その日、私とやよいの二人は午後から始まる仕事の為に、事務所で待機してたわけなんだけど。
いつものテレビ前のソファ。私は手に持った譜面を見ながら、今度歌うことになった新曲用のデモを聞いていて。
やよいと、それから休憩中だって言う小鳥の二人は、
その時ワイドショーでやっていたペット特集を見てたのね。
そうしたらやよいがテーブルの上に置かれてた、
おやつのお煎餅を齧りながら「そうそう思い出した」って感じで私に声をかけてきたの。
「ねぇねぇ、伊織ちゃん。ちょっといーい?」
「んー? どうしたの、やよい」
「私もこの前初めて知ったんだけど……なんかねー、妊娠してるらしいんだって」
――それは、ホントに何気なくって感じの一言。
やよいの口ぶりが余りにも自然過ぎたから。
私は「へぇ、そうなの」って普通に返事をしちゃってて
「うん。最近妙にお腹がおっきくなってたからもしかしてって病院に行って、それで分かったって言ってたの」
そうしてやよいがお煎餅を割るパキッて音と、
私が「んっ?」って違和感を覚えて呟いたのは、殆ど同じタイミングだった。
ついでに言うと、私が歌詞を覚えるために持っていた譜面から顔を上げた時、
向かいの席に座ってた小鳥は湯呑を持って固まってたわ。
だけどやよいは、そんな小鳥の異変にも気づいてない様子で言葉を続けたの。
「もうね、びっくりだよー。だって私、いつの間にって思っちゃったもん」
自分がいったいどれ程の衝撃的な告白をしているのか、
分かってないようなニコニコ笑顔でやよいが笑う。
その嬉しそうな笑顔を見た瞬間、私にだって異変は起きた。
「や、やよい! アンタちょっとお腹見せなさいっ!!」
「きゃっ! な、何するの伊織ちゃんっ!?」
突然の私の大声に驚いて声を上げるやよいだったけど、言うが早いか、
私は隣に座ってた彼女のシャツを思いっきり捲り上げて。
すると途端に、ペロンと露わになる肌と、ぷにっとした可愛らしいお腹。
それから、ちまっとついてるおへその窪みも目に入る。
「……あ、あれ? どうなってるの……これ」
だけどやよいのお腹は別になんとも。
膨らんでも無いし、異様におっきくなってるワケでもない。
念のため、私は彼女のお腹を摘まんでみたけど、こっちも特に異常なし。
やよいのお腹は見た目通りぷにぷにではあったけど、中にその……赤ちゃんがいるようにはとても思えなかった。
だから私は、自分でもびっくりするぐらいに情けない声を出しながら、
困ったような恥ずかしいような、今にも泣きだしてしまいそうな顔をしたやよいに向かって尋ねたの。
「ね、ねぇやよい? アンタこれって……本当に妊娠してる?」
「うぅ~……わ、私は妊娠なんてしてないよぅっ!」
そう言って、やよいが真っ赤になった頬をぷぅっと膨らませる。
だけどその言葉を聞いた私は怒ってるやよいとは対照的に、
ヘロヘロと肩の力を抜きながら、「良かったぁ」と安堵のため息をついてたわ。
「そ、そう。妊娠してるのは、アンタじゃないのね……」
「そうだよ伊織ちゃん。私この前、買い物帰りに響さんと会って、病院に行ってたんだって話を聞かせてもらっただけなんだから」
その時、ガンッと何かを打ちつけたような大きな音が鳴り、
床に落ちた湯呑が辺りにお茶をまき散らしつつ転がった。
見ればソファで固まってたはずの小鳥が、今度は目の前のテーブルに頭を突っ伏していて。
僅かに横を向いた顔を見て分かるのは、明らかに焦点の合ってない瞳と、鼻から流れる一筋の赤。
「はわわっ! こ、小鳥さんっ!?」
「小鳥っ!? あ、アンタ大丈夫!?」
すると慌てた私たち二人の声に応えるよう、小鳥は弱々しく腕を持ち上げて、
「じ、事務所がピンチ……アイドルのスキャンダルは、ダメダメ……よ……」
それだけを呟くとがっくりと腕を落とし、そのまま静かになっちゃったのよ。
後はもう何度呼びかけても、「やよいおり」なんてわけの分かんない言葉をうわごとのように繰り返すだけ。
「ど、どうしよう伊織ちゃん! 小鳥さんが、小鳥さんが……!」
「お、落ち着きなさい! 小鳥はちょっと、アンタの話の刺激に耐えられなかっただけで――あぁっ!!」
そして私も、気づいてしまったの。……さっきやよいは何て言った?
