・短い
私はなんてバカなんだろうと。
最近よくそう思う。
別にアイドルになりたかったわけではない。
それなのに、歌が歌えるなら何でもいいと飛び込んだ。
飛び込んだ先がどういう世界か。
そんなことは何も知らなかったのに。
私はさぞ扱い辛かったことだろう。
振り返った時に自分でそう思うのだから、間違いないと思う。
今はそうではないのかと問われると、即答できかねるのだけれど。
でも、以前よりはマシになっているはず。
きっと、多分。
……そうだといいなぁ。
「千早、どっちの仕事がいい?」
呆けていると、いつの間にか目の前にプロデューサーがいた。
その手にあるのはテレビの企画書らしい紙束。
一つは正統派の歌番組。
もう一つはバラエティ寄りの旅番組。
「………歌番組の方で」
「分かった。こっちの企画で先方と話を進めてみるよ」
千早ならこっちを選ぶと思ってた。
小さく笑ったその顔がそう言っていた。
確かにそうなのだけれど、そうではないのに。
以前の私なら、歌以外には目もくれなかっただろう。
でも今は違う。
色んな経験を通じて、如月千早という人間を大きくしていくこと。
それこそが、私の歌をより多くの人たちに響かせるために必要なことなのだと。
そう教えてもらったから。
それなのに、私は無難な選択をしてしまった。
新しいことへの挑戦をためらってしまった。
なぜ?
最高の結果で応えて、プロデューサーに喜んでもらいたいから。
歌番組でなら、それができると思ったから。
ううん、違うわね。
そんなのはただの言い訳。
たとえ新しいことに挑戦して、失敗してしまったとしても。
プロデューサーは決して笑わない。
挑戦そのものを肯定して受け入れてくれる。
その結果を次につなげるために、全力で取り組んでくれる。
そんな人だったから、私をここまで変えることが出来たんだと思う。
世間知らずで、意固地で。
そんな私と辛抱強く付き合ってくれた。
私を否定するわけではなく。
私を矯正するわけではなく。
ただ、私が見えていなかったものを教えてくれた。
私の可能性を信じてくれた。
そんな人だったから私は……
でも、だからこそ、なのだろうか。
私はあの人に格好悪いところを見せたくなかった。
いつでも胸を張って自慢してもらえるような、そんなアイドルでいたかった。
軽い打ち合わせを終え、立ち上がったプロデューサーの背中を目で追う。
事務所の扉が閉まる音に、ため息が重なる。
私はなんてバカなんだろう。
見栄を張る必要なんてないのに。
プロデューサーは、どんな私でも肯定してくれるのに。
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「お疲れ、千早」
「プロデューサー……」
件の歌番組の収録を終え、楽屋に戻るとプロデューサーが待っていた。
見慣れたその笑顔が私を安心させてくれる。
私はちゃんとやれたんだと、そう教えてくれる。
同時に、少しばかりの後ろめたさが忍び寄ってきた。
挑戦の大切さを教えてくれたこの人の期待に、私は応えられなかったのだから。
「そんな顔するなよ」
私の曇った表情を見て、そんな言葉をかけてくれる。
疲れから来るものではないということも、きっと分かっているんだろうな。
「今日の千早は、今までで一番良かったぞ?」
でもきっと、肝心なところは気付いていない。
なんで私が歌番組を選んだのか。
なんで私がいいところを見せたいと思ったのか。
ただ私が挑戦に尻込みしてしまっただけ。
そして、そんな自分を責めているのだと。
おそらくプロデューサーは、そんな風に思っているんだろう。
「これも、今までの積み重ねがあったからだ」
それがないとは言わないけれど。
でも私は気付いてしまっている。
もっと大きな理由があることに。
決して口に出せないこの想い。
眠れない夜に私の胸の中で暴れるこの想い。
分かって欲しい。
気付いて欲しい。
きっと、私の顔にかいてあるから。
「だから、慌てる必要なんてないんだ」
でも、それではダメなんだ。
何かを変えたいなら、自分で一歩を踏み出さないと。
何が待っているのかは分からない。
今まではそれが怖かった。
けれどもう。
ジリジリと胸を焦がすこの想いをこのままにしておくのは。
「プロデューサー……」
「ん? どうした?」
言えずに後悔していたこと。
言ったら後悔してしまうかもしれないこと。
その一言は、今まで私が知らなかった世界に通じている。
結果がどうあれ、私とプロデューサーの何かが変わるのは間違いない。
怖い。
でも。
なら。
「私、プロデューサーが――」
衝き動かす心のままに。
<了>
誕生日にふさわしい内容かというと、どうなのでしょうか……
このSSは、ウルフルズ『バカだから』を聞いていて着想を得たものです
原曲とは似ても似つかないものとなってしまいましたが、お楽しみいただけましたなら幸いです
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