不思議で突拍子もない出来事なんて、往々にして突然起きる事なんだな。
それはあたしが身を持って知ってる。
例えばそう、こんな話がある。
「これは夢……だよな?」
朝、目を覚ますと知らない部屋にいた。
違うな、知ってるけれど、知らない部屋だ。
寝ていたベッドは見覚え無いが、置かれたテレビはあたしの部屋にあるのと同じだし、
お気に入りのコンポが置かれた棚には、自分が写った写真だって置いてある。
クローゼットの中には気慣れたジャンパー。
そしてなにより、相棒とも言える愛用のギターだってここにはあった。
つまり、これは、この知ってるようで知らない部屋は、恐らく自分の部屋だという事。
そして姿見に映る自分の姿も、紛れもなくあたしだけど……でも、やっぱりどこか違ったんだ。
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「髪が……伸びてる」
昨日までは確かにショートだったあたしの髪が、今じゃ肩まであるロングヘア。
おまけに見た目の違和感は、謎の増毛だけにとどまらない。
鏡に写る知らないあたしはどこかそう、大人になった印象を与えたんだ……胸、おっきくなってたし。
===
まっ、そんなこんなで不思議な一日が始まった。
何が起きたのか知るために、辺りを探ってみると面白いことだって分かったしな。
まず、あたしは一人暮らししてるってこと。
ここはマンションの一室で、表札は確かに自分の名前。
それから財布の中に、奇妙な物も見つけちまった。
何だと思う? ……免許証さ。バイクじゃないぜ? 車のだ。
「こんなの、いつ撮ったっけ?」
証明写真のあたしの顔は、随分と目つきの悪い顔してた。
多分、フラッシュに目を細めたか、気恥ずかしさを誤魔化すために、カメラを睨みつけたってとこだろう。
今までもグラビアなんかの撮影で、散々指摘された悪い癖だ。
だけど、問題はそこじゃない。
免許を持ってるってことは、あたしは最低でも十八歳を過ぎてるって話だよ。
……ハッ! たちの悪い冗談だね。全く。
どうやらあたしは一晩のうちに、二年の時を超えたらしい。
百合子辺りが耳にしたなら、鼻息荒くして喰いついてくるような体験だ。
しかも、最低二年だぜ? 実際は何年経ってるか、そんなの分かったもんじゃない。
「制服なんかも見当たらないし、学校は卒業したって考えていいのかな?」
もしくは、途中で退学したか……
素行不良だとか、勉強について行けなかったとか。ああ、考えるのが怖い。
「……ん? 待てよ」
で、ここでようやく気がついた。携帯、スマホ!
日頃の仕事のスケジュールとか、知り合いの連絡先だとか、
そういった情報を手あたり次第ぶち込んでる、いわば記憶のメモリーカード。
あれを見れば少しは自分の状況が、理解できるってことだろう。
案の定、探せばすぐに見つかった。
見慣れたカバーがついたそれは、充電器に刺さって置いてあった。
あたしは逸る気持ちを抑えつつ、スマホを眠りから叩き起こし……
思わず声を上げたんだ。理解できないって、そんな声を。
「あぁっ!? 一体どういう事だよ……」
ロック画面には翼とあたし、それからミズキの三人で撮った写真が設定されてたんだけど……。
ギターを弾くあたしの隣で歌う二人の見た目は、記憶の中の二人と瓜二つ。
唯一、あたし一人が違うんだ。
混乱する頭でロックを解除、ホーム画面を呼び出してみれば、今度はあたしと未来のツーショット。
でも、未来は何にも変わってなくて。ただ一人、自分だけが歳を取っている!
(……でも、こういう言い方すると自分だけが老けたみたいで、なんか嫌だ)
おまけに追い打ちをかけるように、新たな事実が発覚した。
自分の予定を調べるために開いたスケジュール。
そこに出て来た日付を見て、あたしは本格的に頭を抱えることになったんだ。
なぜってそれは、その日付は、あたしが本来迎えるはずの、『明日の日付』だったからだよ!
さて、ここまでで分かったことを整理しよう。
まず、あたしは朝起きると見知らぬ自分の家にいた。
(どうだ? この表現が既にぶっ飛んでるぜ)
そしてあたしは知らぬ間に、どうやら大人になったらしい。
あくまでらしいだ。確証はない。
でも、実際この世界の日付は十六歳だったあたしの記憶と、地続きで繋がっているようで……。
要は、たったの一日しか経ってないんだ。
西暦も、暦も、何一つ変わってなんていなかった。
違うのはあたしの年齢ただ一つ。
十六歳のジュリアが、一晩で二十四歳のジュリアになっちまったってことだけ。
この年齢は免許証に書かれた生年月日から割り出した。
驚くことに、実際のあたしの生まれた年より、
遥かに早くこの世に生を受けていたことになっちまったけど……。
とにかく、計算間違えさえしてなければ、今のあたしは二十四なんだ。
高校どころか大学まで(いや、実際に通っていたか、受かってたかは置いといてさ)すっ飛ばして大人になってたんだよ。
んで、大切なことがもう一つ、二つ。
どうやらあたし以外の人間には、何の変化もなさそうなこと。
それはスマホの写真が証明してくれた。
フォルダを覗いて見た限り、姿が変わってたのはあたしだけで……
事務所の他のメンバーは、誰一人、何一つ変わっちゃいなかった。
それから、これが大切なことの二つ目。
不幸中の幸いと言うべきか、あたしは事務所(765プロだな)に所属しているままらしい。
つまり、アイドルをやっているってことだ。この歳で、いや、この見た目で。
写真を見ていく限りでは、相も変わらずステージでギターも弾いてたな。……うん、これは素直に嬉しいよ。
なんというか、未来の保証ができたというか。前が見えている状態に、
ホッとしてしまうのは全然ロックとは言えないかもしれないけど、それでも不安になることなんてしょっちゅうだしさ。
可能性の一つとして、こうして形になったものを見ちまうと、なんていうか……。
ああ! やめやめ、この話は。とにかく、話を元に戻すとだな――。
「仕事がある。避けられない仕事が」
見慣れた事務所の前に立ち、あたしは自然と呟いてた。
ここまで来るのは簡単だった。
住んでたマンションは実家からそう遠くない場所にあって、事務所までの道のりは難なく分かった。
まぁ、仮に知らないトコに住んでても、
地図を見るなりなんなりしてここまでやって来ただろうが……。
戸惑ったのは、車の存在。
どうやら『大人の』あたしの奴は、自分の車を持ってたようだ。
このことに気がついたのは、事務所の仲間の写真の中に、ちょこちょこと移り込んでいる車があったからなんだけど。
マンションの駐車場でその真っ赤な車を見つけた時は、
思わず鍵を開けてシートに座ってみたりした。
そう、運転席に。自分の車に。
しかも左ハンドルだぜ、一体あたしは何考えてんだ!?