『病院に行って分かったの』『妊娠してるのは私じゃない』『買い物帰りに病院へ行っていた響と会って』
それってつまり、妊娠してるのはやよいじゃなくて――。
「妊娠したのは響の方…………ひっ、響が妊娠してるですってぇっっ!!?」
狭い事務所の中に響き渡った私の声は、まるで開幕を告げるナレーション。
こうしてやよいの何気ない一言をきっかけにして、事務所を巻き込む大騒動はその幕を上げることになったのよ。
期待
やよいの口から、「響妊娠」なんてとんでもない発言が飛び出したその後のこと。
今、事務所の給湯室。パーテーションで他の場所から区切られた、
事務所内で一番気密性の高いこの場所に集まってるのは見慣れた面々。
それは私とやよい。そして後から事務所へやって来た、真と雪歩。春香に千早の計六人。
小鳥は、まだ言動に若干怪しいところがあるけれど、外出中の社長や律子と連絡を取ろうと電話中。
後は、ここに居ない他のメンバーのことだけど。美希と貴音は律子と一緒に仕事に出てて、
肝心かなめの響は今、あずさと亜美真美、それからプロデューサーの五人で地方のロケへと出ていたわ。
だから結局、今の段階で私たちにできることと言ったなら、
残ったこの六人のメンバーであーでもないこーでもないと、この話題について意見を言い合うことしかなかったのだけど。
「それじゃあ、今集まれる皆が揃ったところで……始めようか」
妙に重苦しい雰囲気の中、まず最初に口を開いたのは真だったわ。
その声も表情も、普段のアイツとは全然違う、本当に張りつめたものだったから、
「……ちょっと待ちなさいよ。どうして後からやって来たアンタが、さも当然のように仕切り始めてるワケ?」
それがどうにも耐えられず、私はつい少しでも雰囲気を軽くしたい気持ちから、いつものように真にたいして軽口を叩いたの。
だけど真は、真剣な眼差しのまま私を捉えると、
「何言ってるんだよ伊織。こういう話をするのに、順番なんて関係ないだろう?
それにさっきから皆黙っちゃって誰も話し出そうとしないから、ボクがこうして口火を切ったんじゃないか」
「そ、それは……そのぐらい、私にだって分かってるわよ!
……お菓子でもワイワイ食べながら、明るく話せるような話題でもないんだし」
すると私の言葉に、春香が「そうだね」と頷いて、
「とりあえず、誰が仕切るかって話はひとまず置いておくとして……
とにもかくにも、この話が本当だったら事件だよ、事件。まさか響ちゃんが、その……ねぇ?」
「……何よ、歯切れが悪いわね」
「あはは……でもさ、なんかこう、口に出すのがちょっとね。は、恥ずかしいかなぁ~って」
そうして照れたように自分の頭に手をやる春香を見て、私は「思春期かっ!」って言葉が頭に浮かんだものだけど。
よくよく考えてみるまでもなく、今この場にいる全員が、思春期真っ只中ではあるわけなのよね。
だから春香の言うように、そう言った言葉を実際に口にする際の、気恥ずかしい気持ち自体は私にだって理解はできるし……
春香自身も私と同じく、こういう冗談みたいなこと言って、場の雰囲気を少しでも和ませたい気持ちだってあるんだろう。
「……とにかく、我那覇さんが本当に妊娠してるかどうか。それはもう、誰かがキチンと確かめたことなのかしら?
