あと遅刻
私はいつも思う。
人生の中で別れというものは突然やってくる、と。
それが束の間の別れでも、永遠の別れであっても。
昔、私はお姫ちんにこんな話を聞いた。
人と人との繋がり。「縁」と呼ばれるもの。
それは常に自分と相手の間で水のように変化し続け、相手との距離をくっつけたり遠ざけたり、時に切り離してしまったりする。
ただ目に見えないだけで、人と人の関係には常に様々な反応が起こっている。
だから、それに気づけない人(そんなの気づけるのはお姫ちんくらいだと思う)は別れが唐突に訪れたように感じる。
分かるような分からないようなよくあるオカルトっぽい話だけど、お姫ちんがすっごい真面目に話してくれたので、私も真面目に聞いていた。
でも、いつ訪れるか分からない別れに怯えながら日々を暮らさなきゃいけないなんて、なんだかやるせない話だとも思ったんだ。
16年間生きてきて、私も人並みに別れというものを経験してきたつもりだ。
親しい人との別れの時は、いつも決まって景色は涙の色に染まっていた。
一番記憶に古い別れは、確か私が中学二年生になったばかりの頃。
同じ事務所のあずさお姉ちゃんが結婚を機にアイドルを辞める事になった。
お相手は某TV局のディレクターさんで、見た限りはかなりおっとりした人。
私としてはあずさお姉ちゃんはガンガン引っ張ってってくれる感じの人と一緒になるのかな、なんて思っていたんだけど、二人並んでいるところを見ると本当に幸せそうなので、意外とお似合いの二人なのかもしれない。
……運命の人、だったのかな。
ずっと同じユニットで活動してきて、一緒にたくさん笑ってたくさん泣いて、たまにケンカもしたりして。
いつも側にあった優しい笑顔がもう他の誰かのものなんだと思うと、胸にぽっかりと穴が空いたような気持ちになった。
竜宮小町の四人だけでの最後の集まりの時なんかは、私だけじゃなくりっちゃんもいおりんもわんわん泣いてたっけ。
それでも、あずさお姉ちゃんはいつもと変わらない優しい笑顔を湛えて、「本当にごめんなさい」と繰り返していたのを覚えてる。
次に訪れた別れは、中学三年生の夏だった。
りっちゃん……秋月律子プロデューサーが765プロを卒業し、独立して新しくアイドルプロダクションを立ち上げたのだ。
当時の私にはあまりよく分かってなかったけど、確か今もりっちゃんの会社は765プロと業務提携の関係にあったはず。
りっちゃん曰く、「もともと考えていた事ではあったけど、竜宮小町が解散したのがいいきっかけになった」らしい。
そして、これは私も驚いたんだけど、いおりんとミキミキがりっちゃんと一緒に765プロを出ていったのだ。
りっちゃんがいおりんを連れて行くのはまあ分かるとして、もう一人がなんでミキミキなのか。
私じゃ役不足だったのか。
確か、なぜ自分を連れて行ってくれないのかりっちゃんを直接問いただした記憶がある。
その時は、
「もちろん、亜美は長年手塩にかけて育ててきたアイドルだもの、連れて行きたいわよ。でも、真美と離ればなれにするのも可哀想だし、何よりあなたは受験生でしょ? 今は勉強に専念なさい」
と、うまくはぐらかされてしまった。
まだ子供だった私(今も大人とは言い難いけどね)は、その時りっちゃんの事を少し恨んだ気がする。
ともかく、旧竜宮小町はこれで私ひとりになってしまった。
その後私が高校生になってからも、別れは度々訪れた。
ひびきんとまこちんが765プロを辞め、ダンススクールの講師になった。
千早お姉ちゃんが本場の音楽を学びたいと言ってイギリスへ留学してしまった。
ゆきぴょんがアイドル活動を休止し、作詞家としてデビューした。
お姫ちんは故郷へ帰っていった。
今やあの頃のメンバーで765プロに残っているのは、私と真美、やよいっちにはるるんだけとなってしまった。
そして現在。
高校二年生になった私に、最大の別れが訪れようとしていたーー。
突然だけど、私は今、ピンチに立たされている。
はっきり言って人生最大のピンチかもしんない。
目の前のテーブルには謎の呪文が書かれた古文書が山積みになり、早く解けと私を責めたてる。
ペンを持つ手は震え、一文字書くのにも相当の精神力を必要とする。
頼れる者はいない。
ただ己の力のみを信じて私は問題に立ち向かわねばならないのだ。
亜美「いざ進め、亜美。地球の未来はお前の小さな手に掛かっているのだー!」
やよい「地球の未来よりもまず自分の未来でしょ? ほら、この問題間違ってるよ?」
やよいっちは私がさっき解いた(つもりでいた)問題を指差した。
亜美「くそぅ……」
私は苦労して書き連ねた(が、実際は全く見当違いだった)計算式を涙目になりながら消しゴムで消した。
……テストなんてこの世から無くなればいいのにな。
亜美「……ねえやよいっち、ちょびっとだけ休憩にしない? 私、小腹が空いたかなーって」
やよい「気合い入れてやらないとまた赤点取っちゃうよ? 『勉強教えて』って言ってきたのは亜美でしょ? まずは区切りのいいところまでやっちゃおうよ」
亜美「うぅ……し、しかしですな」
私はさっきの問題を改めてじっと見つめたが、xやらyやらといった無機質な文字と心を通わせることは、やはり難しそうだった。
やよい「この場合は、ほら、この公式を使って……」
やよいっちがこんなに親身になってくれてるというのに、私のこの体たらく。
自分が情けなくなってくる思いだよ。
言われた通りに私がつらつらと式を書いて(ただ書き写しているだけとも言う)いると、事務所の扉が開く音がした。
春香「お疲れ様、二人ともー。クッキー作って来たよ! お茶にしない?」
亜美「おお、はるるん! 我が心のオアシスよ……」
やよい「仕方ないなぁ、もう」
はるるんの登場でひとまず勉強会は休憩になり、そのままお茶会へと移行した。
はるるんはこないだめでたく21歳を迎えたわけだけど、今も昔と変わらずこうしてちょくちょくお菓子を作ってきてくれる。
って言っても、昔と違ってうちの所属アイドルは四人になってしまったので、作ってくる量は控えめになったんだけど。
亜美「んむんむ……あー、はるるんのクッキーってホント最高だよね。これを世界中に配ればもう戦争とか起こらないんじゃないかな?」
春香「そ、そんな大げさだよー」
やよい「いえ、ホントにおいしいです、春香さん! 戦争はともかくこれ、お店を持てるレベルだと思いますよ?」
春香「もう、やよいまで持ち上げちゃってぇ」
そう言って照れるはるるんの姿は、年相応の色気が追加されていてなんだか色っぽい。
見た目的には昔と大きく変わったところはないんだけど、全体的に少しずつ大人っぽくなった感じがする。
亜美「……あ、あとこないだ作ってきてくれた鯖の味噌煮、あれもチョーおいしかったよ。はるるんは普通の料理の腕も進歩してるんだねぇ」
春香「ホント? そう言ってもらえると嬉しいなぁ。また作ってくるね!」
亜美「うん、期待してるよー」
春香「それで亜美、テスト勉強はどう?」
亜美「どーもこーもないよ……。今度のテストはマジでヤヴァいかも……」
春香「えっ、やよいのアシストがあってもダメなの?」
亜美「いや、やよいっちは丁寧に教えてくれてるんだけど、私の理解力が足りないとゆーか、数学とは特別相性が悪いとゆーか……」
やよい「ううん、本当は私がもう少し上手に教えてあげられればいいんだけど……」
ちなみに、やよいっちの学力は高校に入ってから大爆発した。
それまでずっと一生懸命勉強してきたのがやっと実を結んだって感じ。
今じゃ学年で30位以内とか余裕で入るらしい。
そこで私は、テスト勉強の助っ人としてやよいっちに白羽の矢を立てたわけなのだ。
あーあ、私の学力も大爆発しないかなー。
