オリキャラ注意ですよ~(○・▽・○)
夜23時。玄関のチャイムが鳴る。
時間が時間なので、普通の一人暮らしの女性ならこういう場合は居留守を使うのだろうが、こちとらアラサーからアラフォーにレベルアップを控えている身だ。恐いものなし。
「はいはーい。どなたでしょうね、こんな時間に」
玄関を開けると、目の前には誰もいなかった。
???「叔母さん、下」
叔母「あぁ、失敬失敬」
目線を下げると、大荷物を抱えた可愛い姪がいた。
叔母「こんな時間に何の用だい?なんて聞くだけ野暮だね。まぁ、お入り」
11歳の子が大荷物を抱えて深夜に親戚を訪ねる。そんな理由なんて一つしかない。大方、家出だろう。
叔母「散らかっててすまんね。一人暮らしが長いと掃除が面倒でね」
可愛い姪は、ちょこんとテーブルの椅子に座ってうつむく。
叔母「ココアができるまで少し時間がかかる。待ってる間に姉さんに電話しておくよ」
???「お母さんには電話しないで」
叔母「そういうわけにはいかないよ。君はまだ子供だ。喧嘩のほとぼりが冷めたあたりで、姉さんが警察にでもいったら、職業上大事になってしまう。それは嫌だろう?」
この場合、職業上というのは可愛い姪の両親の職業上ということではない。
可愛い可愛い姪自身の職業上だ。
???「桃子、子供じゃないもん」
可愛い可愛い姪である周防桃子は拗ねたようにつぶやく。
叔母「そのセリフが既に子供である証明だよ」
叔母「あぁ、姉さん?桃子がうちに来たよ。事情は双方頭が冷えてから聞くから、とりあえず桃子が無事なことだけ伝えておくよ。じゃ、おやすみ」
電話を受け取った姉の声が明らかに怒気しかしなかったので、一方的に要件だけ伝えて電話を切る。
気むづかしくてよく怒る姉ではあるが、今回は本気で頭にきているらしい。
叔母「というわけだ。今日のところは疲れたろう。事情は落ち着いてから聞くから、ココアを飲んだら風呂に入って寝るといい」
叔母「と、その前にこっちを向いてくれるか?言っておかないといけないことがある」
桃子は「怒られる」と気づいたのだろう。ビクッと身体を震わせ、うつむき加減のまま私の方にゆっくりと身体をむける。
私は桃子の目線に合わせるために膝をつく。真正面からみる桃子の目は、赤く腫れ上がっていた。
心が痛む。世の中の母親はこんなに可愛い子がこんなに弱ってるのにお説教ができるなんて、心底尊敬するよ。
でも、大人として、叔母として、キチンと言わないといけないことはある。
叔母「桃子。君は子役として働いているからそう思わないのかもしれないが、さっきも言ったように君はまだ子供だ」
叔母「こんな時間に一人で出歩いて、危ない目にあったらどうするんだ?」
桃子を責めるわけではないことが伝わるよう、できるだけ優しい声で告げる。
赤く腫れた桃子の目に涙が溢れる。お説教したいことはもう少しあるが、これ以上は私の心も限界だ。
叔母「だから、次にこういうことがあったら私にこっそり電話しなさい。私が車で迎えに行くから」
やれやれ。私には、子育てなんてできそうにもないな...。
桃子「桃子、大丈夫だもん...一人でもやれるもん...」
今にも声をあげて泣きそうな顔で言われてもなぁ...。プライドが傷つくといけないので、言わないでおくが。
叔母「オーケー。これ以上、込み入った話は今日はやめておこう。ほら、ココアができたよ」
バタンと浴室の扉が閉まる。桃子が風呂から上がったようだ。
身体的に温まると、精神的にも少し落ち着いたのだろう。さっきよりも桃子の表情はしっかりとしていた。
叔母「桃子。ほらこっちこっち、久しぶりにドライヤーかけさせてくれ」
チョイチョイと手招きをしたら、桃子は心底嫌そうな顔をした。
あっ、ちょっと傷つくなこれ。
桃子「いいよ。桃子いつも自分でやってるし、大丈夫だよ」
叔母「いいじゃないか。可愛い姪と久しぶりの団らんだ。な?」
お願いのウインクをすると、桃子は舌をべーっと出してキモいと非難してきた。
桃子「あぁ、もうわかったから。変にしないでね、オバサン」
ドタドタドタと不機嫌そうに歩き、私に背を向けてちょこんと座る。
ん?なんか、今の「叔母さん」のイントネーションおかしくなかったか?
桃子「髪は最後にタオルで拭くから、全部乾かさないでね。絶対だからね」
叔母「はいはーい」
ウエーブのかかった栗色の髪の毛を指でなぞり、ドライヤーから吐き出される熱風をかける。
桃子の両親は艶々とした黒髪だ。桃子の親族で髪が栗色なのは私と私の母、つまりは桃子の祖母のみだ。
桃子の栗色の髪の毛を見ると、やっぱり遺伝子を幾らか共にしていると感じ、可愛い可愛い姪であることを実感する。
桃子「叔母さん。その、....う」
桃子がボソボソと呟いたが、ドライヤーがうるさくて聞こえなかった。
だが、何を言ったかは大体わかる。
叔母「構わないよ。気をつかわれるより、頼ってくれた方が何倍も嬉しい」
翌日、夕方に職場をささっと抜け出し、桃子を学校まで迎えに行った。
叔母「悪いね、待ったかい?」
桃子「図書室で本読んでたから全然大丈夫だよ。それより叔母さんは仕事、大丈夫なの?」
心配そうに尋ねる桃子。子供がする心配ではないが、こういう面では下手な大人よりもずっと大人だろう。
そういう桃子だからあえて誤魔化さず、きちんと伝えておく。
叔母「心配ないよ。いくつか締め切り間近の仕事があるものの、幸い家でもできる仕事だ」
桃子「そうなんだ。桃子は一人でも大丈夫だからね」
この場合の「大丈夫」は、一人でも家に帰れるし、留守番もできるから気をつかわなくても大丈夫という意味だろう。
叔母「そうか。でも生憎、私が一人でも大丈夫じゃないんだ。せっかく可愛い姪と過ごせるのだから、できるだけ一緒にいたい」
桃子「何それ?しっかりした方がいいんじゃない?」
余計なお世話だと返答するように、アクセルをガーッと踏み込んだ。
叔母「美味しいかい?桃子」
桃子「うん。まぁまぁ、かな」
ぶっきらぼうに答えながら、桃子のちっさな鼻が嬉しそうにヒクヒク動いている。