とはいえ、そのまま軽快に走り出す――なんてことはできなかった。
免許はあるよ? 一応な。でも、肝心のあたしは運転経験ゼロなんだよ。
そう、外見は立派な大人でも、中身は十六のままなんだ。
習っても無い運転方法なんて、知ってるハズがないじゃねーか。
結局、あたしは電車で事務所に行くことに。
なんだか勿体ない気もするが、こればっかりは仕方ないよな。
「お、おはよう……ございます」
まるで自分じゃないみたいだ。いつもの自信に溢れた態度なんてどこへやら。
おどおどと扉を開けて現れたあたしに、真っ先に気づいたのはプロデューサー。
「おはようジュリア。……なんだ、どっか調子が悪いのか?」
ホワイトボードへ予定を書き込んでいた手を止めると、心配そうな顔で訊いて来る。
「へっ? あ、いや! 別に……」
調子は悪い。正確には容姿かな?
いや、この見た目が気に入ってないってワケじゃないけども。
それでも相手が驚かないところを見ると、
増々あたしが大人だって事実に現実味が出てきて落ち着かない。
「もしかして二日酔いか? 昨日はだいぶ飲んでたろ」
なんてこった。どうもあたしは、酒も嗜んでいるらしい。
おまけに相手はプロデューサーと……。
な、なんだか顔が熱くなる。変なこととか、口走ってなきゃいいけども。
「事務所の最年長なんだから、そんなんじゃ示しがつかないぞ? ……程々にな」
そうしてプロデューサーは優しく笑うと、
戸棚に置かれた医療箱から胃薬を取り出してこっちに放り投げて来た。
落とさないようにキャッチして、あたしは「ん?」と首を傾げる。
「な、なぁプロデューサー。さっき、あたしのことをなんてった?」
「なんて言ったって……なんだ?」
「いや、だからさ。さっきあたしを――」
その時だ。事務所の扉がひとりでに開いて、あたしは思わず振り返った。
まさか幽霊!? いやいや違う、そうじゃない。
「おはようございますプロデューサー。あっ、ジュリアさんも、おはようございます」
そこには事務所の最年長、小さなこのみ姉が立ってたんだけど。
「こ、このみ姉。どうしたんだよその恰好……」
「このみ姉? ……ジュリアさんこそ、どうしたんです?」
そこにいた彼女は学生服に身を包み、それにあたしのことを「ジュリアさん」なんて呼んだんだ。
「いつもみたいに、このみでいいですよ。それに呼ぶなら、このみちゃん……とかの方がいいと思いますけど」
「こ、このみちゃんだぁ?」
「だってほら、ジュリアさんは二十四で」
そうしてこのみ姉は、照れ臭そうにはにかむと。
「その、私はまだ……十六歳じゃないですか」
……な? 随分と妙な話だろう?
一晩のうちにあたしは大人になっていて、このみ姉は子供になってたんだ。
(こらそこ、元から子供みたいなもんだとか言うんじゃないぞ? 特に、本人の目の前で)
しかも変化が起きる前の記憶が残ってたのは、どうやらあたしの方だけらしい。
「つまり、ジュリアはこう言いたいんだな」
あたしの説明を受けたプロデューサーが、ぽりぽりと頬を掻きながら言葉を続ける。
「朝起きると大人になっていて、しかもこのみと年齢逆転したみたいだと」
「ああ、そうだ」
「ジュリアさんが私と……。にわかには信じられない話です」
訝し気に言うこのみ姉には悪いが、あたしだって同じ気持ちだよ。
「でもまぁ、実際に起きちゃったことはしょうがないなぁ」
「……しょうがないって、それだけ?」
素っ頓狂に聞き返すと、プロデューサーは普段と変わらぬ落ち着いた態度でこう言った。
「それだけ? ああ、仕事に多少の支障はでるかな?
実はギターが弾けないとか、昨日までやってたライブの練習の進行度とか」
いやいやいやいや、違う。そうじゃねぇだろこの男は!