春香「そういえば、亜美って理系なんだね。ちょっと意外かも」
亜美「うん。真美が理系選択したから、なし崩し的にね」
春香「もー、適当だなぁ」
やよい「数2だったら、大学に進学した雪歩さんか伊織ちゃんがいれば上手く教えてもらえたかもですけどねー」
残念ながら二人ともすでに765プロに所属しておらず、それぞれの道を歩んでいる。
ゆきぴょんは大学在籍中にアイドル活動を休業し、昔からの趣味が高じて本物のポエマーとなった。
自費出版した詩集はなかなかの売り上げをあげているらしい。
それに、作詞家としても並行して活動しているとのことだ。
いおりんは、独立したりっちゃんの元、ミキミキと二人でユニットを組み、アイドル活動を続けている。
才気溢れる二人のユニットはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、彼女たちはオリコン上位の常連さんだ。
春香「テスト勉強かぁ……なんだか懐かしいなぁ」
亜美「そっか、はるるんは高校卒業してもう三年経つんだね」
光陰矢の如し、だっけ。
月日が流れるのは本当に早いよね。
私と真美も高校二年生だし、やよいっちなんて受験生だよ。
やよい「そういえば、春香さんはなんで大学に進学しなかったんですか?」
やよいっちの問いに、うーん、とあごに人差し指を当てて思案するはるるん。
はるるんが大学に行ったら、周りの男子がほっとかないよね、きっと。
春香「興味がなかったわけじゃないんだよね。キャンパスライフってなんだか楽しそうに思えたし」
遠い目で語るはるるんは、なんだか大人びて見える。
最近少し伸ばしてるらしい髪がそう思わせるのかもしれない。
春香「でも、私って不器用だからさ。多分アイドル業と他のことを両立なんてできないなーって思って」
「あはは、ダメだよねぇ、こんなんじゃ」と、頭を掻いて照れ笑い。
ずいぶん言い方は控えめだけど、はるるんの言葉の真意はなんとなく伝わってくる。
たぶんやよいっちも分かってるんじゃないかな。
やっぱりはるるんは純粋なアイドルバカなんだって。
やよい「えへへ、さすがは春香さんですね!」
春香「え、えっと、そのさすがは不器用にかかってるのかな……?」
亜美「単純に褒めてるんだよ、はるるんの事」
春香「えっ……?」
確かにアイドルはキラキラ輝けるし、楽しいこともたくさんある。
でも、楽しいだけじゃない。
辛くて苦しくて、泣き出しそうになることだってたくさんある。
それを全部まとめて大好きってことなんだよね、きっと。
大人になってもそういう一途さを無くさないはるるんが私は大好で、尊敬しているんだ。
亜美「……うん、はるるんはいつまでもそのままバカまっしぐらでいてよね!」
春香「それって褒めてないよね!?」
やよい「なんとなく、私も亜美と同じ気持ちです」
春香「やよいまで!?」
やっぱり私の目指すアイドル像ははるるんなんだなぁ、と再確認した。
やよい「……さ、そろそろ休憩は終わりにして続きやっちゃおう、亜美」
亜美「うぅ……また地獄の時間が……」
春香「ごめんね、亜美。情けないけどそっち方面で私に手伝える事は無いなぁ」
その後勉強会は遅くまで続き、兄ちゃんの「あれ、まだいたの?」の言葉でようやくお開きになった。
真美「……え? テスト勉強? もちろんしてるに決まってるっしょ!」
お風呂場に真美のバカでかい声が響く。
「近所迷惑でしょ、少しトーンを落としなさい!」とママの怒鳴り声が聞こえてきた。
だから私は声を抑えて真美に訊き返した。
亜美「マジ? いつやってんの? ただでさえ学校と仕事で大変なのに」
真美「ふっ、そいつぁ言えねえな」
湯船に肩まで浸かり、頬をほんのり染めた真美がニヤリと不敵に笑った。
頭に乗せたタオルがなんともオヤジくさいけど、これが双海流入浴術なのだ。
私は身体に付いたボディソープをシャワーでキレイに洗い流し、真美に声をかけた。
亜美「洗い終わったよ、真美」
真美「おっけ。んじゃ交代ね」
ざばぁ、と湯船へ勢い良くダイブ。
する直前にすれ違った真美の身体をちらりと見た時、私は微かな違和感を感じた。
亜美「ねえ真美、ひょっとして……大っきくなった?」
私の言葉に、真美は少し恥ずかしそうに胸を隠しながら言った。
真美「えっへへ、やっぱわかっちゃう? なんかブラがきついなーと思って昨日改めて測ったら、85になってた」
亜美「なん……だと……?」
中学まではほとんど同じだった私と真美にも、高校生になって色々な違いが顕れはじめていた。
身体的なものも、精神的なものも。
それらはみんなほんの僅かずつの差だったけど、なんだか真美との距離が少しずつ離れていってしまうような、そんな焦りを少なからず私に感じさせた。
真美「でも、大っきくなったって言っても1センチだかんね? それに身長は亜美の方が高いじゃん」
亜美「それはそうだけどさぁ」
長い髪を上げた真美のうなじがなんとも色っぽくて、私はちょっぴり寂しい気持ちになった。
真美「……あ、そだ」
体を洗い終わった真美が、おもむろにこちらに向き直った。
亜美「なに? 一緒に湯船入る?」
私が身体をすくめて真美の入れるスペースをつくると、真美は真面目な顔になって首を振った。
真美「そうじゃなくて。……明日さ、事務所行く前に話があるんだ。だから少し早めに出よ?」
亜美「え、なにそれ、もしかしてシリアスなやつ?」
真美「うん、シリアスなやつ」
こんな風に改まって切り出されるのは初めてかもしれない。
というか、私と真美の間でシリアスな話ってどのくらいしたことあったっけ……。
その時の真美の真剣な表情は、結局その日寝る時まで私の頭から離れなかった。
次の日、真美の話を聞くために私たちはとある喫茶店に来ていた。
オシャレな感じで、どこか落ち着いた雰囲気のお店。
そこで切り出された話に、思わず私は声を上げてしまった。
亜美「……え!? 真美、アイドルやめんの?」
真美「うん。もう決めた」
二杯目のコーヒーにミルクを注ぎながら真美が言った。
私がシュガーポットを差し出すと、「大丈夫」と断られた。
仕方ないので私は自分の紅茶に口を付ける。
時間が経ってすっかり冷めてしまった紅茶は、なんとも言えないがっかりする味がした。
真美「いいお店だね、ココ」
真美が店の中を見回して言った。
亜美「うん。さすがゆきぴょんの行きつけって感じかな」
ホカホカと湯気を立てるコーヒーを美味しそうに飲む真美を見て、私は冷めてしまった紅茶を無理やり流し込み、店員にお代わりを頼んだ。
お昼時を過ぎた店内にはまだちらほらとお客さんがいるみたいだけど、誰もがのんびりと時間を過ごしている。
また、店内に音はほとんど無く、たまに新聞紙の音や店員の足音が聞こえるくらい。
静かな空間とコーヒーの香り、木目鮮やかなテーブル、それがこのお店の売りらしい。
亜美「ねえ、やめるっていつ? まさか今すぐじゃないよね?」
真美「一応、来年の春で活動に区切りをつけるつもり。三年生になったら勉強に専念したいから」
受験勉強ってどのくらいに始めるのが普通なんだろう。
真美が大学を目指すのは私たちが高校生になった時に聞いてはいたけど、今日初めてその理由を真美の口から聞いて驚いた。
真美は医者になるつもりらしい。
つまり、ウチの病院を継ぐつもりなのだ。
確かに真美は長女だし、真美が病院を継ぐのが順当なんだろうけど。
でも、ショックだった。
というか、私には真美の考えは理解できなかった。
アイドルをやめるという事は、私とは違う道を行くわけで。
今まで当たり前のようにずっと二人で並んで歩いてきた。
色々な景色を二人で見てきた。
ケンカもそこそこしたけど、このままずっと二人でアイドルを続けていくんだろうなぁ、と私は思っていた。
それが、急に私だけ取り残される事になったのだ。