叔母「お口に合ったようで嬉しいよ」
桃子「確かに美味しいけど、叔母さんが作ったわけじゃないよね?」
もぐもぐとハンバーグを咀嚼しながら、ジトーとした目で毒づく桃子。
叔母「まぁ、なんだ。良い店をたくさん知ってるのも、大人の女の嗜みだよ」
桃子「ふーん」
幾分か料理を残して、桃子はフォークとナイフを置く。
叔母「どうした?お腹いっぱいか?」
きゅっと口を結び、少し逡巡した後に、桃子がゆっくりと口を開く。
桃子「家出した理由だけど」
口を開いた途端、しっかりと大人の顔つきになった。
桃子「事務所を移って、アイドルになるって言ったら、お母さんが絶対ダメって」
桃子「でも、もう桃子決めたからって言ったら。ほっぺ叩かれて、お母さん泣いてて」
桃子「桃子はもう大人だから、大丈夫だからって言っても、聞いてくれなくて」
叔母「それで、荷物をまとめて家を出たと」
こくりと小さく首を縦に振る桃子。
桃子「お母さんになんと言われても、桃子、アイドルになる」
そういい放った桃子の目は、今まで見たことのないほど真剣で、まっすぐだった。
叔母「そうか。話してくれて、ありがとう」
正直、私は桃子が幼くして役者になることを快く思っていなかった。
それは桃子自身の願いではなく、親の願いだったからだ。
姉は役者志望だった。小さい頃から劇団に入り、そこそこの役ももらえていた。
しかし、華やかなスターの壁は険しく。姉が夢を追い続けて疲弊していく様を、妹の私はずっと見てきた。
やがて諦めて、役者と関係のない仕事に就き、結婚して、桃子を産んだ。
姉から「桃子を芸能事務所に入れる」と聞いた時、私は反対した。
芸能界のような競争の激しい職種は、リスクが高すぎる。
そこに入ることさえ難しいのに、そこで生き続けるのはさらに難しい。
桃子自身が決めたなら、そのリスクを桃子自身で背負うことができるが、親のエゴで桃子にそのリスクを背負わせるのかと。
だが、結果として、桃子は6歳で事務所のオーディションに合格し、そのまま役者デビューを果たした。
桃子には才能があった。順調に仕事を獲得し、周防桃子の名前は世間に浸透していった。
けれども、やはり私は納得できなかった。
桃子は普通の幼い子に持ってないたくさんのものを得た代わりに、不要なものもたくさん得てしまった。
叔母「どうして、そこまでしてアイドルに?」
アイドルという存在は、私には馴染みがない。
なんか歌って踊る可愛い子、という曖昧模糊なものだ。
桃子「...わかんない...」
叔母「へ?」
桃子「分からないの。でも、桃子はアイドルやらなきゃって、そんな気がして」
叔母「なるほど、言葉で説明はできないけど、アイドルに強く心を惹かれた、と」
桃子「うん。ステージがキラキラして、観客がわーってなって、すごいんだよ」
叔母「役者として活躍してる周防桃子を犠牲にしても、アイドルになりたいと?」
桃子「うん」
桃子は賢い子だ。自分がどれだけ大変なことをやろうとしているかということくらいは、きちんと理解している。
理解したうえで、自分で決めたのだ。私はなんだか、それが嬉しかった。
叔母「オーケー、私は応援するよ。と言っても、私には家とご飯を提供することぐらいしか、できることはないけれど」
桃子「大丈夫。桃子、1人でできるから」
桃子が家に来てから、私の仕事は捗りに捗った。
深夜、書斎にて作業をしながら、いつか結婚した同僚が言っていた言葉を思い出す。
「家族ができると仕事の時間がとられて業績の足枷になると思ったが、逆だ!」
その頃は、思うように仕事ができない現実からの逃れるための方便だと思っていたけれど、実際は同僚の言ったとおりだった。
限られた時間で課題をこなそうと集中できるし、帰れば愛すべき愛らしい姪が荒んだ心を癒してくれる。
叔母「さて、もう少し頑張るか」
すっかり温くなったコーヒーを啜ると、背後でドアをノックする音がした。
桃子「あの...叔母さん...」
叔母「ん?どうしたこんな時間に?」
桃子「あの、ね。その、ね。ちょっと眠れなくて、一緒にいてもいい?」
叔母「あぁ、寝室で1人でいるのが怖いのかい?」
あまりに桃子が可愛いから少しからかってみると、桃子はぱっと目を開いて取り繕うように言った。
桃子「ちがうよ!せっかくだから、叔母さんがきちんとお仕事してるか見張ろうと思っただけだもん!」
叔母「はいはい。それじゃあ、そこのリクライニングに寝そべるといい。寝ちゃったら運んであげるから、寝てしまってもいいぞ」
桃子「...うん」
しばらく作業に没頭していると、桃子が遠慮がちに話しかけてきた。
桃子「叔母さん、お仕事楽しい?」
叔母「楽しいよ。競争ばかりで、休まる日もないけど」
桃子「ふぅん...」
叔母「桃子は、楽しかったかい?子役は?」
桃子「...わかんない。でも、お母さんが...褒めてくれるのは、嬉しかった、かな」
叔母「そうか...」
桃子「叔母さんは、どうしてお仕事そんなに頑張るの?」
叔母「特に考えたこともなかったな。成果を上げないと、生き残れないと思って、がむしゃらに仕事を続けてきた」
叔母「ただ一つだけ明確なことは、誰かに私の仕事を認められると嬉しいかな。特に、君にしかできない仕事だって言われるのが一番嬉しい」
叔母「仕事とアイデンティティを結びつけるのは良くないが、君にしかできない仕事だって言葉は、君が世界に必要なんだって言われてるみたいな気分になる」
桃子「うーん...よくわかんない...」
叔母「あぁ、すまんすまん。要するに、誰かに君は特別だって言われたいから、頑張るってことかな」
桃子「特別...うん、なんとなくわかった気がする」
やがて、背中から静かな寝息が聞こえてきた。
桃子を起こさないように、慎重に抱き上げて寝室に運ぶ。
普段の大人ぶろうとするおすまし顔とは違い、寝顔は年相応に幼く、可愛らしかった。
桃子「...お母さん...?」
しまった...起こしてしまっただろうか?