この話を続けるにしろ、まずはそこの確認からだと、思うのだけど」
「あっ……確かに、千早ちゃんの言う通りだよね。私たちはまだ『そうらしい』って話しか、二人から聞かされてないわけだから」
そんな春香の姿を見たからか、彼女の隣に座っていた千早が静かにそう言うと、
皆の分のお茶を用意していた雪歩も手に持っていた急須を置きながら、千早の意見に同調を示したの。
同時に、私たちの間にも「そう言えば……」って空気が流れだす。
すると少しの沈黙の後、春香が意気揚々と右手の人差し指を立てながら
「だったら、今から響ちゃんに直接電話で確認を――」なんて言い出したもんだから、
その場にいたやよいと千早以外の全員に、「何を言い出すんだっ!」って勢いよく止められて。
「あのね、事はデリケートな問題なのよ?
直接会って話すならともかく、軽々しく電話で確認なんて……出来るワケないじゃない!」
「そうだよ春香。いきなり電話がかかって来たと思ったら、『妊娠してるの?』なんて聞かれる方の気持ちも考えてみなよ!」
「もし、勘違いや早とちりだったとしても、前触れなく急にそんなことを聞かれたら……
わ、私だったらその後皆と顔を合わせるのが気まずくて、事務所に来られなくなっちゃうかもしれないよぉ~!」
私と真、それから雪歩の三人に矢継ぎ早に責められて、小っちゃくなった春香が答える。
「あぅぅ、ご、ごめん。こういうのって、やっぱり本人に直接聞いた方が、確実で手っ取り早いかなって思ったから……」
だけど、しゅんと顔を暗くした春香のことをフォローするように、千早がやよいの方を見ながら口を開いたの。
「でも、春香の言うことも間違ってないわ。それに高槻さんの話では、我那覇さんの方から妊娠のことを告げて来たんでしょう?
だったら、彼女的にはこの話題を、別に隠そうとはしてないんじゃないかしら」
「あ、そうですねー。響さんがこの話をしてくれた時は、確かにちょっと恥ずかしそうにはしてましたけど、
別に隠し事や後ろめたいなんて、そんな雰囲気は無かったかなーって」
「なら、もう一度やよいに詳しく話をしてもらおうよ。実際、ボクらも事務所に来た時に軽く説明されただけだったし……
いくら響だって、ことの重大さぐらい理解してるはずだもんね」
二人のその発言に真が両手を組んで答えると、この場にいた五人の視線が一斉にやよいへと集まった。
そう、彼女たちの言う通り。
響はこの話題を隠すでも、悩むでもなくやよいに打ち明けて話してる……
それってつまり、この件が私たちの早とちりによるただの勘違いだって可能性が、まだ十分に残ってるってことだもの。
「……分かりました。でも、私も余り詳しく覚えてるわけじゃありませんから。
少しぐらい、ホントと違うことを言っちゃうかもですけど」
こうして私たちの視線を受けて少し緊張した面持ちになったやよいは、
そう前置きしてから事の顛末を、改めて皆に話し始めたの。
>>12さんのようにキャラの口調などに違和感を感じた方がいらっしゃいましたら、具体的に指摘していただけると助かります。
アイマスSSはもう長いからね…
「あの日、私が響さんと会ったのは、行きつけのスーパーの特売に行った帰りでした。
いつものもやし以外にも、卵やお野菜なんかも多めに買えて。
パンパンになった袋を持ったまま、信号待ちをしてる時に私は後ろから声をかけられたんです。
……今日の献立はどうしようかな、とか。帰ったら洗濯物もとりこまないとなんて考えてた時だったから。
私もうびっくして飛び上がっちゃうかと思ったぐらいで。だけど、振り返ったらそこには響さんが立っていて、
『やよいは買い物の帰り? 自分も今、病院からの帰りなんだ』って」
「あ、ちょっと待ってやよい。すると響は、自分から声をかけてきたってことでいいんだね?