私はまるで親鳥を失った雛のような気持ちになった。
真美「ごめんね、亜美。報告が遅くなっちゃって」
亜美「……兄ちゃんとか社長には? なんて説明するのさ」
真美「プロデューサーにはもう話はしてあるんだ。色々相談に乗ってくれたよ」
その言葉を聞いて、双子の自分に最初に教えてくれなかった事に、私はますます悲しくなった。
今までどんな時だって隠し事なんてなく、二人でなんでも共有してきたのに。
真美がコーヒーカップを置いた時のカチャリという音が、ものすごく不快なものに聴こえた。
真美「ってことで、そろそろ時間だね。お仕事遅刻したら大変だし、行こっか」
真美が伝票を持って立ち上がったが、私の視線は未だ真美の飲んでいたコーヒーカップに釘付けだ。
そういえば真美って、いつからコーヒーなんか飲むようになったんだっけ……。
真美「……亜美?」
覗き込むような姉の顔を見ずに私は席を立った。
そして真美から伝票を無理やり奪い、スタスタとレジへ歩いて行く。
でも、ここのところお小遣いを使い過ぎていたのをすっかり忘れていて、結局清算は真美に頼る羽目になってしまったのだけど。
事務所では、兄ちゃんが出迎えてくれた。
P「おはよう、待ってたぞ」
既に出発の用意はできているらしく、いつものスーツにいつものカバンを持ち、車のキーを指で弄んでいる。
真美「お待たせ、プロデューサー。時間、平気?」
P「まだ大丈夫だけど、一応早めに出ておこうか」
真美「うん、分かったよ」
兄ちゃんと真美のそんなやり取りを横目に私はどさっとソファに倒れ込んだ。
竜宮小町が解散した後、私と真美は二人でユニットを組んだ。
双子アイドルというのが珍しいものだったのか、それともそれまでの知名度のおかげか、私たちのユニットは加速的に売れていった。
ライブをやるのも営業行くのも、レッスンやレコーディングも、何をするのもずっと真美と一緒だった。
だから、忙しくても楽しかった。
竜宮小町時代は真美と私は別々だったので、二人で一緒に活動できる事は私もすごく嬉しかったし、真美も喜んでくれていたと思う。
でも、最近は別々の仕事が多くなってきていた。
今日も真美一人で雑誌の取材のお仕事だ。
兄ちゃんが言うには、
「売れてきた今こそ二人の違いを際立たせていくべきだ。双子だからっていつまでも二人一緒ってわけにはいかないからな」
という事らしい。
営業戦略ってヤツなんだろうけど、兄ちゃんのその試みは今の私にとって真美との距離をますます広げる障害でしかなかった。
真美「それじゃ行ってきまーす」
P「帰りは20時頃になると思いますんで、音無さんは終わったら上がっちゃってください」
小鳥「はぁい。二人とも気をつけて行ってらっしゃーい」
そんな会話を遠くに聞きながら、私はクッションを頭にギュッと乗せる。
今日の私の予定はダンスレッスンなんだけど、全然そんな気分にはなれない。
いっそこのままふて寝でもしてしまおうか。
もう765プロにはいないけど、今の私みたいにソファには大体ミキミキが寝ていたっけな。
懐かしい顔を思い出しながら、私の意識は少しずつ遠のいていった。
「……あーみー、こんなとこで寝てたら風邪引くよー?」
優しいトーンの声と肩を揺すられる感覚で目が覚めた。
薄目を開けると、やよいっちの覗き込む顔があった。
亜美「……んぁ、やよいっちかぁ。……おはよ」
目をこすりながら辺りを見渡す。
窓の外が暗い。そこそこの時間寝てしまっていたみたいだ。
やよい「おはようって、もう夜だよ? 帰らないの?」
やよいっちの横からピヨちゃんも顔を出した。
小鳥「私たちはもう帰るんだけど、亜美ちゃんはどうする? 真美ちゃんとプロデューサーさんが帰ってくるのを待ってる?」
はて、なんで私はこんなところで寝てたんだっけ。
……ああ、そうだ。真美のアイドル引退宣言を聞いてふて寝してたんだった。
先に帰っちゃおうかとも考えたけど、なんとなく動くのが億劫だった。
亜美「……んー、私はもう少し残ってるよ」
ピヨちゃんとやよいっちが帰ってしまい、事務所には私一人が残された。
しんと静まり返った事務所はなんだか広く感じて、少し寂しくなった。
特にやる事もなくソファでボーっとしていると、頭に浮かんでくるのは昼間の真美の話。
真美、アイドルやめちゃうんだな。
ずっと一緒だと思ってたのに。
真美はアイドルやめたあともやる事があるからいいよね。
でも、私には無いんだ。
だから私にはアイドルを続けるしか道はない。
アイドルなんて若いうちしかやっていられないだろうし、年を取ってからも芸能界に居続けられるかどうかは分からない。
そう考えると、私の人生ってなんてちっぽけなんだろうかと切ない気持ちになる。
亜美「……なんか飲もっかな」
気が滅入ってきたので、気分転換に給湯室を物色することにした。
給湯室の戸棚には、お茶っ葉、インスタントコーヒーに紅茶の葉っぱがそれぞれ少しずつ。
冷蔵庫には目ぼしいものは特に見当たらない。
昔だったら、戸棚は「四条」と書かれたカップラーメン入りの段ボールや、「萩原」と書かれた何種類もの高級茶葉で埋め尽くされていた。
それに冷蔵庫にも、千早お姉ちゃん専用の牛乳やいおりんご用達のプリン、ミキミキのお気に入りのゼリーなど様々なものが入っていたりして、こんなに空白は目立たなかった。
……なんて、今になってそんな事を思い出すのは、真美の話で心が弱くなっているからかな。
うーん、ホントに参ってるのかもしれない。
亜美「……とりあえず、今あるもので何とかしよう作戦だね」
一人でわけの分からない事を呟いて再び戸棚を漁る。
戸棚をざっと眺めて、私はなんとなく思いつきでコーヒーを飲んでみる事にした。
実は私はコーヒーをまだ飲んだ事がないので、これが初体験になる。
説明書を見ながらコーヒーメーカーにお湯を注ぐ。
豆の香りが漂ってくる。
匂いはなんとなく美味しそうな感じはするけど、どうだろ。
そしていざ、人生初のコーヒーを一口。
亜美「…………うえぇえ、にっが。なにこれ、全然おいしくないよー」
まずはブラックで飲んでみたんだけど、失敗だったらしい。
まるで泥水でも飲んでいるような、トラウマになりそうな味がした。
砂糖とミルクを入れて再挑戦。
……うん、だいぶマシになったけど、それでも苦い。
真美はこんなのをいつも美味しそうに飲んでるんだね。
私にはちょっと無理かも。
カップから湯気を立てるコーヒーを見ていて、ふと、今の私と真美には様々な違いがある事に改めて気がついた。
まず、真美は家のために……かどうかは分からないけど、アイドルをやめるつもりだ。
でも、私にはまだその予定はないし、誰かのためにアイドルを辞めるなんて考えた事もない。
次に、真美はコーヒーを好んで飲む。
でも、私には苦すぎてちょっと飲めそうにない。
そして、いつからか真美は兄ちゃんの事を「プロデューサー」と呼ぶようになった。
私は今でも「兄ちゃん」のままだけど。
これらの事柄が意味することは一体なんなのか。
頭の良くない私でもすぐに答えは出せた。
真美の方が私よりも大人なのだ。
いや、大人に近づいているのだ。
私はなんだか、真美が手の届かない遠くへ行ってしまったような気がした。
こんなこと気づかなければよかった。
コーヒーなんか飲まなければよかった。
昼間、真美の話なんか聞かなければよかった。
目の前がぼやける。
温かい雫が頬を伝って床へぽたりと落ちた。
嫌な気持ちがあとからこみ上げてきて、嗚咽となって口から零れた。
なんで真美は大人なんだろう。
なんで亜美は子どもなんだろう。
昔は良かったなぁ。何も考えずにただ真美と一緒に遊んで、それだけで充分幸せだったのに。
大人ってなんだろう。
私は子供だから真美に置いてかれるの?