桃子「むにゃむにゃ」
よかった。どうやら寝ぼけているだけのようだ。
桃子「お母さん...ごめ...んな...さい...」
桃子「お母さん...桃子、ここだよ...ここにいるよ...」
叔母「大丈夫、大丈夫って。全然、大丈夫じゃないじゃないか...」
一粒の涙が桃子の頬を伝う。
私はそれを拭うこともできず、震える腕で桃子を落とさないよう支えるのに必死だった。
桃子が家に来てから二週間が経った。
姉さんとは一度会って話をし、当分桃子を預かること、私は桃子の意思を尊重することを伝えた。
二、三発殴られることは覚悟していたものの、姉さんはすんなり了承した。
頻繁に会ってはいるのにもかかわらず、姉さんの身体は前よりもずいぶん小さく見えた。
桃子「叔母さん、そろそろなんだけど?」
書斎で仕事をしていると、桃子が少し開けたドアの隙間から遠慮がちに声をかけてきた。
叔母「そろそろ?あぁ、プロデューサーさんとやらが来る時間ね」
今日は、移籍先の事務所で桃子の担当になるプロデューサーさんがあいさつに来る。
既に姉さん夫婦のとこにはあいさつに行っているらしいが、今は私が実質的な保護者みたいなものだから、挨拶をしておきたいらしい。
世間は週末だというのに、ご苦労なことだ。あぁ、芸能事務所に土日も何もないか。
叔母「オッケー。んじゃ、コーヒーでも入れておくか」
桃子「そうじゃなくて」
叔母「ん?掃除か?それなら今朝やっておいたけど」
桃子「メイク!叔母さんお化粧しなくていいの?」
叔母「あぁ、私が別にアイドルになるわけでもないのだし、不要だろう」
桃子「それ、大人としてどうなの?確かに叔母さん歳の割に肌綺麗だけども...」
叔母「ん?なんか言ったか?」
ギロッと睨みつけると、桃子は小さな悲鳴をあげて逃げて行った。
ちょうどコーヒーを淹れ終わった頃、玄関のチャイムが鳴り、桃子が来客を迎えに行った。
ミリP「失礼します」
桃子の後ろをついてきた青年は、私よりも一回りくらい年下の男性だった。
新人だろうか?少し頼りなさそうに見える。
叔母「お越しいただきまして、ありがとうございます。どうぞおかけください」
ミリP「はい!失礼します!」
叔母「そんなにかしこまらなくて、構いませんよ。コーヒーお持ちしますので、お待ちください」
ミリP「あ、いえ、すみません」
桃子「ちょっと、お兄ちゃん緊張しすぎじゃない?大丈夫なの?」
ミリP「え?あぁ、そうかな?」
ん?お兄ちゃん?
叔母「桃子、お兄ちゃんって?」
不意に口をついた疑問に、桃子はプロデューサーさんを指差して言う。
桃子「この人、プロデューサーって呼ぶには頼りないし、でも年上の男の人だし、だからお兄ちゃん」
ミリP「あははー...」
我が姪ながら酷い物言いだ。だが、芸能界では桃子の方が先輩なのだろうし、先輩風を吹かすというやつだろうか?
だけれども、「お兄ちゃん」をチョイスするあたり、悪く言いながらも少しの信頼感は芽生えているのかもしれない。
叔母「はい、コーヒーです」
ミリP「ありがとうございます。それではいただきます」
クイッと勢いよくコーヒーを飲むプロデューサーさん。
ミリP「とても美味し...あちちちちち」
桃子「そんなに一気に飲むからだよ。もぉ、何やってるの大人なのに」
本当に大丈夫なのか?この人。
ミリP「桃子さ...桃子につきましては、本人の意思を尊重して、演技の仕事はダンス、ヴォーカルのレッスンが充分に行えるまでは控えようと思います」
ミリP「ですので、初めはレッスン漬けの日々となると思います」
叔母「承知いたしました。私には異存ありません」
生真面目に自己紹介から765プロという事務所の指針、所属アイドルの紹介、「ライブシアタープロジェクト」の構想を経て、ようやく桃子自身の話に入った。
恐らく、誠実な青年なのだろう。ひとつひとつ話を進めるたびに、桃子と私の表情を確認している。
彼の姿をみると、事務所が悪いところではないこともよくわかる。どうやら桃子は、良い縁に巡り会えたらしい。
ミリP「とりあえずは、桃子には1年後のCDデビューを目指していただきます」
桃子「桃子的には、もっと早くても大丈夫だけどね」
ミリP「まぁまぁ、前にも話した通り、プロジェクトでユニットを作って、月一で一枚づつCDを出していく流れがあって」
桃子「わかってるよ、お兄ちゃん。今のは決意表明ってやつだよ」
あらまぁ、またもやツンケンした態度。
ミリP「というわけですので、桃子さんがウチで活動してくこと、ご了承いただけますでしょうか?」
私としては、桃子がやりたいという固い決意をしていること、良さそうな職場であることから拒む理由はない。
叔母「もちろんです。今後とも、よろしくお願いいたします」
プロデューサーさんが家を後にした後、私は一通のメールをこっそり送った。
叔母「プリンターのコピー用紙が切れてしまった。ちょっと買いに出てくるから、留守番を頼むよ」
桃子「桃子、大丈夫だよ。行ってらっしゃい」
車を走らせて、近所の喫茶店に向かう。桃子に告げた買い物というのは嘘だ。
先ほど送ったメールの宛先は、プロデューサーさん。
桃子のいない場所で、ひとつだけ確かめなければならないことがあった。
喫茶店のドアを開けると、プロデューサーさんが奥の席に座って待っていた。
叔母「手間を取らせて申し訳ございません」
ミリP「いえいえ、確かめたいこととはなんでしょう?」
叔母「率直に言います。私の姉、つまり桃子の母と桃子の対立はご存知ですよね?」
ミリP「はい。桃子さんからうかがっております」
叔母「桃子のアイドル活動を承諾した時、姉はなんと言っていましたか?」
先日話した様子からすると、桃子の活動に納得はいっていないようだった。
ただ、もう反論する気力もなく、何もかもシャットダウンして、なすがままに話を受け入れたように見えた。
まるで、逃げ場を塞がれたうえで電気ショックが流れ続ける床の上に置かれ、痛みを受け続けるしかないことを悟った犬のように。
その姿は、とても娘の大事な話を聞いている母親には見えなかった。
ミリP「話を全て黙って聞かれた後、か細く、よろしくお願いします。とおっしゃられたのみでした」