「待ってくれ! 何を納得してんだアンタ!?」
「なんだ、納得しない方が良かったか? ジュリア、冗談は程々にしとけ――とかって」
「違うよ! 冗談なんかじゃないけども……もっとこう、驚くとか、怪しむとかいったリアクションは無いのかよ!」
ところがだ。目の前の二人はキョトンと顔を見合わすと。
「だって、なぁ」
「あ~……はい、そうですね」
このみ姉が、なんとも気の毒そうにあたしを見る。
「ウチの事務所じゃ今までも、こうした類のことはありましたから」
「だな。突然可奈たちがミニマムサイズになったとか」
「タイムスリップしたこともありましたね」
「突如異世界に召喚されたり」
「撮影中に怪奇現象に襲われたり」
そうして二人は頭に手をやって「もう、耐性ができちゃってるというか!」なんて朗らかに笑いやがったんだ。
だけど、あたしは笑えなかった。……笑えないんだよなぁ、実際。
「確かに……タイムスリップしたことあった」
「だろ?」
「ですよね」
「タイムスリップして、あまつさえセッションなんかも確かにした!」
正確にはタイムトラベルと言うべきか。
あの時は科学雑誌の付録を使ってリツ姉がうんぬん。いや、この話は今の事態と関係ない。
大切なのは、こんな突拍子もないことが起きてるのに対応できる二人にある!
「だから、今回の件も大丈夫ですよ」
「そうだな。落ち着くところに落ち着くだろう」
毒気を抜かれるってのは、きっとこんな時のための言葉なんだろう。
一人で焦ってあたふたして、これからどうしたらいいかとか、
そういうことに悩んでた自分の前に、確かな道筋を示されたような気にもなる。
「と、いうわけでだ。今日も仕事、頑張ろうな!」
プロデューサーが軽く突き出した拳に、あたしも「お、おう」と拳をタッチさせて。
「分からない事があったら、相談してください。私が覚えている限りの、ジュリアさんのことを教えますから」
それから微笑むこのみ姉は、確かにあたしの知ってるこのみ姉で……。
要は年齢なんて関係なく、頼りになる印象を受けたんだ。
それは普段と全く変わらない、彼女の姿まんまだったよ。
ミリオンの日常だな……
一旦乙です
ジュリア(16?) Vo
http://i.imgur.com/NWXOI9K.jpg
http://i.imgur.com/7kA1KSk.jpg
>>12
馬場このみ(24?) Da
http://i.imgur.com/gq2C33k.jpg
http://i.imgur.com/oz6p1Po.jpg
やっぱりセットじゃなかったんだ、あれ.....
http://i.imgur.com/9XFzWJs.jpg
だってミリオンライブですし
それからあたしは仕事をした。内容はいつもと大体一緒かな。
プロデューサーの営業についてったり、みんなと合同でレッスンしたり。
枠はそう大きくないけれど、歌番組の収録とかさ。
最初に身構えていたのが拍子抜けしてしまうぐらい、そのどれもこれもが順調だった!
……なんて言えればどれだけ楽か。実際はその逆、トラブル続出しっぱなし。
プロデューサーとこのみ姉には事情を説明したけれど、他のメンバーには余計な混乱を与えないようにって理由から、
あたしは中身が十六歳だってことを内緒にしなくちゃならなかった。
まぁ、これ自体は別に構わなかったし、嫌だと駄々をこねる理由もない。
それになにより有難いのは、確かに自分は変わったが、
仲間まで性格が違うとか、そういうことが無かったことだ。
それはつまり、普段通りのあたしのままでみんなと接することが出来るってこと。
……でもさぁ。
「ねぇねぇジュリア姉さん。ちょっと相談があるんだけど」
「ね、姉さん?」
営業に向かう車の中で、同乗する莉緒姉に相談される。
内容はまぁ、いつもの莉緒姉だ。
今日着ている服の着こなしとか、つけてるアクセの見栄えとか、
営業先で好印象を残すにはこれ以上どうしたらいいかっていう、
最終チェックみたいのをあたしに任せて来るんだな。
「うぅ~、悩む!」
困り顔でこっちを見る莉緒姉には悪いが、あたしだって同じぐらい悩んでた。
だって普段はそんな事、わざわざ訊いたりしないじゃないか!
どう答えたものかと迷っていると、助手席に座っていたこのみ姉が口を挟む。
「派手にするより、シックな方が良いかもしれません。今日会うディレクターさんは、お堅い人で有名だから」
「あらこのみちゃん、それ本当?」
「はい! 事前に調べて確かですよ」
するとハンドルを握っていたプロデューサーも「このみの準備の良さには、いつも助けられるな」なんて。
「すごいな、このみね……このみ。そういうの、キチンと調べてるんだ」
「話をするのはプロデューサーでも、売り込まれるのは自分ですから」
「確かに。相手の好みを知ってれば、合コンでも効果的なアピールができるものね!」
「……莉緒、それとこれとはちょっと違うな」
結果として、今回の営業は上手く行った。
難癖つけられたことと言えば、あたしの髪の色ぐらいさ。
「うぅ……やっぱ派手すぎるのかな」
帰り道、車内で呟くあたしにこのみ姉が言う。
「私はジュリアさんの髪の色、好きですよ。赤毛って、ある意味一番女性らしい色じゃないですか」
「そう? まぁ、赤毛っていうより赤だけど」
「それに派手さなら、歩ちゃ……歩さんの方が」
「今、歩ちゃんって言おうとしなかったか?」
怪訝に訊くと、彼女は誤魔化すように「てへへ」と笑い。
「あの、その、本人には言わないでくださいね? 向こうの方が年上ですけど、時々そんな感じがしなくって」
で、次にやったのがダンスレッスン。
件の歩が今日もまた、調子に乗ってブレイクダンスを披露中に、
派手に床とキスしたなんて別の騒動もあったけど。
「はぁ、はぁ……つ、辛い……!」
元々ダンスは得意じゃないさ。それは認める、認めるとも。だけど、こんなに体力無かったっけ?