真美とは別々の道を歩かなければいけないの……?
色々な思考が頭の中でごちゃ混ぜになり、わけが分からなくなる。
流れる涙もそのままに、私は給湯室に一人立ち尽くしていた。
どのくらいそうしていたんだろう。
不意に肩に置かれた手が私を現実に引き戻した。
真美「……どしたの、亜美?」
いつの間にか目の前に立っていた真美が、私の顔を見て目を丸くしている。
真美の隣に立つ兄ちゃんも驚いた表情だ。
それはそうだろう。私の顔は今や涙や鼻水でぐちゃぐちゃだ。
こんな私を見てきっと二人も呆れ返っているはずだ。
真美「何か辛いことがあった? ……何かあったなら、私に話して欲しいな」
でも、真美は呆れるどころか優しい言葉をかけてくれた。
私はもう、ふてくされればいいのか、取り繕えばいいのか、どうしていいか分からなくなって、
亜美「……まみいぃぃいい〜!」
ただ大好きな匂いに抱きついて、恥ずかしいくらいにわんわん泣くことしかできなかった。
亜美「真美ぃ……いやだよ……ぐすっ……いっしょに、アイドル……」
思ったことが上手く言葉にならなくて、私の涙がどんどん真美の服を濡らしていって。
それでも真美は、子どもをあやすようにただ優しく私の背中をさすってくれていた。
P「……本当に送って行かなくて大丈夫なのか?」
真美「うん、平気。今日は二人で話しながら帰りたい気分だから。……ね、亜美?」
私は真美の袖を掴んだままこくりと頷いた。
兄ちゃんは少し考えてから、
P「ま、そういう日もあるか」
と優しく微笑んだ。
一応兄ちゃんには謝っておいた方がいいかな。
心配かけちゃったみたいだし。
亜美「……あの、兄ちゃん?」
P「うん? どうした?」
亜美「えっと……今日は、なんかゴメンね」
P「ふっふっふ、色々あるだろうが、たくさん悩むがよい、若人よ」
せっかく謝ってあげたのになんか尊大な態度を取られたので、兄ちゃんのおでこには私のチョップをプレゼントしておいた。
真美「それじゃあね、プロデューサー。また明日!」
亜美「兄ちゃんばいばーい」
P「おう、気をつけて帰れよー」
外に出ると、辺りはすっかり暗闇に包まれていて、夜空にはまん丸になりきれない月が寂しそうに浮かんでいた。
それほど寒くもなく、暑くもない。
春も終わりに近づいたこの時期の気候は過ごしやすい。
私と真美はなるべく人通りの少ない路地を選んで通った。
真美「もう、春も終わりだね」
帰り道を三分の一ほど歩いたところで、ようやく真美が言葉を発した。
亜美「そーだね。ついこの間始業式やったばっかなのに、早いなぁ」
私の言葉に真美は「ホントにね」と微笑った。
真美「……来年の今頃は、私はもうアイドル辞めてるんだなー」
夜空を見上げる真美の瞳はまっすぐで、迷いなんて無いように見える。
我が姉ながら引き込まれてしまう横顔だった。
亜美「……ねえ、真美」
真美「……うん」
亜美「その……真美がアイドルやめるって決めたのってさ、パパやママのため?」
実際、パパもママも私たちのアイドル活動に反対しているわけでもないし、今までに医者を目指せと言われた記憶もない。
とは言っても、病院を経営するパパからすれば、私たちのどちらかに将来病院を継いで欲しいという気持ちは少なからずあるはず。
だから真美は、パパのその黙した想いを汲んでアイドルを辞めて医者になる事を決意したんだと思う。
そうやって改めて冷静に考えてみると、私はなんて親不孝で自分勝手なんだろう。
真美だってアイドル活動は楽しんでいたはずだし、まだまだ続けていきたいって想いもあったはずなのに。
さっき事務所で泣いてしまう前までは、「私に断りもなく勝手に決めて」だとか「私ひとり置いてアイドル辞めるなんてヒドイ」だとか、そんな事ばかり考えていた。
でも実際は全然違って、私だけが能天気に好き勝手に日々を過ごしていて、真美はいろんな事に気を遣ってきた。
その結果が、今の状況なのだ。
真美は私の問いに「うーん……」と唸りながら、私の三歩先を歩いていく。
その後ろ姿からは何も読み取れないけど、身体を僅かに揺らしながら歩く真美はどこか楽しそうにも見えた。
そして、くるっとこちらに振り返ってこう言った。
真美「強いて言えば、自分のため……かな」
立ち止まったのは、街灯も無い道。
月明かりだけに照らし出された真美の顔は、それでも神秘的な表情を湛えていた。
真美「……私もね、何も考えないで決めたわけじゃないんだよ」
亜美「……うん」
私と真美は、公園のブランコに腰掛けた。
虫の鳴き声とブランコの軋む音だけが微かに聴こえる。
その静かな空間は、真美の告白を聞くのに相応しい舞台だと私は思った。
真美「亜美、私が亜美の犠牲になった、とか考えてるでしょ?」
亜美「だって、真美だってアイドル続けたいのに、真美に辛い決断させちゃって、私……」
真美「家の事とか、亜美の事とか、確かに色々考えたよ。……でも、決めたのは私だから。私が『そうしたい』って思ったから」
私はずっと俯いて真美の話を聞いていたけど、いつの間にか私の視界に真美の足があるのに気づいた。
見上げると、真美は優しく微笑んで言った。
真美「……だから、これは私のワガママ」
一度泣いたから涙腺が緩んでいるのかな。
また涙が出てきちゃいそうだよ。
真美「でも、私がアイドルを辞めるからって亜美まで辞めちゃダメだよ? アイドルしてる時の亜美ってホントに楽しそうだし、なんたって今をときめくスーパーアイドルなんだからさっ」
亜美「そんなことない! 亜美、真美には勝てないもん! 真美の方がすごいアイドルだもん!」
ダメだった。涙を止めることはできなかった。
一度崩壊した涙腺からは、再び涙が流れてきた。
私ってこんなに泣き虫だったっけ……?