叔母「やはり、そうですか」
私の時と同じ。では私は彼に問うべきことがある。
叔母「その姉の様子をみて、あなたはどう思いましたか?」
プロデューサーさんは私の問いを飲み込んだ後、申し訳なさそうに呟いた。
ミリP「怒り...を感じました...」
ミリP「正直、アイドルのお話を持ちかけた時、いつでもご両親が良い顔をされるというわけではありません」
ミリP「物を投げつけられたり、殴られたこともあります」
ミリP「でもそれは、娘さんを思ってのことですので、仕方ないし、むしろそうあって良いのだと思います」
ミリP「でも桃子さんのお母様は、何というか、無関心というか」
ミリP「いろいろ複雑な経緯があったのはお察ししますが、いくらなんでも娘さんの大事な話なのに...」
叔母「ありがとうございます。プロデューサーさんを試すような真似をして、申し訳ありませんでした」
叔母「でもわかりました。桃子はやはり、素晴らしい人に出会えたようです」
普通は、あれだけ複雑な経緯がありながら、すんなり承諾が貰えるなら願っても無い話だ。
その状況で、プロデューサーさんは桃子のために姉に怒りを感じてくれた。
出会って間もない子に、こういう感情を抱くことのできる人を信頼しない理由がない。
叔母「うちの周防桃子を、よろしくお願いいたします」
その日の夕食、話題は自然とプロデューサーさんのことになる。
叔母「プロデューサーさん、いい人そうだったな」
桃子「えー。ダメダメだよ。全然頼りないし...」
叔母「そうか?あぁいう純朴で真面目なタイプは、仕込みようによってはかなり変わると思うぞ」
桃子「そうかなぁ?なんか想像できない」
叔母「そういうものなんだよ。そのうち桃子にもわかるって」
子供扱いするいい方になってしまったのが気に障ったのか、桃子はプクーっと膨れた顔になる。
桃子「叔母さん、やけにお兄ちゃんの味方するね?もしかして、タイプなの?」
叔母「あらまぁ、ませたことをおっしゃる。残念ながら、彼をそういう目では見ていないよ」
桃子「ふーん」
叔母「まぁ、優しそうなところは好印象だな。きっと、桃子のこと大事にしてくれると思うぞ」
そういうと、桃子の表情が少し陰る。
桃子「...優しいだけじゃ、ダメなんだよ...」
その言葉は彼に対する不安というより、期待だな。
叔母「もちろんだよ。だから、彼に期待しよう。その優しさが、ただの優しさでないように」
さて、それからしばらくして桃子のアイドルとしての活動が始まった。
桃子「それでそれで、今日も新しい人がシアターに入ったんだけど、それがまた変な人でね」
といってもはじめはレッスン尽くしの毎日らしく、帰りの車中は他のアイドルの話やプロデューサーさんの愚痴が主だ。
桃子「乗ってる馬の名前は何?って聞いたら、『うま』なんだって。変だよね?」
叔母「馬って...馬で通勤してるのか?」
桃子「あ、さすがにほんとの馬じゃないよ。ハリボテの馬」
桃子「姫は高いところにいるべきなのです。って言ってた。朋花さんといい、瑞希さんといい、アイドルってなんか不思議な人がたくさんいるの」
そう毒づきながら、ニコニコと笑う桃子。
新しい環境で、新しい人たちに出逢い、毎日楽しいことが多いようだ。
桃子「同い年くらいの子もいてね。育はすごくしっかりしてて、偉いの!環は元気で、いーつも事務所の中を走り回ってる!」
どうやら同い年くらいの娘もいるらしい。
子役の時は大人とばかり接していたが、同年代の娘たちが身近にいるということは心強い。
仲も良好みたいだし、なによりだ。
叔母「アイドルはどうだい?やっぱり、子役とは違うかい?」
桃子「うーん。レッスンしかしてないから、まだわからない。お兄ちゃん、早く仕事持って来てくれればいいのに」
プクーと頬を膨らまし、腕を組む桃子。これは愚痴桃子モードだ。
桃子「プロデューサーは第一印象が大事だって、桃子が何回言っても寝ぐせつけたまま事務所に来るし、スーツはシワだらけだし、ほんとだらしないの」
叔母「ははは。プロデューサーさんに対しては手厳しいな。でも、いいところもあるだろ?」
桃子「えー。いいところ?ダメなとこばっかだよ。桃子のプロデューサーなら、もっともっときちんとしてほしい」
叔母「それじゃあ、桃子先輩の指導が必要だな」
桃子「先輩?うん、悪くない!へへへ、先輩!」
なんとも先輩という響きにご満悦な桃子。あぁ、プロデューサーさんに悪いことしたかな...。
桃子との生活が穏やかに流れていく中、事件は前触れもなく、突然やってきた。
いつものように、桃子を迎えに事務所近くの駐車場に車を停めると、桃子だけではなくプロデューサーさんも一緒に私を出迎えた。
ミリP「お久しぶりです。唐突ですが、お話ししたいことがありますので、劇場までお越しいただけますか?」
そう告げるプロデューサーさんの顔は険しく、隣の桃子はややうつむき加減に唇を噛み締めていた。
どうやら、あまり良い話ではなさそうだ。
叔母「わかりました。案内していただけますか」
ミリP「こちらです。少し散らかっていて申し訳ございません」
劇場の応接室は、野球道具に大量に積み重なった文庫本、トランプ、馬のハリボテと、確かに雑多にものが散らばっていた。
叔母「それで、話とは何でしょう?」
私が切り出すと、プロデューサーさんが1冊の雑誌を差し出した。
いわゆるゴシップ誌というやつだ、所狭しと悪意を含んだ文字がズラッと並んでいる。
その中で一つ「天才子役、周防桃子の非情すぎる裏切り」という見出しが目についた。
叔母「これは...?」
ミリP「桃子のアイドル転向についての記事です...。内容は、お読みください...」
隣にいる桃子を気づかってか、プロデューサーさんは内容を口にすることを拒んだ。
パラパラと該当ページを捲る。
「母娘の泥沼の対立。母の愛を捨てた冷徹な娘」
「恩のある事務所までをも裏切り、我儘三昧の天才子役」
「前兆はすでにあった?演技ではない周防桃子の本当のスガオ」
少しの事実を真っ黒に塗りつぶし、最大限まで膨らませたような悪意に満ちた記事。
こんなに頭に血がのぼったのはいつぶりだろう?