普段の半分の運動量にも行かないうちから、あたしは早々にへばってた。
隣では同じくレッスンを受けていた、このみ姉も一緒に休憩中。
「なんていうか、自分が自分じゃないみたいだ。変わったのは、見た目だけの話じゃないんだな……」
そう、そうなんだ。
あたしの体は成長してて、それは見た目の変化だけじゃない。
体力だとかなんだとか、そういったことにも少しは影響を与えててさ。
普段よりも重たい体、何となく動かすのに違和感を感じる手足。
それにこう言っちゃあなんだけど……多少は育ったこの胸、邪魔だ!
「なんです? 若い子にはついてけない~……なんて言っちゃいますか?」
そんなあたしの愚痴を聞いて、このみ姉が可笑しそうに笑う。
しかしなんだ、一向に彼女の敬語口調には慣れないな。
「それ、いつもならこのみが言ってたんだぜ?」
「えっ……そうなんですか?」
「後、あたしに敬語も使っちゃなかった。もっとフランクな仲だったよ」
すると彼女は、少し困ったように眉をひそめ。
「あの……違和感あります?」
「……ああ。他のみんなが知ってる通りでいるもんだから、なおさら一人、浮いてるかな」
二人の間に、沈黙。
……ちょっと、言い方キツかったかな。
自分としては、何気ないやり取りのつもりだったけど。
「あのさ」
声を出したのは殆ど同時。
お互いに面食らって、それから「お先にどうぞ」なんてまた被る。
妙なシンクロを見せて焦るあたしたちに
他の休憩していたメンバーも気づいたようで、なにやら好奇の視線も向けられる。
……亜利沙、お前はそのカメラをどこから出した? アカネもニヤニヤしてんじゃねぇ!
「あー、その……なんだい?」
照れくささを誤魔化すみたいにそっぽを向いて、掛ける言葉は素っ気ない。
……ったく! やりにくいったらしょうがないぜ。今のあたしはどうかしてる。
それは勿論、平常心でいられないっていう意味でだ。決して、決して妙な話じゃない。
このみ姉が、小さく「こほん」と咳払いした。
それから、あたしと同じように視線を前に向けて言ったんだ。
「ジュリアちゃん」
「お、おう」
「お互いレッスン、頑張りましょ!」
それからポンとあたしの肩を軽く叩いて立ち上がると、大きくグッと伸びをする。
「さぁーてと、休憩終わり終わり! れ、練習するぞー!!」
彼女も、あたし同様照れ隠しが下手だった。
これが本来のこのみ姉なら、もっと堂々としてただろうけど……彼女は今、十六歳の少女なんだ。
それは少しばかり新鮮な、このみ姉の一面を見た瞬間だったと言えるかもな。
「あの、ジュリアさん大変なんです! 杏奈ちゃんと百合子さんが談話室で……」
「聞いてくださいジュリアさん! プロデューサーさんったら、またこんな衣装を持って来て!」
「えっと、ジュリアさん。ここに置いてあったドラマの台本、知りませんか?」
「あ、ジュリアさん! 時間があったら、わたしのお話聞いてほしいな!」
「できればジュリアさんからも、それとなく言ってもらいたいんです。ここにアートを並べたら、通行の邪魔になっちゃうって」
「あっ、ジュリアさん♪ 今日もお気に入りのヘッドホン、ピッカピカになるまで磨いてますか?」
……疲れた。そう、あたしはほとほと疲れてた。
どうしてウチの事務所の連中は、会う人会う人こっちに相談を持ち掛けるんだ?
あたしが最年長だからか? そんなに頼りがいのある人間だと、自分じゃ思ってないんだけど……
それでも何とか事を終えると、みんな決まって言うんだよ。
それも笑顔で、「ありがとう、ジュリアさん!」ってな。
「おう。また何か用があれば、いつでも相談してくれよ」
ああ、まったく調子の良いあたし!
自分のおだてられやすさに辟易しつつも最後の収録の仕事を終えて
(この時も翼はワガママ言いまくるし、ミズキはマイペースだしで大変だったさ)
劇場に用事があると言う二人とも別れ、あたしは一人、事務所に戻る。
「お帰り。疲れたろ」
これがいつもと同じなら、そのまま直帰したって構わなかった。
けど、今回ばかりは勝手が違う。
出迎えたプロデューサーに「ただいま」と一言返してから、あたしはソファに腰を降ろす。
途端、体が悲鳴を上げ出した。
まるで全身が筋肉痛にでもなったかのような、
しつこい疲労にとりつかれてしまったような。
要するにめちゃくちゃダルいんだ。
それが仕事の疲れによるものか、ずっと張っていた気が緩み、
今更しんどさを感じ出したのかは分からないけど。
「おいおい、そのまま倒れたりしないでくれよ」
そんなあたしの姿を見て、プロデューサーがからかうように声をかけて来る。
……うるせぇ、こっちはアンタの相手するほど、心に余裕は無いんだよ。
「大丈夫だよ、問題ない」
「さよか」
再び書類整理に戻ったプロデューサーから視線を外し、あたしは壁に掛けられた時計の方へと目をやった。
一日の半分以上の時が、とっくに終わったことが分かる。
それから今度は疲れじゃなくて、言いようのない不安が沸々と胸に湧きあがる。
――終わる。今日が、後何時間も経たないうちに。
結局どうして自分が成長しちまったのか、その理由の欠片さえ掴めないまま、今日という日が終わってしまう。
このまま事務所に泊まるなんてことはできないし、実家に戻るのも変だ。
大体、こんなことになっちまって、どんな顔して親に会えっていうんだよ。
「……やっぱり、家に戻るしかないか」
呟く。帰るんじゃない、戻るんだ。
あたしの居場所はここには無くて――最悪、新しく作っていかなきゃならず――
それが、今のあたしにはとても怖い。
たったの一晩で八年分。
姿は大人になってても、今のあたしの心には八年分の空白がある。
それは本来、ゆっくりと色々時間を掛けて、大人になるために使うハズだった八年間。
でも、今のあたしはそんな準備段階をすっ飛ばして、いきなり『大人』になったんだ。
そのことを……ちくしょう。情けないけど、今日一日で色々と思い知らされたよ。
それも、みんなからの相談を受けるっていう形で散々な。
「あのお願いにはこうしておけばよかったかも」とか「もっと上手い解決策があったハズ」とか、
今頃になってあたしの頭を悩ましやがる。
そうしてイメージする成功例のお手本は、言うまでも無く彼女なんだ。
彼女なら、こんな時どうするだろう? どんな答えを返すだろうって……。
でも、あたしの想像の中で出て来る回答は空っぽだ。
それがつまり、経験の差なんだよな。飛ばしちまった準備段階さ。
「……まるで、今のあたしは浦島だよ」
当然、亀を助けた覚えも無けりゃ、玉手箱を開けた記憶も無いんだけど。
「なあジュリア」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
なんだ、プロデューサーはまだあたしをからかい足りないのか? だったらはっ倒してやるぞ?