亜美「真美がっ……真美までいなくなったら、亜美、ひとりぼっちになっちゃう……! もう、誰もいなくなって欲しくないよ……!」
自分の隣に真美がいないなんて、想像したくもなかった。
私はひとりでやっていけるほど強くはないんだ。
ただでさえみんなと……765プロの仲間たちと離ればなれになってしまったっていうのに、その上真美まで私の側からいなくなるなんて。
悲しさと寂しさと自己嫌悪と、やり場のない気持ちで私の胸は埋め尽くされた。
涙が止まらない。
こんなだから私はいつまでも真美に追いつけないんだ。
こんな駄々っ子だから、真美は私を置いていってしまうんだ。
どうして私はいつもこうなのだろう。
失いたくないのに、大切なものは手からすり抜けていく。
でも、真美は私を見捨ててなんかいなかった。
嫌な感情で満たされた私の頭を、柔らかいものがふわりと包んだ。
真美「……いなくなったりなんてしないよ。私はずっと亜美の側にいる」
心地よい匂いと、とても安心する感触。
それは、今までずっと私の隣にいてくれた大切な温もり。
真美「アイドル双海亜美を、私は医者の双海真美として応援したいんだ」
亜美「でも、亜美ひとりじゃ……」
きゅっ、と私の頭は真美の胸に押し付けられる。
それは、いつも私の側にいて私を温めてくれた体温。
真美「私たちってさ、今までたくさんの別れを経験してきたよね?」
亜美「え……?」
真美「あずさお姉ちゃん、りっちゃん、いおりん、ミキミキ……」
仲間の名前を上げる度に、真美は優しく私の背中を叩いた。
なんだか今の私は赤ちゃんみたいだ。
真美「ゆきぴょん、ひびきん、まこちん、千早お姉ちゃん、お姫ちん……みんな、765プロを出て遠くへ行っちゃったね」
亜美「そうだよ、だから真美まで辞めちゃったら……」
真美「亜美」
真美は優しく私の名前を呼んだ。
その短い言葉が胸に染み込んでいくと、私の心は不思議と落ち着いていった。
真美「距離なんて問題じゃないんだよ」
囁くような真美の声が、私の脳に響く。
ずっと側で応援してくれるような、小さいけど力強い声。
真美「離ればなれでも、私たちは繋がってる。たくさんの思い出で繋がってる。……信じていれば、きっとまた会えるよ」
亜美「真美……」
真美「だから、信じて。私たちはずっと一緒。今までも、これからも。私も信じるから、亜美も信じて?」
この時になって、ようやく私はなんで真美が姉なのかわかったような気がした。
同時に、自分のあまりの不甲斐なさに心の中で苦笑した。
亜美「……亜美は真美みたいに強くないから、ちゃんと信じることができるかどうかわかんないけど……。でも、真美がそう言うなら、亜美もガンバって信じるよ」
そうして私はしばらく真美の胸で泣いて、心の中がようやく少し晴れた。
まだ悲しい気持ちは残ってるけど、それは自力で乗り越えていかなきゃいけないんだよね、きっと。
真美の想いを無駄にしないためにも、私は私の道をしっかり歩いていかないといけない。
冷静に頭が回りだすと、今度は恥ずかしさが込み上げてきた。
だから私は、それを誤魔化すために普段の調子に戻ることにした。
亜美「……しっかし、実家の家業を継ぐとは、真美も大人になったもんだねぇ」
真美「おやおや、さっきまで大泣きしてた人の言葉とは思えませんな?」
亜美「い、いや、これはちょっと目にゴミが入っただけだしっ!」
真美「どんだけゴミ入ったのそれ。……てか私、知ってるんだよ?」
亜美「な、何を?」
真美「亜美がテンパると、一人称が『私』から『亜美』に戻るって」
さすがは我が姉、誰にも知られたくない癖を見抜かれていたみたいだ。
真美に私の全てを見透かされているような気がして、私はちょっと悔しくなった。
亜美「……こうなったら、真美のせくちー85センチを心ゆくまで堪能してやるぅ!」
真美「ちょっ……あははは! 亜美、くすぐったいってばー!」
そんな感じで私たちは、夜も遅い公園でしばらくの間じゃれ合っていたのだった。
後日、765プロにて。
P「……え? すまん、聞いてなかった。もう一回言ってくれ」
亜美「だからさー、そのー……大人になるにはどうしたらいいの?」
P「……どうしたんだよ急に変な事言い出して。新しい遊びかそれ?」
亜美「あ、ヒドっ! また私を子供扱いしてー!」
P「いや、だって……なあ」
兄ちゃんの辛辣な態度はともかく、私は結構深刻に悩んでいた。
こないだ真美から引退宣言を聞いた時、自分はこのままではいけない、真美のように大人にならなければと思った。
でもパパやママに相談するのも気がひけたので、それ以外の身近な大人である兄ちゃんに相談してみようと考えたのだ。
P「まあ、今のはほんの冗談だけど。……なんだ、亜美もとうとうそういう事を言い出す歳になったかぁ」
兄ちゃんは向かい合っていたPCからこちらに視線を移して、うんうんと頷いた。
その様子が親戚のオジサンのように見えておかしかったけど、兄ちゃんももう20代も後半だし、ちかたないね。
P「大人になるって、精神的にって事だよな?」
亜美「えっと……うん、たぶん」
P「どうして大人になりたいんだ?」
兄ちゃんは自分のデスクから私の座っているソファの向かいに移動してきた。
亜美「それは、ま……じゃなくて、大切な人のために、私ももっとしっかりしなきゃいけないなって思ったから」
「そっか」と微笑んで兄ちゃんはコーヒーを一口飲んだ。
P「俺も偉そうな事は言えないんだけど、強いて挙げるとすれば、相手の気持ちを考える事、自分に何が出来るかを考えてみる事、かなぁ」
亜美「ふーん……なんかそれっぽい感じだね。でも、それだけでいいの?」
P「それだけって、簡単に言うけど結構大変な事なんだぞ? 大人になってもそれが出来ない人だっているし」
亜美「そうなんだ……」
なんとなく分からなくもない話だけど、抽象的すぎて私にはピンとこない。
思いやりを持つとかそういう話なのかな。
P「でも、亜美は大人になる準備はもうできてるみたいだな」
亜美「えっ? そうなの?」
P「亜美は、真美……じゃなかった、大切な人のために大人になりたいって思ったんだろ? 他人のために成長したいって思える事は大切だ。そういう気持ちが相手の気持ちを考えるって事にも繋がるからな」
相手の気持ちを考える。
確かに私には足りない部分かもしれない。
P「俺にはこれくらいしか言えないけど、どうだ、納得したか?」
亜美「……うん、ありがとね。兄ちゃんに相談して良かったかも」
私がお礼を言うと、兄ちゃんはニコッと笑って背広を取った。
亜美「あれ、どっか出かけるの?」
P「ああ、ちょっと外せない用事があってな」
亜美「……わかってるよね、兄ちゃん。今日が何の日か」
P「分かってるよ。そのために今日はお前たちの予定を入れないように調整したんだから」
そして兄ちゃんは事務所の扉で振り返って、
「パーティは夕方からだ。それまで今日は事務所でゆっくりしててくれな。それと、今年の誕生日は期待していいぞ」
そう言って出て行った。
今日は私と真美の17回目の誕生日。
事務所のみんな(と言っても昔に比べると人数はだいぶ減ったけど)でお祝いをしてくれる事になっているのだ。
でも、せっかくの誕生日だっていうのにいつもとあんまり変わり映えはしない。
毎日のように来てる事務所でただ時間を潰しているだけだからそう思うのかもしれないけど。
と、兄ちゃんが出かけちゃって暇してたところに、丁度みんなが帰ってきた。
やよい「……ただいまー!」
真美「戻ったよー!」
春香「……ふぅ、重かったぁ」
三人はそれぞれたくさんの荷物を抱えていた。
紙袋やらケーキの箱やら、きっと今夜のパーティのためのものだろう。
実際にそういうものを見ると、私もテンションが上がってくる。