それに服装とかもどうだった? いつもみたいにラフな恰好じゃなくて、肌を出さないような服を着てたりとか」
「はい。いつもみたいにハム蔵を頭に乗せて……服装も、別に普段と変ったところは無かったと思います」
「高槻さん、私からも質問なのだけど。その時我那覇さんは一人だったのかしら? 他に誰か、一緒だったりは……」
「えっと、覚えてる限りでは、響さん一人だけだったかなーって。
それで病院の帰りだって聞いたから、私、響さんのことが心配になっちゃって。
だから、『どこか具合が悪いんですか?』って聞いてみたんです」
やよいの身振り手振りを交えた説明に真と千早が質問を投げかけると、
やよいはそれぞれの疑問に答えた後で、少しだけ難しい顔になって口ごもる。
実際に響がやよいに言った話の内容を、出来るだけ詳しく思い出そうとしてるのだろう。
やよいはなんとも自信のなさそうな表情で給湯室のテーブルに目線をやったまま、それでもなんとか話を続けた。
「そうしたら、響さんはちょっと照れたみたいに笑って、
『そうなんだ。最近お腹がおっきくなってたから、不思議に思って病院に行ってたんだぞ』って」
すると春香が、珍しく真面目な顔で「うんうん」と相槌をうつ。
「なるほどねぇ……そこで響ちゃんは、やよいに妊娠してたってことを教えてくれたわけなんだね!
いやー、私だったら自分のお腹が大きくなったら、
まずは病院に行くことよりも『太っちゃったかな?』なんて心配をするとこだけど――」
「春香! アンタはちょっと黙ってなさい! それでやよい、その後一体どうなったのよ?」
「はわっ! え、えっと……春香さんが言った通り、その後で響さんが、『検査をしたら、おめでただったんだ!』って。
おめでたって、妊娠したってことで合ってますよね?
だけど私、その時は響さんじゃなくて、飼ってる動物のことだと思ってたんです。
それからすぐに信号も変わって、私もそこで響さんと別れて……けど」
やよいはそこで言葉を切ると、今度は少し申し訳なさそうな表情になって私の方を向いた。
……な、なに? やよいったら、どうしてそんな目で私を見るのよ?
「だから今日事務所で小鳥さんと一緒にテレビを見てる時、丁度ペットの特集が始まった時に、
私、このことを思い出して伊織ちゃんに話したんですけど……そうしたら、伊織ちゃんは響さんが妊娠してるって。
それで私も、気づいたんです。私、響さんから『おめでただった』ってことは聞いたけど、
一体誰のことだったかまでは、ちゃんと聞いてなかったなって」
覚えていることを全て喋り終えたのか、やよいがばつの悪そうな顔をして、上目遣いに皆を見上げる。
「あの、こうして改めて説明すると、なんだかやっぱり私の話し方がいけなかったかもですね。
響さんのことなのか、ペットのことなのかも分からないまま、私が伊織ちゃんに話しちゃったから……」
そうして涙目で「ごめんなさい」と頭を下げたやよいに、真が慌てた様子で口を開いて、
「だ、大丈夫だよやよい! 実はボク、今の話を聞いてちょっと気が楽になってるんだ!」
「う、うんうん! 私も、真と同じかな。最初は響ちゃんが妊娠してるなんて言われて驚いたけど、
話の中の本人の様子だと、どうも赤ちゃんができたのは響ちゃんじゃなくて、飼ってるペットの誰かって感じだもんね!」
「そうそう春香、ボクもそれが言いたかったんだよ! 今まで出た話から推測すると、
どうやら今回の件はやよいの話を聞いた伊織の早とちりからの勘違いで、大げさな話になっちゃったみたいだからさ」
「あ、アンタたちね! 二人揃って早とちりする私が悪いなんてこと言ってるけども、
誰だっていきなりこんな話を聞かされたら、びっくりして勘違いしてもおかしくはないでしょう!」
「でも伊織? 響ちゃんはまだ十六歳で、私たちって全員アイドルなんだよ?