いますぐこの雑誌をゴミ箱に叩き込んでやりたかったが、わずかに残った理性がそれを抑えた。
ミリP「ここにある記事は、ほとんどライターの悪意に基づくデタラメです。家庭の事情につきましては、ご存知のとおりですし、以前の事務所とも必要な手続きを全て踏まえております」
叔母「そんなことはわかっています!それで、この記事にどのように対処するおつもりですか!?」
怒鳴るような物言いになってしまった。桃子がビクッと震える。
頭では冷静にならないといけないとわかっているが、どうにも怒気が抑えられない。
ミリP「弊社としては、訴訟などの手続きは踏まない予定です」
返ってきたのは、意外な答えだった。
叔母「...は?これだけ事実無根な誹謗中傷を書き連ねられて、指をくわえて黙ってみてろと言うんですか!?」
ミリP「相手は大手出版社で、広告会社などとの関係も強いです。弊社の規模では、訴訟後の活動に対するリスクを考えると訴訟はできかねます...」
叔母「事務所のために、桃子を犠牲にしろと!?ふざけるな!1人を助けられないで、何が会社だ!?」
ミリP「お気持ちは重々理解しております。しかし、どうか桃子さんの今後の活動のためにも...」
叔母「今後の活動?何を寝ぼけたことを言っている?桃子はまだ子供なんだぞ?こんな誹謗中傷を受けて、それを守ってやれない職場で、桃子が何をするっていうんだ?」
桃子「叔母さん!黙って!!」
耳まで真っ赤にし、鬼気迫る表情をした桃子が、部屋いっぱいに怒声を響かせた。
桃子「お兄ちゃんの、話を、聞いて」
よっぽど怒っているのか、震える声で、なんとか言葉を紡ぐように桃子は言った。
ミリP「桃子。ごめんな」
そう桃子に優しく告げたプロデューサーさんは、私の方に向き直り真っ直ぐに告げた。
ミリP「確かに訴訟などはしませんが、私たちは私たちのやり方で対抗します」
叔母「取り乱して申し訳なかった。頭に血がのぼってしまって」
桃子「別にいいよ。桃子怒ってないもん」
帰りの車中、怒ってないと言いながらも、桃子の怒りはまだおさまっていない。
叔母「まぁ、あんなに声を荒げた私が言うことではないが、気にしない方がいい。あんな根拠のないものを信じ込む人間など、そうそういないだろう」
桃子「あの悪口の記事のことなら、別に気にしてないよ。あーいうの、慣れっこだもん」
叔母「慣れっこ...?」
予期せぬ桃子の言葉に、背筋が凍る。
桃子「あんな本に載ったのは初めてだけど、前のお仕事の時から周りの人に悪口言われてたから」
桃子「それに、桃子のお弁当だけなかったり、みんなに無視されたり、たくさんあったよ」
知らなかった。芸能界によくある話だとは思うが、まさか桃子自身がそんな目にあっていたなんて、考えもしなかった。
桃子「でも、桃子そんなのに負けないもん。ずっとそうしてきたし、これからもそうする」
そう言って不敵に微笑む桃子。さっきまでの怒り顔は、すっかり消えていた。
桃子「今度も、絶対に負けないから!」
力強く、私にそう告げる。
美しいと思った。
思いっきり目に涙をためて泣いて、
すぐ拗ねて、怒って、
ときに毒づいて、悪戯に可愛く笑って、
年相応に寝顔が幼くて、
年不相応に大人びてすぐに大丈夫と言う、
私の知っている周防桃子は、そこにいなかった。
代わりにそこにいたのは、
覚悟を決めた1人の気高い女性だった。
桃子「だから、桃子を信じて」
信じても何も、有無を言わせない圧倒的な力が、その声に、その表情にはあった。
叔母「オーケー、桃子。誓うよ。私は、周防桃子を信じる」
その日から一ヶ月、桃子の生活は一変した。
ギリギリ法律が許す時間まで桃子はレッスンをし、お風呂に入ってご飯を食べると、倒れこむようにベットで眠る。
朝早く起きて事務所に行き、学校までの時間またレッスンをする。
11歳の娘には確実にオーバーワークだったが、応援すると決めたからには心配を口には出さないと自制した。
しかし、そんな自制心も、日々輝きを増す桃子の眩しさがかき消した。
自分を信じて、挑戦する。
未知の世界に踏み込むことを、心から楽しむ。
そんな桃子のドキドキワクワクが伝染して、私自身も頑張ろうとすら思えた。
そして確信した。周防桃子が、あんなものに負けるはずがない。
そして迎えた運命の日、私は765プロオールスターズのライブ会場の一角にいた。
どでかいステージセットに、無数の人、人、人。
調べてみれば、5000人ほど客が入る会場らしい。その会場でチケットがSold outなのだから、凄い人気だ。
そうこうしているうちに、事務員さんの開幕挨拶、諸注意が始まった。
ん?事務員さん....?芸能事務所の事務員さんは、アナウンスまでが業務なのか...。
事務員の女性「それでは、ライブ開幕です!」
そうアナウンスが告げた瞬間。会場が割れそうなほどの大きな声援が響いた。
そして、ドッドッドッドッとバスドラムの重低音が会場に響く。
それはまるで心臓の鼓動のよう、速いテンポが高揚を煽る。
会場のボルテージが最高潮に膨れ上がった瞬間、パッとステージに光が灯り、膨らんだ期待、熱が爆発した。
より一層大きな声援が、響きわたる。
ステージのアイドル達は、その熱に呼応するように全力で歌って、踊って、さらに会場の熱を煽る。
彼女達の音楽が、会場の声援が、私の全身を揺さぶり、震わせる。
これが、桃子の目指すアイドル。
桃子はこの熱狂に、魅せられたんだ。
熱狂に熱狂を重ねた1曲目が終わり、アイドル達のMCが始まった。
すると、トントンと右肩を叩かれたのでそっちを振り向くと、
???「ムフフ。お姉さん、これをどうぞ」
隣に座っていた女の子が、光る棒を差し出してくれた。
叔母「これは?」
ツインテールの女の子「サイリウムです!これを振って、アイドルちゃんを応援するのですよ!」
周りを見ると、確かにみんなこの棒を持っていた。
客席の光の海は、どうやら一人一人の棒の光の集合らしい。
叔母「ありがとう、それではお借りするよ」
ツインテールの女の子「いえいえ、お姉さんライブは初めてですか?」
叔母「あぁ、初めてだ。凄いね、アイドルのライブは」
ツインテールの女の子「そうなのですよ!アイドルちゃんは凄いのです!キラキラ輝いて、可愛くて、かっこよくて、最高です!」
ツインテールの女の子「でも、アイドルちゃんをもっと輝かせるには、我々の応援が不可欠なのです!春香さんが言ってくれているのですよ、我々のサイリウムの光が力になると」
叔母「なるほど、それでは私もこれを使って応援しよう」
ツインテールの女の子「えぇ!アイドルちゃんのために、頑張りましょう!」
汗だくになりながらニカッと笑うその子の笑顔は、アイドルに負けないくらい十分魅力的だった。
さて、ライブも中盤。
いよいよ、待ちに待った時間がやってきた。
センターのリボンの女の子「はーい!みんな楽しんでますかー!」
センターのリボンの女の子「今日はなんと!サプライズゲストが来てくれてます!」
華奢な長髪の女の子「私達の後輩にあたるライブシアタープロジェクトから、一部の子達が私達とステージに立ってくれます」
金髪のオーラの凄い女の子「みんな今日が初ステージなの!たくさん練習してきたみたいだから、応援してあげてね!」
765プロオールスターズの呼び込みとともに、ステージ袖から女の子達が出てくる。
緊張でガチガチの子もいれば、ピョンピョンと飛び回る元気な女の子もいる。
ツインテールの女の子「待ってましたー!みんなー!!可愛いですー!ふぅー!!」
大歓声に湧く会場。私のお目当の栗色の癖っ毛をした女の子は、真っ直ぐ前を見据えて堂々とステージに立っていた。