亜美「お帰りー、待ってたよ。ピヨちゃんは古い友達に会ってるらしくていないし、兄ちゃんは出かけちゃうし、私ひとりで退屈だったよー」
真美「ま、亜美はジャンケン負けたからね」
真美が荷物をソファに置いて私の飲んでいた紅茶に口を付けた。
春香「ケーキもあるし食材もたくさん買ったから、ご飯は期待しててね?」
亜美「うわー、めっちゃ楽しみだよー! 何買ってきたの?」
やよい「えーっと、まず真美がハンバーグ食べたいって言ってたから、挽き肉と玉ねぎと……」
亜美「……え? ハンバーグ?」
別に悪いとは言わないけど、あまりパーティに出てきそうな料理とは言えないような気がする。
そんな私の視線を感じてか、真美は少し恥ずかしそうに言った。
真美「いいじゃん別にー。ハンバーグおいしいじゃん」
ここのところ真美の大人な部分ばかり見てきた私は、子供っぽい面も見られてなんだか少し安心した。
春香「亜美のリクエストにもちゃーんと答えるから、安心してね?」
亜美「ん? 私、なんかリクエストしたっけ?」
春香「ほら、この前おいしかったって言ってくれた鯖の味噌煮、また作るからね!」
亜美「えっ……」
うん、確かに言った。おいしかったって言った。
でも、それをパーティの料理として出すのはどうかと……。
そんな会話をしていると、やよいっちが立ち上がって言った。
やよい「……春香さん、そろそろ時間です」
春香「え? もうそんな時間?」
はるるんも腕時計を確認して立ち上がり、掛けてあった上着を取る。
亜美「二人とも、どっか行くの?」
春香「ちょっとパーティの準備にね」
真美「パーティの準備?」
やよい「えへへ、楽しみにしててね!」
亜美「よくわかんないけど、早めに帰ってきてよねー」
そうして私と真美は、事務所を出て行く二人の後ろ姿を見送った。
亜美「……二人になっちゃったね」
真美「そだね」
やよいっちとはるるんが出て行くと、また静かになってしまった。
真美と二人きりだと、いつぞやの大泣きした夜を思い出して少しだけ恥ずかしくなってしまう。
真美「あー早く夜にならないかなー」
一方の真美はご機嫌な様子でソファで足をブラブラさせている。
ま、あんまり気にしても仕方ないよね。
真美だってもう気にしてないだろうし。
そんな事より私は何か話題がらないかと思考を巡らせた。
亜美「……そーいえばさ、兄ちゃんが『今年の誕生日は期待していいぞ』って言ってたんだけど、なんだろね」
真美「へぇ、なんだろ。プレゼント、高いものくれたりするのかな?」
亜美「ふむ、その発想はなかったなぁ。でも、もしそうだとしたらテンション上がるね!」
真美「私、ヴィティンのお財布が欲しいな。今使ってるのはもうくたびれてきちゃったし」
亜美「んー、だったら私はグッティンのバッグかな。可愛いのがあるんだよねー」
それから私と真美はあれが欲しい、これが欲しいと話し合ったが、プレゼントをくれる本人がいないと話をしてもまったく意味がないという事に後で気がついた。
それからしばらく時間が過ぎ、私と真美の話題もそろそろ尽きてきていた。
亜美「……みんな、帰って来ないね」
真美「パーティの準備って言ってたから、時間かかるのかなぁ。夜までまだ時間はあるし、こりゃ気長に待つしかないっぽいね」
まったりと過ごす誕生日も悪くはないけれど、やっぱりみんなにパーっとお祝いしてもらいたいという気持ちもある。
今日はどんなパーティになるのかな。
楽しいパーティになるといいな。
そんな事を考えながら、いつの間にか私の意識は微睡みに落ちていった。
「……ここ、……の場所だ……」
「……ってないわね、ホント……」
どこからか声が耳に入ってくる。
なんとなく、そんなに遠くない場所から聴こえている気がする。
その声は、私のよく知る人物たちのそれによく似ていた。
そしてその声を聞くと、私はとても懐かしい気持ちになった。
でも、いるはずのない人たちの声がするってことは、ここは夢の中なんだろうな、と私は思った。
「……ねえ、……て書く?」
「そう……肉……かしら?」
懐かしい人々の会話から、なにやら不穏な単語が聞こえた気がした。
あれ、肉ってなんだっけ。
なんかすごく身近な言葉だった気がするんだけど……。
なんとなく使命感に駆られて、私は起きてみることにした。
亜美「……ちょっと待って、肉じゃベタすぎるっしょ!」
そして、勢いよく飛び起きた私の第一声は、自分でもよく分からないものになった。
ソファから半身を起こした私の目の前には、私を見つめる二つの顔があった。
一人は茶髪に肩までの髪、昔よりさらに成長した発育のいい身体。
そしてどこか眠そうだが整った顔立ちは、女の私でもはっとするぐらい綺麗だ。
手にはなぜか油性マジックを持っている。
もう一人は、よく手入れされたストレートロングヘア。
可愛らしい表情の中にどことなく気品を漂わせる、おでこのチャーミングな女性。
ウサギのぬいぐるみはもう抱いていないらしい。
美希「あーあ、起きちゃった。せっかくいつかのお返ししようと思ったのになー」
伊織「まったく、こういう時は勘がいいのよね、亜美って」
しばらく会っていなかったけど、見間違える事なんて絶対にない。
私を見て悪戯っぽく微笑む二人の女性は、紛れもなく765プロのかつての仲間、星井美希と水瀬伊織だった。
亜美「な……なんで!? どうして二人がここにいるの?」
私は彼女たちが本物か確かめるように、彼女たちの身体をベタベタと触りまくった。
そして、ミキミキのわがままボディが生つばごっくんボディへと成長している事に気づいた。
亜美「あれ……ミキミキ、もしかしてまた大っきくなった?」
美希「そうみたいなの。ミキ的にはこれ以上いらないかなって思うんだけどね」
世の女性たちを敵に回すような発言をサラッと言ったりするのは相変わらずのようだ。
一方のいおりんはというと……。
亜美「……ふーむ。いおりんはあんまし成長してないみたいですなー」
伊織「う……うるさいわね、これでも少しだけど成長してるんだから!」
そんな二人の相変わらずのノリに、私は楽しかった日々を思い出して懐かしくなった。
真美「……何してんの?」
丁度私がいおりんに馬乗りになったところで、カップが四つ乗ったお盆を持った真美がやってきた。
亜美「ねえ真美、いおりんとミキミキだよ! 本物の!」
真美「うん、知ってる。私は亜美が寝てる時にお話したもん」
亜美「え、なにそれずるい」
伊織「寝てたアンタが悪いんじゃない。……っていうかいい加減胸から手を離しなさいよ!」
亜美「え? だって揉み心地サイコーなんだもん」
真美「あ、分かる。私もさっき散々揉んだし」
伊織「ったく、私より美希のがいいでしょうに」
美希「あふぅ。ミキは別にいいよ?」
亜美「マジで? そんじゃお言葉に甘えて……」
私のミキミキへの華麗なルパンダイブは、しかし新たに現れた者によって阻止された。
真「……こらこら亜美、女の子がそんなはしたない事するもんじゃないよ?」
雪歩「えへへ、こんにちは」
響「みんな、久しぶりだなー!」
会議室の扉には、まこちんとひびきん、そしてゆきぴょんがにこやかに立っていた。
まこちんは昔に比べるとかなり変わっていた。
髪を肩先まで伸ばし、暑苦しくならない程度の軽めのチークを塗って、一つ一つの仕草も大人っぽくなっている。
それに、これはみんなが驚いたことなんだけど、本人の口から近々結婚するという報告を受けた。
あずさお姉ちゃんの結婚は早いって思ってたけど、まさか次に結婚するのがまこちんだとはみんな予想外だったらしい。
ゆきぴょんは、立ち振る舞いがここにいる誰とも一線を画すって感じで、所作が大人っぽいというよりは、綺麗で丁寧という印象。
その佇まいがなんとなくお姫ちんを彷彿とさせるんだけど、お姫ちんみたいな「優雅」とは少し違っていて昔の控えめさは残っているように思えた。
なんていうのかな、奥ゆかしいって感じ?