子供が出来るってことは、勿論そのための相手がいるってことだし。
それってつまり響ちゃんが妊娠するには、誰かお付き合いしてる人が必要なわけで」
「うん、まったく春香の言う通りだね。ボクらアイドルに恋愛はご法度だし、それでも響が誰かと付き合い始めたって言うならさ、
毎日顔を合わせてるボクらだって何か気づくはずじゃない。
だけどボクが覚えてる限りそんな雰囲気の変化とか、隠し事してるなんて気配を響からは全然感じなかったし」
「あら真。それってアンタが人の些細な変化にも気がつけないような、鈍感な感性の持ち主だって告白?」
「~~っ! 伊織ぃ!!」
「もう! 伊織は響ちゃんを妊娠させたいの? させたくないの!?
皆が勘違いかもって言ってるのに、どうしてそう藪をつつくようなことを言っちゃうかなぁ……」
「う、ぐぅ……だ、だってアンタ達が揃いも揃って、私のことをあーだこーだ言い出すもんだから……」
私は散々好き勝手言ってきた春香と真を睨みつけながら怒ったように反論してたけど、心の中では二人と同じ。
少し恥ずかしい話ではあるけれど、どうも自分の思い違いだったみたいだし、慌てた分だけ損しちゃった……なんて。
この瞬間までは、確かにこの場にいる殆どの人間が、今回の件を「勘違いだった」で終わらそうとしてたのよ。
未成年の妊娠と飼ってるペットの妊娠だったら、明らかに後者の方が気軽に話せる話題だし、
それなら電話で確認を取ることに、気兼ねする必要もないじゃない?
後はそう、今はロケに行ってる響にちょっと電話して、「ペットに赤ちゃんが出来たんですってね?」なんて聞くだけで、
このもやもやした気持ちも綺麗さっぱり晴れるわけだもん……って。
……だけど一度上がってしまった舞台の幕は、そう簡単に下ろされることはなかったわ。
さっきまでの息苦しい雰囲気はどこへやら、
ようやくワイワイと普段の調子を取り戻し始めた私たちに向けて、「でも……」と良く通る声が制止をかける。
「でも……高槻さんの話だけでは、我那覇さんが妊娠してる可能性をまだ完全に否定することはできないわ。
……私にだって皆が勘違いだったと思いたい気持ちは理解できるけど、
少しでも疑いが残ってる限り、この件はそんな簡単に結論付けても構わない問題なのかしら」
見ると六人の中で最もお堅い性格をしてる千早が、深刻そうな表情をして私たちのことを見回していた。
……ひと昔前の彼女なら、こういう話題にたいして「私には関係のないことです」ぐらい言いそうなものだったのに。
それは同時に、今の彼女にとって事務所のメンバー……仲間というものを、
自分の打ち込む「歌」と同じぐらい大事にしてることが分かる発言でもあって。
そんな千早にたしなめられて、少しだけ軽くなっていた給湯室の空気が再び張りつめたものへと戻っていく。
するとさらに追い打ちをかけるよう、それまで黙って話を聞いていたはずの雪歩が、おずおずと私たちの会話の中に入って来た。
「あの、一つだけ私からも聞いていいかな……? やよいちゃんが響ちゃんと会ったのって、もしかしてこの前の木曜日?
確か、木曜は特売の日なんだって、以前私に教えてくれたよね」
「はい! 雪歩さんの言うとおり、スーパーの特売は木曜で……でも雪歩さん。それが一体、どうかしたんですか?」
雪歩の質問にやよいが答え、その場の全員の視線が、今度は雪歩へと注がれる。
すると彼女は、少しだけビクッと肩を震わせたけど、
「あ、あのね……実はその日に、私も響ちゃんに会ってるんだ。
……正確には会ってるというよりも、私が事務所に来る途中、響ちゃんのことを街で見かけたってだけなんだけど」
それは私たちの浮かれた気分を沈ませるには、十分すぎる程の威力を持った新情報。
事実、話をしている雪歩自身も、なんだか思いつめた表情で続きを口にして。
「それで多分、私が響ちゃんを見かけたのは、やよいちゃんが彼女と会うよりも前になるのかな。
……ほら、この前の木曜は響ちゃん、確かお休みだったよね?
