誌やゲームが入った紙袋。
「多分言っても無駄だろうけど、次は持ってくんじゃねーぞ」
「うん……気をつけ、ます」
おどおどと頷きながら受け取ると、杏奈が袋の中身を机の上に出して確認しだす。……マズい。
「ま、待て! そんなの帰ってから見ろよ!?」
「えっ……でも、全部あるか……見てみないと」
「あるよ、揃ってる! 俺が全部確認した!」
俺があまりに騒ぐからか、何人かがこっちに視線を向ける。
ああ待て止めろ! その手を止めろ、今すぐだ!
「杏奈!」
怒鳴る。くそっ、顔が熱い。理由なんかは分かってるが、それを俺は認めたくない。
目の前の杏奈がキョトンと……いや、物凄く驚いた顔で俺を見た。
「てめーはホント、間抜けだな! こんなトコで中身広げて、
他の先生に見つかったらどうすんだ? 良くて注意、悪けりゃもう一度没収だぞ!?」
「え……いいんちょ、今……」
「だからほら! さっさと隠せ! そんで、中身は家帰って確認しろ! いいな?」
有無を言わせず机の上の雑誌を手に取ると、俺は乱暴にそれを紙袋の中にツッコんだ。
それから呆気にとられるアイツを無理やり教室から追い出すと。
「じゃあな! 次はホント、手間かけさせんなよ!」
言って、自分も鞄を持って駆けだした。
ハッキリ言って怪しさ全開丸出しだったが、
これが俺の取れる最善最上の策だった。
……ああ! だから嫌なんだよこんな係。
ほんと、割に合わない係だよ。
だから一日のうっぷんを晴らすためにも、俺はゲームをするんだな。
家に戻って宿題なんかも済ませたら、最近ハマッてるソフトを起動する。
画面上で動くキャラクターになり切って、「ふっ。その仕事、私が受けよう」だとか
「どいつもこいつも、俺がぶっ潰してやるぜ!」なんて、ついつい口走っちまうのは子供の頃から抜けない癖だ。
とはいえ……楽しい。正直な話、まるで別の人間になったみたいでさ。
「うっわー、アンタ気持ち悪っ」
「どわあぁっ!?」
だけど、注意しておかなくちゃいけないこともある。
突然部屋にやって来る母親。
冷たく呆れた視線をもって、こちらの気分を削いでくることは確実だ。
「中学生にもなってホント恥ずかしい。……まさか、外でもそんなことしてないわよね?」
「するわけねーだろ!? 家でゲームしてる時ぐらいだよ!」
言って……俺はソイツに気が付いた。
母さんの後ろに立ってた奴は、まさに意地の悪いとしか表現できない笑顔を浮かべ……
ちょうど今、母さんのしてるような顔。
他人の恥ずかしい秘密を偶然知ってしまった時にするような、
そんなニヤニヤ笑いを浮かべたまま部屋の中に入って来る。
「てめぇ……なんでここに」
口惜しさと恥ずかしさの余り、俺は歯ぎしりしながら問いかけた。
するとアイツは俺の隣にちょこんと座ると。
「お礼を言おうと思ったんだよ。ほら、新作ソフトをくれたお礼」
「別に……いいよ。毎年のことだろ?」
「でも、学校じゃ言えなかったから」
そうしてアイツは持って来ていた鞄から、真新しいゲームソフトを取り出した。
こいつには見覚えがある。と、言うか俺が渡したんだから当然だ。
「だけどなんで学校なの? 直接家に来ればいいのに」
「行けるわけねぇだろ! もしも誰かに見られたら、絶対冷やかされるに決まってる!」
「そう、かなぁ……。友達同士遊ぶなんて、別に変なことじゃないと思うけど」
ああ、ちくしょう! だからコイツは嫌いなんだ。
自分がどれだけ人に見られてるかも、そんな女を友達として持ってる俺がどれだけ思い悩んでるかも。
さらにはお互い思春期にも入ったと言うのにだ――。
「それじゃあ早速このゲームで、一緒に遊ぼ? いいんちょ!」
「……1Pは俺だかんな」
「えーっ!?」
「後、できればスイッチ切ってくれ。……うるさい」
「ん……分かった」
こんな趣味の合う美少女に、小さな頃からさながら妹のように懐かれて……俺はかーなり辟易してた。
最近じゃON奈の積極性も加わって、俺の理性も決壊寸前。ハッキリ言って辛すぎる。
だから学校では距離を取るように振る舞ってたのに、あろうことか"杏奈係"なんかを任されて!
……ああ神さま、俺には自信がありません!
何の自信かって? そんなの、突然押し倒したりしない自信がだよ!!
ちくしょう! 願わくばあんな係じゃなくて、恋人以上にしてくれよっ!
「じゃあ……一緒に、しよ?」
にこり。微笑みかけて来る杏奈にため息混じりで頷いて、俺はコントローラーを手に取った。
どうか今日も、俺の理性は耐えられますようにと心の中で願いながら。
以上おしまい。雑談スレであったお世話うんぬんと、「あんな係、杏奈係」のフレーズが浮かんだので。
でもなー、理想だよ。杏奈ちゃんの幼馴染ポジションって。
この後Pが出て来るとしても。彼が決して友人以上にはなれなくても。
悲恋に涙するのも幼馴染の特権ってね!
とはいえ楽しんで頂けたら幸い。
お読みいただきありがとうございました。
乙です
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杏奈ちゃんお世話したいわ
最高でしたありがとうございます
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