ひびきんは、相変わらずひびきんだった。
昔と変わらずちっちゃくて元気で、見てると不思議といじめたくなる衝動に駆られるのもいつも通り。
ただ、たまに遠い目をする時があって、その時だけはなんだか声を掛けるのを躊躇ってしまう。
ちなみに、ひびきんの肩に乗っているのはハム蔵じゃなくてハム造。
ハム蔵の息子さんらしい。
自分からは何も言わないけど、ひびきんはひびきんなりにいろんな事を乗り越えてきたんだろうな。
亜美「……でも、どうしてみんなここにいるの?」
一通りみんなと「久しぶり!」の挨拶が済んだ後、私は誰にともなく訊いてみた。
真「さあ、それはプロデューサーに訊いた方がいいんじゃないかな」
真美「それ、どういう意味?」
響「そのままの意味さー」
雪歩「私たちが今日ここに来れたのはね、プロデューサーのおかげなんだよ」
要領の得ない説明に私と真美の頭にはハテナマークが浮かんだが、いおりんとミキミキも含めてみんなはなんだか楽しそうだ。
伊織「にひひっ♪ そのうち分かるわよっ」
そして、集まったみんなでわいわいやっていると、ようやくはるるんとやよいっちが帰ってきた。
春香「ただいまー!」
やよい「戻りましたー!」
亜美「あ、やっと帰ってきた! 二人ともすごいんだよ! みんなが来てくれたんだよ……って、え!?」
はるるんとやよいっちの後ろには誰かの影が見える。
その顔は……私も真美も忘れもしない顔だった。
律子「みんな、久しぶりね」
亜美・真美「りっちゃん!」
どうやらはるるんとやよいっちが連れて来てくれたらしい。
彼女たちの言っていたパーティの準備とは、この事だったのだ。
律子「みんな賑やかね。伊織と美希なんか、うちの事務所にいる時より元気じゃない?」
伊織「そ、そんな事ないわよ?」
美希「えー? でこちゃん、今日をずーっと楽しみにしてたクセにー」
真「はは、伊織は相変わらずだね」
伊織「うるさいっ!」
響「痛っ!? なんで私がぶたれなきゃいけないの!?」
雪歩「ふふっ♪ 」
みんなが集まった途端に昔とほとんど変わらないやり取りが展開される。
私としては嬉しい事なんだけど、りっちゃんとこうして対面するのは、別れ方が気まずい感じだっただけに、正直少しだけ緊張する。
そんな私を見兼ねてか、真美がりっちゃんに声をかけた。
真美「……ねえ、りっちゃん」
りっちゃんは眼鏡をくいっとしてから私たちに向き直った。
律子「亜美、真美……見違えたわよ。会えて嬉しいわ」
真美「えへへ、ありがと。……ほら、亜美」
真美に背中を押され、私はりっちゃんの前に押し出される。
りっちゃんは胸の下で腕を組み、優しそうに微笑んでいる。
『どうして亜美を連れてってくれないのっ!?』
一瞬、捨てられたと勘違いしたかつての記憶が蘇る。
まだ小さな子供だった、今では色褪せた記憶。
でも、りっちゃんはあの時の答えを言ってくれた。
律子「……やっぱり、あの時亜美を連れて行かないで正解だったわ」
亜美「え……?」
律子「あの時あなたを連れて行ったら、私はあなたを甘やかしてしまいそうだったから。だから……」
亜美「りっちゃん……」
律子「ごめんね、亜美。……成長してくれて、ありがとう」
りっちゃんは私の頭を優しく撫でてくれた。
今では私の方が背が高いので、りっちゃんが私を見上げる形になっているのが少し嬉しくて、おかしかった。
美希「……ねえ、ちょっと待って。ミキは律子について行ってから全然甘やかされてないんだけど、それってどういう事なの?」
律子「ああ、あんたは追い込まないと実力を発揮しないタイプだからね。特別対応よ」
美希「むー……こんな事ならミキ、今からでも亜美と代わりたいの」
そう言ってミキミキがむくれると、場には笑いが起きた。
そして……。
小鳥「……ただいまー。って、わあ、みんな〜!」
P「おー、たくさんいるなぁ!」
ようやく帰ってきた兄ちゃんとピヨちゃんもまた、懐かしい顔を伴っていた。
兄ちゃんは千早お姉ちゃんを、ピヨちゃんはあずさお姉ちゃんをそれぞれ連れて来てくれたのだ。
あずさ「あらあら、みんなお久しぶりね〜♪ 」
千早「本当、何年ぶりかしら」
あずさお姉ちゃんは相変わらずの雰囲気だったけど、どうやらまた髪を伸ばしているみたいだ。
竜宮小町がもう無いのでショートにする意味もなくなったのかも。
そして、なんとなくふくよかになったなーと思っていたら、なんとお腹に赤ちゃんがいるらしい。
みんなが「えー!?」とか「おめでとうございます!」とか騒ぎたてる中、いつもの微笑みを絶やさずに、
あずさ「うふふ、三ヶ月なのよ」
そう、嬉しそうに言った。
千早お姉ちゃんは、だいぶ柔らかい顔つきになった気がする。
前の凛々しい顔も良かったけど、私は今の雰囲気の方が好きかもしれない。
大人っぽさもさらにマシマシで、包み込むようなオーラというか、溢れ出る母性というか、そういうものが感じられるようになった。
でも、肝心の胸はというと……。
千早「……成長していなくて悪かったわね、亜美?」
と、睨まれてしまった。
がんばれ、千早お姉ちゃん。
あずさ「本当に綺麗になったわねぇ、亜美ちゃんも真美ちゃんも」
真美「えへへ、そっかな?」
千早「ええ。本当に、身体なんか私よりも成長して……くっ」
亜美「んっふっふ〜、まあ、それほどでもあるかなー」
思えば千早お姉ちゃんとは一年ぶり、あずさお姉ちゃんとは三年ぶりになるんだ。
「三日会わざれば」どころの話じゃないよね、ホント。
真美「ねえピヨちゃん、ピヨちゃんが今日会ってた古い友達ってもしかして……」
小鳥「ええ、あずささんと少し飲んできたのよ〜」
あずさ「うふふ、本当に久しぶりだったから、たくさんお話しちゃったわ〜」
パッと見じゃ全然わからないけど、二人ともお酒が入ってたんだね。
P「あの、二人ともあまり羽目を外し過ぎないようにしてくださいね?」
律子「二人の監視は手伝いますよ、プロデューサー殿」
二人のプロデューサーに向かってピヨちゃんとあずさお姉ちゃんが「よろしくお願いしま〜す」と楽しそうに頭を下げているのを、一同は生暖かい目で見つめていた。