だから私、初めは『買い物にでも出てるのかな?』なんて思ってたんだけど……」
そうして雪歩はためらうように視線を泳がせた後、
まるで喉に引っかかってた何かを吐き出すようにその言葉を口に出したの。
「私の記憶が正しければ、確かその時は響ちゃん、プロデューサーと一緒に歩いてたんだ」……って。
続き気になる
可能性としてはPと付き合って響自身が妊娠したか
Pに付き添いとして一緒に行ってもらい動物を預けそのまま別れたか
後者の方が濃厚な気がするけどな
後者なら動物預けて別れる直前に雪歩に目撃され別れたあとにやよいと会った
まさかハム蔵さんが妊娠?
は、は、春香が妊娠なんてあり得るわけないじゃないッ!!!?
運動した方がいいぞ
そうだよな……お腹の子の為にも
スイミングが良いらしいな
「Smoky Violet」をSmoky繋がりで竜宮がカバーしてくれたりせんかな。無理か。
一瞬、給湯室の中がシンと静まり返ったけど、
すぐに一番のお騒がせ者が「ちょっと待ってよ!」と声をあげたわ。
「待ってよ雪歩! 雪歩の言う木曜日って、プロデューサーさんは普通にお仕事だったよね?
なのに、オフのハズの響ちゃんと一緒にいたなんて……! ま、まさかとは思うけど、響ちゃんを妊娠させた相手って――!?」
そうして頭の上に大きな「?」マークを付けたままの春香は何だかとんでもない想像までし始めちゃったから、
隣で聞いてた真がたまらず、「何を言い出すんだよ春香ってば!」と彼女の言葉を遮った。
「あのね! 随分と混乱してるようだけど、まだ響の妊娠は確定じゃあないんだよ? なのにどーしてまぁそんなこと……
大体、プロデューサーがボクらの休日に付き合ってくれることだって、前からよくあることだったじゃないか。
仕事の合間の息抜きだとかなんとか、それらしい理由を律子に向けてでっちあげてさ!」
「そうですよ、春香さん。
私だってお休みの日に妹や弟たちを遊びに連れて行くのを、何度か手伝ってもらったことがありますし!
きっと響さんも、何か用事を手伝ってもらってただけかもしれないじゃないですか」
「……我那覇さんが頼むなら、やっぱりペットの散歩をお手伝いとかかしら。
私の時みたいに、探していた曲の入ったCDをわざわざ自宅まで届けてもらうなんてことは……彼女の場合無いと思うもの」
「あ、意外と皆同じなんだ。私もこの前、金物屋さんを巡るのを一緒に付き添ってもらっちゃって……
そう考えると私たち、結構プロデューサーとプライベートでも関わりがあるんだよね。
……えへへ。何だかこういうの、私たちとプロデューサーの関係がお仕事だけじゃない気がして、ちょっと嬉しいかも♪」
「それにプロデューサーって悩みの相談に乗ってくれたりもしてくれて。私、家では自分が一番お姉ちゃんだから、
プロデューサーと一緒にいると時々本当のお兄ちゃんみたいに思えて、その度に『うっうー!』って気分になりますもん!」
「あー、やよいのその気持ち、ボクにも何となく分かるかな。
プロデューサーってさ、まるで頼りになる親戚のお兄さんって感じだもんね」
四人の会話の内容がプロデューサー談義へと賑やかに脱線して行くと、
そんな彼女たちの会話を聞いていた春香が、どうにも釈然としない顔でこちらに振り向いた。
だから私も、なんだか恨めしそうな目で見て来る春香に向けて、小さくこくりと頷いてみせる。
「そ、そりゃあ私だってティータイムの話し相手が欲しいからってアイツを呼び出したことの一度や二度はあるけれど……
で、でも! それだって事前に向こうが暇してるって言ってたからで、
別に私から無理やり付き合わせてたわけじゃないんだから。……そ、そこの所は、アンタも勘違いしないでよねっ!」
「だけどそれでも伊織だって、皆みたいにプロデューサーさんと会ってるんじゃない!」
私の言葉に、勢いよく春香が噛みつく。
それから今度は、むすっとした表情で全員の顔をぐるっと見回して、
「もう! 話を聞いてたら皆お休みの日までプロデューサーさんの手を煩わせすぎだよ!