……でも違った。アイツがあたしを見る顔は、とても真剣な表情で。
「さっき言い忘れてたことだけど、明日から数日の間、お前の予定を空けてある」
「予定を空けた……あ、休みってこと?」
「ああ。それと一緒に、このみの分もな」
それは……それは思ってもいない話だった。
ポカンと、間抜け面を晒してるのは分かってたけど、
それでも咄嗟に言葉を返すこともできず。
「それから、お前さえよければこのみを泊めてやれないか? このオフの間だけでもいい」
「泊める? ……あたしの家に!?」
驚くあたしに、プロデューサーが頷いた。
「なんていうかな……責任、感じているんだよ。今回の不可思議な一件に、自分が関与してるんじゃないかってな」
「それは、えっと……あたしがこのみ姉と、歳が入れ替わったって言ったからか?」
「それもある。それもあるが……ジュリアだって知ってるだろ? あの子は、人を放っておけないのさ」
そうして辺りをキョロキョロと見回すと、
プロデューサーはソファの傍までやって来て、小声であたしに囁いたんだ。
「……と、言うのは建前で。ホント言うと、あの子は自分が誰かの負担になるのを酷く嫌うんだ。
例えそれが仮定でも、確かな理由が無くてもな」
この言葉を聞いて、ようやくあたしにもピンと来たよ。
要するにこれは、お願いだ。
プロデューサーが「頼む」と手を合わせ、あたしを拝んでるのが何よりの証拠。
「分かった、分かったよ」
降参するように肩をすくめて、あたしはやれやれとため息をつく。
「今のあたしはなんたって……みんなのお姉さんだもんな」
それからプロデューサーと交わしたややこしい話を、一言で表すとこんな感じ。
ズバリ、あたしはこれから数日かけて、『記憶のすり合わせ』を行うことになった。
あたしがこの先元の年齢に戻れるか、それが一切分からない現状、
外見が二十歳を過ぎてても、中身が十六のままじゃボロだって出るし支障もある。
(一番分かりやすい問題は、あたしが運転できないってアレだな)
その齟齬を埋めるための第一歩として、
プロデューサーが考えたのが先にも言ったすり合わせだ。
具体的には明日からの連休を使い、プロデューサー以外で唯一事情を知っているこのみ姉と思い出話をすればいいらしい。
「思うにこれは予想だが、ジュリアが事務所に入ってから今日に至るまでの記憶に関しては、
俺たちとの間にも、それほど深い隔たりは無いハズだ」
夕暮れが窓から入る事務所にて、プロデューサーが話を続ける。
「隔たりっていうのはつまり、ジュリアの年齢から生じる記憶の違いだな。
具体的には車を運転するだとか、俺たちと飲みに行ったようなことについて」
「どれもあたしが未成年だったうちは、体験してないことか」
「だけど朝の会話でもあっただろう? ジュリアは、律子が作ったタイムマシンの一件を覚えてた」
確かにそんな話はした。他にも異世界だとか怪奇現象だとか、
それから突然みんなが小っちゃくなった時の話もだ。
「それがつまり、大局的には十六歳のジュリアと俺たちが、同じ世界線にいたことの証明になると思うんだな」
「ええっと……どういうことだ? プロデューサー」
待て待て、だいぶ話が込み合って来たぞ。
「ああ、余り難しく考えなくても大丈夫。要は昨日の夜から朝にかけての間に、この世界におけるある一点……
このみとジュリアの年齢に関する一点だけが、おかしくなったんじゃないかってことだから」
「……ごめん、もう少し分かりやすく」
するとプロデューサーは「これ以上分かりやすくかぁ」なんて頭を掻いて。
「極論、この世界は一夜のうちにこのみとジュリアの『年齢だけが入れ替わった世界』になったってこと。
だから直接の影響を受けるのは、年齢の入れ替わった本人同士の間だけ」
「それじゃあたしは……別の世界に来たってこと?」
「違う。突然『別の世界になった』んだ。当人じゃない俺たちにとって、
ジュリアは二十四、このみは十六歳の女の子として暮らしてた……そういう認識で、過ごす世界に」
そうして彼は、あたしの額を指さすと。
「だから違和感を感じるのは、年齢の入れ替わった本人だけ。周りにいる俺たちにしてみれば、
ジュリアが大人なのは『元々そうだった』ことだから、どこが妙なのかにも気づかないし、気づけないのさ」
……正直な話、ちんぷんかんぷんだったのは認めるよ。
ただ、あたしの中にある記憶と、このみ姉やプロデューサーの中にある過去の記憶を照らし合わせて
ズレを修正することで、あたしの失くしたこれまでをどうにかこうにか補完して、
このまま腹を括って大人のままで生きるにしても、元の年齢に戻ることを待つにしても……
今後の指標が立てられるかもしれないと。
……うん、多分そんな感じの説明のハズだ。自信は、全然ないけども。
「でも、肝心の記憶が重ならなかったらどうするんだい?