叔母「桃子。頑張れ、桃子。」
ボソッと呟いた私の声は、サプライズに沸き立つ歓声にかき消えた。
--- 一ヶ月前、765プロ劇場、応接室
叔母「対抗策...ですか?」
ミリP「えぇ。桃子を、765プロオールスターズのライブでデビューさせます」
ミリP「5000人規模の大きなライブです。そこで、ファンの皆さんに判断していただくんです。周防桃子が、いかにアイドルと真摯に向き合っているのか」
ミリP「嫌なイメージが先行しないうち、このタイミングが最適だと考えています」
ミリP「これはもちろん賭けになります。本来ならデビューは1年先。多くのファンの皆さんに認めてもらえるようなパフォーマンスができるまで、急ピッチで仕上げる必要があります」
ミリP「でも、桃子なら出来ると信じています!そのためのサポートも、惜しまないつもりです!」
ミリP「桃子だけ速いデビューだとまた誹謗中傷のタネになりかねないので、ライブではシアタープロジェクトから他に数名デビューをさせます」
ミリP「彼女達に関しても賭けですが、桃子のためならと快諾してくれました」
ミリP「765プロ一丸となって、みんなでこの危機を乗り越えようと頑張るつもりです!」
叔母「...分かりました。そこまでおっしゃられては、反対する理由がありません。よろしくお願いします!」
桃子「もー、お兄ちゃんカッコつけすぎだよ!どーしよーって頭抱えてたお兄ちゃんを見かねて、春香さんとか千早さんとか未来さんとかみんなが考えてくれた案なのに」
ミリP「そ、それはだな...今から言おうと思ってたんだよ...。それに、俺だっていくつか案は出したし...」
---
胃がキリキリと悲鳴をあげる、サイリウムを持つ手も震えるし、きちんと立ててるかわからないくらい足も震える。
自分の人生で、こんな緊張感は初めてだった。
桃子の頑張りを、一ヶ月間側でずっと見ていた。
もうこんな歳だ。
いくら頑張っても、それが一瞬で崩れる瞬間を何度も味わってきた。
いくら頑張っても、絶対に叶わないことの方が多いことも知っている。
自分勝手に祈りを捧げた神様に、自分勝手に呪いの言葉を吐いたことなんてたくさんある。
それでも、純粋に、神に祈るしかなかった。
桃子の思いが、この客席の一人一人に、届きますように。
ツインテールの女の子「大丈夫ですよ!」
周囲が大歓声に満ちている中、小さな声ではあったが、その言葉は胸に響いた。
ツインテールの女の子「頑張ってるアイドルちゃんは、最強です!絶対に、大丈夫です!」
どうやら、顔面蒼白の私をみて励ましてくれているようだった。
ツインテールの女の子「春香さんが言ってました!この声がある限り、アイドルちゃんはいつだって無敵です!!」
叔母「あぁ、ありがとう」
この客席に、桃子の味方が何人いるかわからない。
でも、私は絶対に味方だ!
今の私ができること、それは桃子を信じ、応援することだけだ。だから、それをやろう。
ツインテールの女の子「ちなみに、桃子ちゃん先輩が出たらサイリウムをオレンジ色に切り替えてくださいね」
叔母「...君は一体何者なんだ?」
ツインテールの女の子「名乗るほどでもありませんよ。ただのアイドルオタクです」
ライブシアタープロジェクトのデビューステージは、デビューの子1名と、オールスターズの子達2名で1曲を歌う形式のようだった。
ツインテールの女の子「ううっ...、貴音さんと千早さんと静香ちゃんのmy songとか反則ですよ...なびだがどまりまぜん...」
デビューの子でまだ歌っていないのは桃子1人、おそらく次が桃子の出番だ。
センターのリボンの女の子「はーい、シアター組のみんなとのスペシャルコーナー、ラストは私たちです!」
ボブカットの可憐な女の子「精一杯歌うので、聞いてください!」
桃子「歌うのはこの曲です!せーの!」
3人「The world is all one!!」
ステージ上の桃子は、世界中の幸せを独り占めしたみたいだった。
歌声から、ダンスから、「楽しい!嬉しい!」の気持ちが心に響きわたる。
観客から受けた声援をそのまま幸せに変換して、身体中から解き放っているようだった。
すっかり目を奪われ、心を掴まれ、その幸福な時間はあっという間に終わってしまった。
桃子が袖に引っ込んだ後も、その幸せの残滓がステージに漂っているような錯覚さえかんじる。
叔母「ありがとう。そしてすまない。結局、サイリウムは振れずじまいだった」
せっかく借りたものなのに、曲が始まるとサイリウムの存在をすっかり忘れていた。
ツインテールの女の子「いえいえ。きっと、オレンジ色の光は、桃子ちゃん先輩には見えていると思いますよ」
結局、桃子の思いはファンに届いたのか?
そんなことは問うまでもない事柄だと、鳴り響く拍手が証明してくれた。
ライブ翌週、桃子にとって久々の休日。
ライブの打ち上げということで、遊園地に来ていた。
桃子「もぅ、桃子子供じゃないもん!遊園地来たってはしゃがないもん!」
そう言いながら、やっぱり嬉しそうに鼻をひくひくさせてる桃子。
育「桃子ちゃん!ひなたちゃん!環ちゃん!ジェットコースター乗ろう!」
ひなた「うーん、ジェットコースターちょっと怖いけど、がんばってみようかねぇ」
環「環平気だぞ!早く乗りたい!」
桃子が是非一緒に行きたいと言ったので、シアター組のちびっこ達も一緒だ。
私と2人だけだと桃子も素直に楽しめないだろうし、願ってもない申し出だった。
環「おばちゃんもはやく!ジェットコースター乗ろう!」
おばっ...!?事実ではあるものの、こうも無邪気に言われると心にくるな。
叔母「いや、私は遠慮するよ。君たちだけで行ってくるといい」
桃子「叔母さん、ジェットコースター怖いの?」
いいことを聞いたと、にたーっと悪く笑う桃子。
叔母「いや、特に怖くない。ただ、いい大人がああいうものに乗るのは世間の目がね」
桃子「素直になっていいんだよ、怖いんでしょ?」
叔母「怖くない」
桃子「怖いの?」
叔母「全然、怖くない」
育「おばさん、怖くないんだよね?じゃあ、一緒に乗ろう!」
ひなた「みんなで乗った方が、楽しいよぉ」
環「環!おばちゃんと一緒に乗りたい!」
キラキラした目で、ぐいぐいと両腕を引っ張る3人。
駄目だ、これは、駄目だ。抗えない。
桃子「叔母さん、降参だね。じゃ、みんなで乗ろ」
アラフォーを控えている中年女が、誰よりも大きな声で叫んでいたことは私の名誉のため割愛させていただく。
ライブでのデビューに向けた慌ただしい日々も過ぎ、いつもの日常が戻ってくると思ったのだが、その予想は外れた。
外れたと言っても、良い方に。
デビューのステージが好評だったため、桃子のCDデビューが繰り上がったのだ。
そして今日はCDの発売日、いつになく私の機嫌は上々だった。
桃子「叔母さん、鼻歌やめてくれない。耳障り」
叔母「いいだろ。曲のレコーディングが終わっても、恥ずかしいからって曲聞かせてくれないし。ようやくCDで聞けたんだから。嬉しいんだよ」
桃子「別に恥ずかしがってない!発売する前に叔母さんにだけ聞かせるのは、よくないでしょ!えっと、そう!こんぷらいあんすの問題だよ!」
桃子「あと、あそこのCDの山は何?もしかして、全部桃子のCD?」
叔母「当たり前だ。どうしても、リリースイベントには行かないといけないし、知り合いにも配りたいしな」
桃子「はぁ...心配しなくても、リリースイベントには招待してあげるよ、はい、チケット!」
桃子の差し出すチケットを受け取る。
...あれ?2枚ある?