私なんかオフの時まで面倒をかけちゃうのは悪いかなって、
休みの日は近くまで来ても、事務所の方には寄らないようにまでしてたのに!」
眉をハの字に。顔も真っ赤にして言う春香に、
私は「それもちょっと気を使い過ぎじゃない?」 なんて思ったけれど。
私と同じようなことを感じたのか、真も呆れた顔をして反論する。
「ちょっとちょっと春香、勘違いしないでよ。別にボク達だってプロデューサーと遊ぶために会ってるわけじゃないんだし。
やよいも言ってたけど、ボクらは相談事を聞いてもらったり、自分の手に余る用事を手伝ってもらってるだけで……
それも大抵ボクらから頼むんじゃない、プロデューサーの方から声をかけてくるんだから」
「えぇ~……だったらなおさら納得いかないよぉ。私は皆と違ってそんな風に声をかけてもらったこと、一度も無いのに……」
春香が拗ねたように口を尖らせると、それをなだめるように千早が言った。
「でも、春香は他の皆よりしっかりしてるもの。
それに貴女だけじゃない、律子や四条さんなんかもプロデューサーとオフに会ってるような話は聞かないし……
それはつまり、春香は彼女達と同じよう、大人扱いされてるってことなんじゃないかしら」
「そ、そう……かな? 千早ちゃんが言うように、私ってプロデューサーさんからしっかり者に見られてるのかな?」
「ええ。少なくとも、私はそう思うわ」
そうして微笑んだ千早に、春香が「てへへ」と照れたように微笑み返す。
すると二人のやり取りを聞いていた真が、やれやれと言った様子で首を振り、
「とにかくさ。ボクが言いたいのは響とプロデューサーが例え一緒にいたとしても、何の不思議も無いってこと。
さっき千早も言ってたけど、大方散歩の手伝いか買い出しの荷物持ちか……そんな所じゃないのかな?」
そうして真が、「ねっ、雪歩?」と話を振ると、声をかけられた雪歩は驚いた顔になって、
「うん、実はそうなんだ。本当はその時、私は二人に挨拶をしようとしてたんだけど……ちょどほら、あの子も一緒で。
だから私、どうしても二人に近づけなくて」
「あの子? ……あぁ、そう言えば萩原さんは――」
「うぅ……やっぱり私、肝心なところでダメダメだよね。
頭では『大丈夫だ』って理解してるつもりなのに、いざ本物を前にしたら足がすくんで、体も動かなくなっちゃって。
……結局二人にも、そのまま声をかけそびれちゃったんだ。
せめてあの時、私が何をしてたとか、何処に行くかだけでも聞いていられたら、今頃は……」
話しながら、徐々に口ごもりうなだれる雪歩。
けど、誰がそんな彼女を責める気になれるって言うのよ。
ジャンバルジャンを飼ってる私が言うのもなんだけど、響が飼ってるあの子も中々の大きさだから。
そんな中自分から声をかけていくなんて、雪歩には荷の重い話でしょうし。
「まぁ、過ぎたことを言ったって始まらないわ。それよりもこのままじゃ私たち――」
――何の結論も出せないわね。そう、私が言おうとした時だった。
すっかり暗い雰囲気になってた給湯室に、外から空気を変える声が聞こえてきたの。
「あのー、お話の途中に悪いけど、皆ちょっとだけいいかしら?」
目をやると、そこにはパーテーションの陰から小鳥が顔を出していて。
「皆まだまだ話し足りないかもしれないけれど、伊織ちゃんとやよいちゃんは、午後のお仕事に行く準備をしなくっちゃ。
律子さんだって、もうそろそろ戻って来るハズだから」
言われるままに時計を見れば、確かにもう少しで午後の仕事が始まる時間。
……でも妙ね? 普段の律子なら送迎の時間に余裕を持たせられるよう、とっくに事務所に戻って来てるはずなのに。
私が不思議に思ってそのことを尋ねると、小鳥も首を傾げて心配そうに答える。
「それが社長も律子さんも、二人とも連絡がとれなくて……響ちゃんの疑惑があるから、私も早く相談したいんだけど、