あたしは十六からの八年間どころか、これまでの経験すら失くしたまま過ごすことになるのかよ」
「まぁ……そうなると素直に受け入れるしかないだろうな」
「なっ、なんだよその適当さ! 他人事だと思って!」
思わずあたしがそう叫ぶと、プロデューサーは増々困った顔になって。
「正直なところ、吹き飛んだ八年間が何処に行ったのかは見当すらつかないし……
そもそも存在してない可能性だって無くもないし」
「待て待て待て! 吹き飛んだとか、存在してないとか、ふ、不安になること言わないでくれよ……」
「ああ、すまんすまん。……とにかくだ、例え八年の空白があったとしても、
昨日までの記憶が俺たちの記憶と一緒なら、少なくともその合致している期間……
ジュリアが事務所に入ってからは同じ『過去』を体験して来たことの証明になる」
「……で、その過去が遡れなくなったらどうすんだ?」
具体的にはそう、あたしが事務所に入る以前の話だ。
「そこでようやく、空白の八年の入り口に立てるわけさ。
その先は……ジュリアの親御さんにでも話を聞くしかないだろうなぁ」
「はぁ……綿密な御計画だこって」
とはいえ、いくらかは気も楽になった。
まっ、随分と場当たり的なプランに聞こえるけども(と、いうよりほぼほぼそのままだ)
少なくともあたしの胸にあるモヤモヤを、晴らすきっかけにはなりそうだしな。
「いいさ……乗るよ、その話」
返事の代わりにお手上げのポーズを取るプロデューサーに、
あたしは気になっていた最後の質問を投げかける。
「ところで、別の世界だとかなんだとか……
あたし以上にこの手の話に場慣れしてる感じがするのは気のせいかな?」
そう、そうなんだ。あたしも劇場に入ってから、
こういった不条理な出来事には多々遭遇して来た経験があるけれど
(一応言っておくけども、これは全然誇れることじゃない。
むしろその殆どは、忘れてしまいたい事ばかりだ)
そうしたら、プロデューサーはあたしに向けた目をぱちくりさせると。
「ジュリアには言ってなかったっけ? ウチは劇場ができる前から幽霊だとか宇宙人だとか、
はたまたドッペルゲンガーだとか……やけにこの手の話と縁があるんだ」
この時、あたしの脳裏に一つの怖い仮説が浮かんだんだ。
それはこの事務所のある場所が……いや、765プロダクションそのものが、
何か不吉なモノに囚われてるんじゃないかって妄想だ。
そして今、まさにこの瞬間。
不幸なあたしは今回起きた怪奇現象の、
貧乏くじを引かされてるんじゃないかってこと。
「一時期なんか、まるで超常現象の玩具箱みたいな扱いだって受けててさ……
まぁ、大抵は事務所のネガキャンだったけど。それでもたまに本物の――おっと」
うっかりしてたと口を塞いで、プロデューサーがあたしに向かって微笑んだ。
なに、こんな時どんな顔をすればいいかぐらい知ってるさ。
あたしも彼に微笑み返し……さっきの仮説を思い出す。
「とにかく、このみの件はよろしくな」
こうして会話は打ち切られた。あたしは乾いた笑顔を浮かべたまま、このみ姉が戻って来るのを待ったんだ。
……例の仮説を頭の隅から、どうにも追い出せないままね。
「ハハッ、まさか……な」
いくらなんでもそれは無い。答えるモノはもちろん誰もいなかったけど。
近くにあった写真立てが勝手にパタリと倒れたのは……多分そう、風のせいさ。
カタンカタンと電車に揺られ、あたしたちは駅に降り立った。
それから最寄りのスーパーで夕飯のための買い物を済ませると
(あたしは家の冷蔵庫に、食べられる物があるか確認なんてしてなかったからな)
大きなビニール袋を鳴らしながら、二人並んでマンションへ向かう登り坂を並んで歩く。
「いつもみたいに、車で来てたんじゃないんだ」
「ん……。運転の仕方、知らないから」
「ああ、それで! ……てっきり私、また環ちゃんたちの遊び場にされるのを嫌がって、乗って来なかったんだと思ってた」
「待て、そんな過去があったのか?」
その間、あたしたちは記憶のすり合わせ……まっ、ただの世間話だな。
主に自分じゃ知らないあたしのことを、このみ姉に話してもらいながら進んでた。
「実は私、ジュリアちゃんのお家にお呼ばれするの初めてなの」
「ああ、まぁ……そうだろうな」
「ふふっ、だからちょっと楽しみ。どんなだらしないジュリアちゃんが見れるのか♪」
「だらしがないってなんだよ! まるであたしが、家ではぐーたらしてるみたいな言い方して……」
「えー? 違うのー?」
無邪気に笑う彼女を見て、あたしはふと、こんなことを考える。
「もしもこのまま元に戻れなくても、意外に悪くないかもしれない」
そりゃ、面倒なことや問題事はあるだろうけど……要は、目の前にいるこのみ姉だ。
以前とは確実に違うんだけど、それでも今のこの状況は、なんだかとてもしっくりくる。
自然なんだな、雰囲気がさ。……もしもあたしに妹がいれば、こんな感じになるのかな?