桃子「1枚は叔母さん...1枚は、お母さん」
桃子「ずっとこのままじゃ、駄目だって思ってたの」
桃子「前のライブは桃子だけのステージじゃなかったから、今度の、桃子だけのステージ、見て欲しい」
桃子「多分、桃子が行ったら喧嘩になるから、だから」
叔母「私が姉さんを誘えばいいんだな」
こくりとうなづく桃子。
叔母「オーケー。もし断られてたとしても、引きずって連れてくるよ」
桃子の手前、強気なことを口にしたものの、気分は重かった。
姉さん宅の玄関の前で、ひとつふたつ深呼吸をする。
桃子と姉さんの関係は、こじれて、ねじれたまま、数ヶ月も時が経ってしまった。
すっかり冷えて、固まりきってしまっているかもしれない。
それを融かして、ほどいて、元どおりに戻すのは容易ではないだろう。
だが、桃子のお願いだ。
どこまでも大人にストイックで、
どこまでも子供に意地っ張りで、
そんな可愛い可愛い姪が、家出してからずっと待ってた、願ってたチャンスなんだ。
叔母「よし!行くか」
気合をひとつ入れて、玄関のチャイムを鳴らした。
桃子母「久しぶりね、相変わらず仕事ばっかりしてるんじゃない?カップ麺生活は止めてね」
姉さんは、すんなり私を迎え入れ、お茶まで出してくれた。
桃子母「そうそう。親戚の〇〇さん、入院したって知ってる?お見舞い行かないとね」
この様子だと、まだ姉さんの中でほとぼりは冷めていないらしい。
何をしに来たか、薄々は察しているようで、どうにか話を切り出すのを遅らせようとしているようだった。
単刀直入に話を切り込んで、態度を頑なにされても困るので、30分ほど世間話につきあっておいた。
そして,はぐらかす会話も底をつき始めた頃合いに,私はようやく切り込んだ。
叔母「さて、そろそろ本題に入ろうか。どうして、私がここに来たかわかるよね?」
桃子母「...」
無言を肯定と判断し、桃子から預かったチケットとCDを渡す。
叔母「それ、桃子のデビューCDだ。チケットは、そのリリースイベントの入場券。関係者用、桃子の招待だ」
叔母「是非、姉さんに来て欲しい、見て欲しいと言っていた。来てくれるよな?」
桃子母「...」
答えは沈黙。5分ほど粘ってみたのだが、これは完全に答える気はないようだ。
だが私は引きずってでも連れて行くと、桃子に誓ったんだ。
絶対に、諦めるわけにはいかない。
叔母「なぁ、来てくれよ!頼むよ!」
テーブルに額をぶつけんばかりに、頭をさげる。
叔母「桃子、ずっと姉さんのこと思ってたんだよ!」
叔母「でも、絶対にアイドルになると言った手前、その一歩でも掴まないと姉さんに向かい合えないって、考えてたんだろうな!」
叔母「そんなこと私には見せずにさ、心の奥に秘めて、頑張ってきたんだよ!」
叔母「そうして、やっと掴んだ一歩目なんだよ!頼むよ、見てやってくれよ!!」
駄目だ。感情が溢れて、止まらない。
もっと論理的に、姉さんを諭そうと思ったのだけど。
ロジックを組む前に、言葉が継いで出てしまう。
叔母「桃子のこと、許せないかもしれないけどさ!?でも、桃子の気持ち、知ってから判断して欲しい!」
叔母「私も最初は不思議だったよ!なんで、アイドルなのかって!」
叔母「でも!ステージを見て、分かった気がするんだ!桃子の思いが!勘違いかもしんないけど!」
叔母「桃子は誰よりも、姉さんに思いを届けたいと思ってる!だから!お願いだよ!見に来てくれよ!」
叔母「たのむよ...」
駄目だ。
もう涙まで出てきて、言葉にならない。
頼む。頼む。頼む。頼む。
桃子母「...分かった。絶対に行くわ。だから、もうやめて」
叔母「へ...来てくれるの...か...?」
桃子母「言ったでしょ。行くって。だから、もう泣くのはやめなさい」
姉さんの言質を取った瞬間、プツンと何かが切れる音がした。
叔母「やったああああああ」
力が抜けて、頭がふわっとなって、洪水のように感情が流れ出した。
号泣する私を見かねて、姉さんがハンドタオルで顔を拭いてくれた。
痛い。ちょっと拭く力強くないですかお姉さん鼻とれる。
桃子母「もう一度いう。うるさいから、ほんともうやめて」
こういうところはやっぱり母娘だな。かなわない。
そして迎えた当日。リリースイベントの会場は、765プロシアター。
2階が関係者専用になっているらしく、他のアイドルの親御さんらしき人たちが何名か座っていた。
当然ではあるが、前回の会場とは規模が全然違っていた。
2階からでも、余裕でステージ上のアイドルの表情の変化までしっかりと見られそうだ。
セレブっぽい?女の子「皆様!お待たせいたしました!只今から、765プロシアターリリースイベントを始めますわ!」
アーティスティックな女の子「ミラクルでアメージングなステージのスタートなのです!」
ボブカットの可憐な女の子「みんなで頑張るので、応援お願いしますね!」
桃子「お兄ちゃん!お姉ちゃん!桃子たちから目を離さないでね」
アイドルの登場に、会場の熱が高まる。
会場が小さかろうが、大きかろうが、彼ら彼女らの熱は変わらないようだ。
隣の席を見ると、静かにステージをじっと見ている姉の姿がある。
あのツインテールの子に習って、ライブのお作法を教えてあげることにする。
叔母「姉さん。これ使って」
桃子母「これは?」
叔母「アイドルを無敵にする魔法の杖さ。桃子が出てきたらオレンジ色にするといいよ」
ライブは進み、桃子のソロ曲の出番。
姉さんは変わらず、静かにただステージを見つめている。
曲は「デコレーション・ドリ?ミンッ♪」
年相応に可愛らしいメロディに、桃子の培ってきた子役としての経験とアイドルへの憧れを綴った歌詞が絶妙に融合した曲だ。
その曲のとおり、桃子は表情を歌詞に合わせてころころと色を変えていった。
表現力。というのだろうか?