プロデューサーさんの方もさっきからずっと誰かと話し中なのよ」
小鳥の説明を聞いた私は、「この忙しい時に、アイツらは一体何をやってるのよ?」なんて思ってたんだけど。
結論から言えば、この時社長や律子たちが追われていた問題の正体はそれからしばらく経ってから、
律子が事務所に戻って来たことで明らかになったわ。
……だけどそれは事態をさらにややこしくする、言うなれば次の舞台の開幕を告げる第二の事件。
やけに雰囲気の暗い美希と貴音を引き連れて事務所に戻って来た律子は今、
彼女の体を支える小鳥の体にすがりつくようにして抱き着いて、皆の見ている中ボロボロと大粒の涙を流して泣いていたの。
「ど、どうしちゃったんですか律子さん!? その顔に、その恰好……!」
「う、ぐぅ……小鳥さん、小鳥さあぁぁん!」
「それに何で泣いてるんですか! 一体何があったんですかっ!?」
「それが、それがぁ……! ついさっき、ひぐっ、で、電話があって……!」
そんな二人を囲むように立つ私たちは、
「あの」律子がこんな風に泣いているという現実に圧倒されて、「大丈夫なの?」と声をかけることすらできなくて。
でも……でもそれだって仕方がないでしょう!?
事務所に戻って来た時から既に律子はその目を真っ赤に腫らしてて、
私たちの顔を見るなりよろよろと泣き崩れちゃったんだから!
だから私たちも、これは何か余程の事が起きたに違いないと身構えてたの。
そうしたら案の定、律子の口から飛び出したのは……。
「あ、あずささんと響たちが、ロケ先で行方不明になったって……
ぐすっ、ぷ、プロデューサー殿から連絡が、あ、あったんです……っ!!」
弱り目に祟り目、踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂にその他あらゆる言い回しが私の頭の中をエトセトラエトセトラ。
その時の私は目の前が真っ暗になるっていう感覚をこれでもかという程に感じながら、
このやり場のない気持ちをどこにぶつけるべきかを考えてたわ。
――あぁもう、だからって何もこんな時じゃなくたって……! ここの事務所って実は呪われてでもいるんじゃないの!?
でなきゃどうしてウチの事務所にはこう次から次へと、厄介事ばかり飛び込んでくるのよっ!!
×「春香! アンタはちょっと黙ってなさい! それでやよい、その後一体どうなったのよ?」
○「春香、お願いだからアンタは少し静かにしてて……それでやよい? その後は一体どうなったのよ?」
>>51
×「うん、実はそうなんだ。本当はその時、私は二人に挨拶をしようとしてたんだけど……ちょどほら、あの子も一緒で。
○「うん、実はそうなんだ。本当はその時、私は二人に挨拶をしようとしてたんだけど……ちょうどほら、あの子も一緒で。
最初もっとシンプルな話だと思って読み始めたのに…
続き楽しみにしてます
迷子探しに行った伊織たちが生放送中に戦時中の財宝を見つけたり、片田舎の漁村で響が猟奇的殺人犯に襲われたりしてしまい、
妊娠騒ぎどころでない展開になってしまうため、現在スケールダウンするために書き直し中。
13人全員活躍させようと、二つのお話を一つにまとめようとしたのは流石に無理があった。
妊娠騒動の方は最後まで書き溜めが完了したら、改めてここに投下しますです。申し訳ない。
そして書き溜め修了したら改めて最初から一気に最後まで貼ったら?
【アイマス】事務所内外騒動記録録
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472264578/
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