〇「実は私、ジュリアちゃんのお家にお呼ばれされるの初めてなの」
×「実は私、ジュリアちゃんのお家にお呼ばれするの初めてなの」
「それじゃ、どうぞ」
「はーい、お邪魔しまーす」
家の中にこのみ姉を招き入れて、あたしは改めて『自分の』部屋を見回した。
それでまぁ、見つけるんだな。
他人に見られたくない物とかなんとかを。
「ねぇジュリアちゃん。ここの服って洗濯物じゃない?」
「えっ? ほ、ホントだ」
「あっ、机の下にビールの空き缶。ダメよ、ちゃんと片付けなきゃ」
「あ、ああ……っていうか、あたしには飲んだ覚えないんだけど」
「なんだろ、このノート。……ふふっ。ジュリアちゃんの考えた歌詞が書いてある~♪」
「へっ!? ちょっ、読むな! ストップだ、このみ姉!」
「何々? 『答えなんてすべて後付けでいい、理由なんて――」
「読むなって言ってんだよ~!」
騒がしいけど、嫌いじゃない賑やかさだよ。
とりあえずあたしは部屋を片付けることになって、その間にこのみ姉は慣れた様子で台所に立ち、
まるでそうするのが当然といった感じで夕飯を作り始めた。
「食器の場所とか、分かる?」
あたしが声をかけると、このみ姉は振り返り。
「大体は……美味しいご飯作るから、楽しみにしてて」
確かに、そのテキパキとした動きから、余計な心配だったってのが見て取れるな。
それにしても、エプロンをしたこのみ姉が、ちまちま動いてる姿はなんというか……。
「かわいい」
「ふぇっ!?」
小さく呟いたつもりだったけど、彼女の耳には届いてしまったようだ。
驚きながらこっちを見る、このみ姉の顔は真っ赤。
「あ、ああ。ごめん! その、えっと、なんていうか……」
そうして「はは、何言ってんだろうなあたし」と笑って誤魔化す。……本当、何を言ってんだ。
自分自身に呆れながら、あたしは持っていた空き缶をゴミ袋に突っ込んだ。
カランと大きくなった音が、まるであたしを冷やかすようだったよ。
さて、長々と語ったこの話もいよいよ佳境だ。
それはつまり、そろそろ終わる時が来たってこと。
このみ姉の作った夕食に舌鼓をうち、風呂も交代で入ってさ
(さすがに一緒に入ったりはしなかったよ。は、恥ずかしいし……)
後は眠たくなるまで話をして、そのまま寝ようって空気になってたんだ。
「でーん! おばんです、ジュリア姉さん!」
「どもども、えへへ~……こんばんはー!」
……夜中近くにこの二人が、家に押しかけて来るまではな!!
「なっ、ど、どうしたってんだ二人とも……」
「どーしたもこーしたも無いれふ! 飲みに来たんですよ、飲みに」
「プロデューハーさんから聞きましたよぉ? なんでも若い女の子を連れ込んでぇ……やん♪」
「にゅふふ~♪ まさか姉さんにこんな趣味があったなんて……きゃーっ!」
二人仲良く肩を組んで現れたのは、莉緒姉とまさかまさかのフーカだった。
どっちも凄く酒の匂いをさせたままおぼつかない足取りでフラフラと、
このみ姉がいるリビングまで上がって来る。
「り、莉緒ちゃんに風花ちゃん!? ……うっ、お酒臭い!」
これにはこのみ姉だってびっくりさ。
莉緒姉とフーカが二人がかりで戸惑いうろたえる彼女を押し倒し。
「あ~ん? なんだとぉ~……臭いだなんて失礼な!」
「嗅がせちゃえ嗅がせちゃえ♪」
「ひゃ、ひゃあ! た、助けてジュリアちゃん!」
「アンタら何しに来たんだよ! ほら、このみから離れろ離れろ!」
「何って、飲みに来たんだってばー!」
「新しいジュリアさんの門出を祝って、乾杯~!」
全く状況が理解できないままでいた、あたしの携帯が突然鳴った。
出れば、相手はプロデューサー。
『あー……もしもし、ジュリアか?』
「プロデューサー! 良かった、丁度今大変なことに――」
『すまん! 今日二人追加で泊めてやって欲しいんだ。
流石に俺も、五人いっぺんに面倒は見切れな――千鶴さん、ベンチで眠っちゃダメですよ!』
「な、何? ベンチ?」
『だから、莉緒と風花がそっちに行ったハズだから。その二人を泊めてやってくれ……
ちょっと、あずささんは何処行くんです! 麗花も、笑ってないで止めてくれ――ちょっ、まっ!』
「お、おい! プロデューサー? プロデューサー!?」
『……がしゃんっ♪』
でだ、電話はそこで唐突に切れた。
正確にはレイの声で、わざわざ『がしゃん』と切られたと言った方が正しそうだけど。
「うぇ……気持ち悪い」
「大変! 莉緒さん、吐くんだったらここに吐いて!」
「フーカ!? それは袋じゃない、あたしのパーカーだ!」
押しかけて来た二人の面倒は、それはそれは大変だったさ。
本格的な酔っ払いの相手ってのが、これほどキツイだなんて知らなかった……。
「……うにゅ、絶対幸せになってやる~」
「ん、んん……。私が、代わりに着ますから。着ますからぁ……」
結局、介抱するにも勝手なんて分からなかったからさ。
あたしは二人に勧められるままに酒を飲み、
相手にも求められるままに酒を飲ませて……気づけばただの飲み比べ。
「ようやく寝たわ、二人とも」
「あ、ああ……うん、そうだな」
莉緒姉たちに毛布を掛けてあげてるこのみ姉の横で、あたしは真っ青になっていた。