まるでミュージカルを見ているような、歌の世界へ引き込まれるような感覚を覚えた。
桃子はずっと、1階席のファンの方へ目線を送っていた。
2階席に我々がいることは知っているはずだ、今日は母親へ思いを届けるためのステージでもあるはずだ。
けれど、桃子は2階席に一度も目を向けることはなかった。
きっと、桃子にとっては逆なのだろう。
母親に思いを届けるためのステージだからこそ、目の前のファンと向き合うのだ。
私情を許さず、アイドルとしてすべきことをする。それが周防桃子のやり方なのだろう。
桃子がアイドルを目指した理由。
きっとそれは、世界に認めてもらうためだ。
自分は周防桃子だ。周防桃子はここにいるぞ!って。
誰かの夢の代わりでなく、
自分の足で歩いて、
目の前にはそんな自分を認めてくれて、
応援してくれる人がいる。
熱い願い、思いに、目の前でそれ以上の熱を持って、応えてくれる人がいる。
その証明のひとつが、このステージなのだろう。
姉さんはやっぱり表情を変えず、静かにステージを見つめていた。
そして桃子のソロ曲が終わると、そっと私に向けていった。
桃子母「桃子は、あんな顔で笑うのね...」
おめでとう、桃子。
思いは、届いたよ。
桃子母「きっと嫉妬だった」
桃子母「身勝手ね。自分で桃子を役者にしておきながら」
桃子母「あの子は私にできないことを平然とやって、私がしたかったことを当然にやっていた」
桃子母「母親として、こんな汚い思いをするのは間違っている。そう言い聞かせて、心を押し殺していた」
桃子母「でも、あの子は捨ててしまった。私が手に入れられなくて、そしてせっかく手に入れたものを」
桃子母「その瞬間に,心の中に押し込めていたものが,すべて出ていってしまったの」
桃子母「冷静になって,なんてひどいことをしてしまったのかと悔やんだけど,あの子にどう向き合えばいいかわからなかった」
桃子母「でも、やっとわかった。11年経って、やっと理解した」
桃子母「あの子は周防桃子で、私はその母親なのね」
桃子母「やり直せるかしら?初めから」
そんな問い。問うまでもない。
叔母「当たり前だ。思い合う母娘がいて、やり直せないわけがない」
ライブが終わり、私と姉さんは劇場の応接室に通された。
そこには、桃子とプロデューサーさんが待っていた、
姉さんが桃子に謝罪し、思いっきり抱きしめ、2人とも泣いていた。
泣くべき人達が泣いているのだから、私は終始笑顔でいた。
なぜか、プロデューサーさんも2人と同じくらい泣いていた。
そして、ようやく可愛い姪の家出は終わる。終わってしまう。
数ヶ月の月日が経ち、すっかり溜まった桃子の荷物を姉さん夫婦の車に押し込んだ。
桃子母「あら、荷物がパンパンで桃子が乗れないわ。私たちが先に行ってくるから、悪いけど桃子ちょっと待っててね」
そう言って、姉さん夫婦は一度自宅に引き上げた。
桃子「なにあのお芝居。下手すぎ。春香さんたちがこんな演技してたら、桃子絶対に怒っちゃうよ」
まぁ、素人の私でもわかる三文芝居には違いなかった。でも、2人きりにしてくれたのはありがたい。
叔母「楽しかったよ、桃子。家出していたのだから、こういうことを言うのは不適切かもしれないけれど」
桃子「ホント、それはちょっと良くないね。大人なのに」
ニカッと少し悪戯に笑う。
桃子「桃子も、悪くないって思ってたよ。お母さんには、内緒だけどね」
叔母「桃子。ちょっと失礼するよ」
ポスっと柔らかく抱きしめる。
桃子はまだ華奢で、小さい。
ステージでみた存在感とは、物凄いギャップがある。
この小さな両肩に、いったいどのくらいの荷物を背負っているのだろう。
少しくらいは肩代わりしてあげたいが、きっとそれを桃子は許さない。
だから、疲れた時にそっと腰掛けられるくらいの存在でいたいものだ。
そういう、人たちが桃子の周りに増えてくれることを願う。
桃子「なに、叔母さん寂しいの?」
どうしてこの母娘は、こうも問いにならない問いをするのだろうか。
叔母「当たり前だ。寂しいよ。半身が引きちぎられるくらい、心が痛む」
桃子「ホント叔母さんは、どうしようもないね」
叔母「でも、桃子のココロが帰るべき場所に帰るんだ。痛いのと同じくらい嬉しいさ」
桃子「なにそれ?意味わかんない?」
桃子がばっと離れてジト目で睨んでくる。
あれ?はずした?CD買った日から、この日のために考えてた決めゼリフだったのだけど...。
桃子「大丈夫だよ。そのうち、桃子毎日テレビに出るようになるから、寂しくないよ!」
桃子「期待してなさい!」
叔母「あぁ、期待しているよ」
桃子「それに、たまに遊びに来るから。また、あのハンバーグ屋さん連れてってね」
叔母「あぁ、ここはもう桃子の家も同然だ。いつだって、ただいまって言って帰ってくるといい」
そうやって、玄関で見送った桃子の背中は、
数ヶ月前とは比べものにならないくらい、ずっと大きく見えた。
終わりだよ~(○・▽・○)
桃子の踏み台になりたいだけの人生だった・・・
恵子お姉様をまだ現地で見たことないので4th行きたいマジで・・・
いい話だった。亜利沙もGJ!
>>3
周防桃子(11)
http://i.imgur.com/TcDHeAk.jpg
http://i.imgur.com/8r39eQq.jpg
>>36
中谷育(10)
http://i.imgur.com/OJziXCQ.jpg
http://i.imgur.com/zOuTfhi.jpg
大神環(12)
http://i.imgur.com/jxS64Ts.jpg
http://i.imgur.com/7IxEKO7.jpg
木下ひなた(14)
http://i.imgur.com/Wn8buxu.jpg
http://i.imgur.com/FztpiK6.jpg
>>35
「The world is all one!!」
http://www.youtube.com/watch?v=M2mpWbw4ZKQ
>>42
「デコレーション・ドリ~ミンッ♪」
http://www.youtube.com/watch?v=s6a3vzn_Fnc
あとの子はこのあたりかな?
>>30
ツインテールの女の子
http://i.imgur.com/M2I5RBT.jpg
http://i.imgur.com/jEA6EQO.jpg
>>31
センターのリボンの女の子
http://i.imgur.com/1lFL5DO.jpg
http://i.imgur.com/blcXwiW.jpg
華奢な長髪の女の子
http://i.imgur.com/QSD17Wq.jpg
http://i.imgur.com/YhhIZrQ.jpg
金髪のオーラの凄い女の子
http://i.imgur.com/gawwdrj.jpg
http://i.imgur.com/iFQ01Qi.jpg
>>35
ボブカットの可憐な女の子
http://i.imgur.com/RlfVXxz.jpg
http://i.imgur.com/brFmPQF.jpg
>>41
セレブっぽい?女の子
http://i.imgur.com/qcabLku.jpg
http://i.imgur.com/j8Z8PSW.jpg
アーティスティックな女の子
http://i.imgur.com/TBTQqzs.jpg
http://i.imgur.com/e1VMRzi.jpg
最高かよ
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