ついでにあれだ、「酒は飲んでも飲まれるな」は至言だぜ。
「……ジュリアちゃんも、大丈夫?」
「うん。……まぁ、なんとか」
このみ姉がついでくれた、冷たい水を一息で飲み干して……あたしは大きく息をついた。
時計を見ればそろそろ日付も変わろうとしてて。
「これじゃあ、思い出話どころじゃないな」
呟くあたしに、このみ姉が言う。
「……時間はあるでしょ? 明日も、明後日も」
「ん……」
そうだ、時間はある……。明日からは連休だし、
その間にこのみ姉ともしっかり話して、あたしの過去を取り戻して……。
「だって……あなたの未来は、これからだもの」
このみ姉に優しく頭を撫でられながら、あたしの意識はまどろみに落ちて行ったんだ。
それはなんとも……心地のいい気分だったよ。
そうしてあたしは、夢を見た。
すっかり大人になった自分と、全く見た目が変わらない、このみ姉さんと一緒に酒を飲む夢だ。
「それでジュリアちゃん、どうだった? 大人になってみた感想は」
「……大変、かな。少なくとも自分のことだけを考えてたら良いワケじゃないし、気楽じゃないよ」
「あらそう? 楽しみだって増えたんじゃない?」
にこやかに笑うこのみ姉が、そう言って持っていた杯を空ける。
あたしはグラスに酒を注ぎながら、「フッ」と小さく鼻で笑うと。
「生憎だけど、酒は楽しみにならないかな」
「あら残念。私の方は、こうして飲めるのを楽しみにしてたのにな~」
言って、このみ姉さんがあたしを見る。
その真っ直ぐな目に見つめられ、ちょっとドギマギしてしまう。
その理由は、きっと言葉になんてするまでもなく――。
「だから、これからも仲良くしてちょうだいね? ……お姉さんとの、約束よ♪」
あたしが、惹かれてるんだろう。どんな時でも、いくつであっても芯のところは変わらない。
強くてカッコいい、彼女の生きざまってやつに。
目覚めた時、一番最初に思ったのは「良い匂い」だ。
それから、何か柔らかい物が頭の下にあることに気がついた。
「ん……」
目を擦りながら体を起こすと、そこには無防備に転がるフーカの姿。
……どうも、あたしは彼女を枕代わりにしていたらしい。後、隣にはだらしなく眠る莉緒姉も。
「あ、おはようジュリアちゃん」
台所から、エプロン姿のこのみ姉がやって来る。
あたしは「ああ、おはよう」と返してから。
「この匂い、味噌汁でも作ってるの?」
「ええそうよ。二日酔いにはしじみ汁ってね」
で、どことなく違和感。いや、違うな。余りにもしっくり来すぎたんだ。
頭を触って、それから自分の胸に手をやって……ダメ押しとばかりに鏡と向き合い、あたしは自然に笑っちまった。
「……元に戻った」
姿見に映る自分の姿は、最早懐かしさすら感じる十六のあたし。
よくよく部屋の中を見てみれば、テレビの形が違うどころか、
ここにはあたしの写った写真も、お気に入りのバンドのCDも、それになにより愛用のギターだって見当たらない。
「それにしても、ジュリアちゃんが家に泊まって行くなんてね~」
お玉で鍋をかき混ぜながら、このみ姉が言った一言で、あたしは全てを理解したよ。
……ああ、終わったんだ。全部が元に戻ったんだってな。
それから自分のやりたい事を頭に浮かべ――そのまま実行することにした。
立ち上がり、「あたしも何か手伝うよ」と声をかける。
「えっ? いいのいいの、ジュリアちゃんは座ってて」
「いや、手伝わせてくれない? ……たまには頼ってもらいたいんだ。このみ姉に」
自分よりも小さいけれど、大きな彼女を見下ろして。
するとこのみ姉も「分かりました」と肩をすくめ。
「なら、みんなの分のお椀を出して欲しいかな」
「りょーかい」
そうそう……食器を並べている最中に、一つ気になることがあったんだ。
それが何かって言うとだな。
「ところで……このみ姉は覚えてる? 昨日、あたし大人だったんだぜ」
「それって、夢の話か何かかしら?」
「……かもな」
何気なく訊いてみた、笑い話にでもしようとしたあたしの話を聞いたこのみ姉の一言。
あたしの方を振り返った彼女は、なんとも悪戯っぽい顔をして言ったんだ。
「ジュリアさんこそ、どう思う?」
失って 初めて分かる お山かな
おしまいです。ミリオンカップリングスロットなる物から
「ジュリア」「馬場このみ」「年齢逆転」というお題が出たので書いたお話。
なんかわかり辛い話ですね。こういう話ばかり書いてすいません。
それではお読みいただき、ありがとうございました。
そういやミリ雑にも貼ってあったな……乙です
>>26
百瀬莉緒(23)Da
http://i.imgur.com/K1kQj7Z.jpg
http://i.imgur.com/W6YU3KT.jpg
>>54
豊川風花(22)Vi
http://i.imgur.com/ANzIth1.jpg
http://i.imgur.com/7ilKWP4.jpg
ってちは...
面白かった
お題からちゃんと広げて畳んでスゲーな
まあ765プロじゃいつものことか
いい雰囲気だ
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