亜美「……そういえば千早お姉ちゃんってイギリスだったよね? よく今日ここに来れたね?」
千早「実は、先週にはすでに帰国していたのよ。前からプロデューサーに連絡をもらっていたから」
初耳だった。
兄ちゃんが千早お姉ちゃんと連絡を取っていたなんて。
P「どうしても今日ここに来て欲しくてな。無理やりお願いしたんだ。ありがとうな、千早」
千早「いえ、私は構いません。大切な仲間の誕生日を祝うためですから」
兄ちゃんは裏で動いてくれていたんだ。
今日のために。
普段はヘナヘナしてるクセに肝心なところでカッコつける兄ちゃんが、なんだか今日は少し眩しく見えた。
春香「……あれ? でも千早ちゃん、こないだの私の誕生日にはDMとプレゼントだけ送ってきたよね?」
千早「あ、その頃は忙しい時期だったから。別に他意はないわ」
春香「うー、なーんか愛の差を感じるなぁ……」
はるるんの子供っぽい発言に、またまたどっと笑いが起きた。
P「……しかし、こうしてみんなが揃ったのは嬉しいけど、貴音がいないのが残念だな」
事務所に集まったみんながわいわい騒ぐ中、兄ちゃんがポツリと零した。
律子「連絡は取れなかったんですか?」
P「俺も方々に手を尽くしたけど、まったく欠片ほども情報を掴めなかったんだ」
律子「そうですか……」
誰も兄ちゃんを責められないよね。
お姫ちんは謎の塊だもん。
私も真美も、もちろんみんなも、やっぱりお姫ちんがいないのは寂しいけど、それは仕方のない事だ。
そして、沈んだ空気を吹き飛ばすようにやよいっちが言った。
やよい「プロデューサー、悲しい顔はダメですよ? 今日は真美と亜美の誕生日。おめでたい日なんですから!」
P「そう……だな。うん、やよいの言う通りだな」
真「そうですよ! さ、せっかく集まったんだし、みんなでパーティの準備をしましょう!」
伊織「……そうね、パパッとやっちゃいましょ」
雪歩「私もお手伝いしますぅ」
あずさ「あら、じゃあ私も……」
春香「いえ、妊婦さんにやらせるわけにはいきませんよ。……響ちゃん、お料理手伝ってもらえる?」
響「もちろん、今日は真美と亜美のために頑張るぞ!」
美希「そういえばお腹ペコペコなのー」
貴音「では響、らぁめんをお願いします」
響「あはは、貴音は本当にラーメンが好きだなぁ」
と、ひびきんの呑気な言葉でみんなの話し声がピタッと止み、一同はこぞってある一点を見つめる。
そして、みんなの視線が集まった先に済ましたように座っている、ついさっきまではいなかったはずの人物を指指してひびきんが叫んだ。
響「……な、なんで貴音がいるんだー!!」
そこからはもう、息をつく暇もなくめまぐるしい時間が流れた。
ひびきんが「本当にいつから居たんだ?」と問いかければ、お姫ちんは「皆に呼ばれた気がしましたので」と妖艶な笑みで返し、「ま、今さらそこに突っ込んでも仕方ないわよね」といおりんが諦め気味に零したり。
「みんなも集まったし、改めてパーティの準備をしようか」と兄ちゃんが号令をかけると、はるるん、ひびきんに続いてまこちんが名乗りを上げ、みんなに「え? 大丈夫なの?」と疑問の目を向けられ、それに対してまこちんが、「わ、私だって料理くらいできるから!」と顔を真っ赤にして抗議したり。
あずさお姉ちゃんとピヨちゃんが世間話をしながらお茶(本人たちは麦茶と言っているが、はたして)を飲んでいるところへ真美が「そういえばピヨちゃんは結婚の予定は……」と言いかけて、すかさずやよいっちに「こら真美、人が気にしてる事を言っちゃダメでしょ?」とたしなめたり。
その言葉にピヨちゃんは「今の(言葉)は痛かった……痛かったぞー!」とどこぞの53万の人のような台詞を叫び、あずささんに慰められたり。
千早お姉ちゃんとミキミキが音楽談議に花を咲かせ、「へぇ〜、今では千早さんって作曲もするんだね!」とミキミキが感心すると、そこにゆきぴょんが加わり、「あの、良かったらその、千早ちゃんが作った曲に私が詩を付けたり……とか」と控えめに提案すると、千早お姉ちゃんは、「それはいい考えね。是非お願いしたいわ」とにこやかに答え、そこにつかの間の友情ユニットが誕生したり。
その話をどこからか聞きつけたりっちゃんが、「ねえ、そのユニット、是非うちでプロデュースさせてくれないかしら?」と、眼鏡をキラリと光らせて言ったり。
たくさんの笑いがあって、たくさんの驚きがあって、私も真美もめいっぱいその時間を楽しんだ。
まるで無くしたものを見つけた時のような、欠けていたパズルのピースがやっと嵌ったような、そんな幸せな気持ち。
みんながいて、真美がいて。
一つ一つの出来事が嬉しくて、宝物のように大切で。
そこには確かに、昔と何も変わらない、でも少しだけ成長した765プロの姿があった。
今日という日を迎えられたことに私は心の底から感謝をし、この光景を一生心に焼き付けようと思った。
そうしてしばらく時間が経った後で、喧騒から離れて一人でみんなの様子を眺めていると、私の方へ真美が近づいてきた。
真美「どしたの? こんなとこで。疲れた?」
亜美「んーん、なーんか胸いっぱいでさ」
真美「……そっか」
それだけの短いやり取りをして私たちは沈黙し、二人で並んでみんなに視線を移す。
ずっと夢見てた、夢みたいで、でも夢ではない光景。
みんながいる光景。
私の頭にはいつしか、あの公園での真美の言葉が浮かんでいた。
昔は当たり前だったこと。
今となってはかけがえのないこと。
別れ、思い出、繋がり、信じること。
ずっと、一緒。
……そっか、そうだったんだね。
亜美「……ねえ、真美」
真美「……ん?」
亜美「真美の言った通りだったね」
真美「何が?」
亜美「『離れていても、思い出で繋がってる。信じていれば、いつかまた会える』って」
真美「……えへへ、真美の言葉に間違いはないっしょ?」
亜美「ホントに……今日は奇跡みたいな日だよ」
真美「……感謝しなきゃだね、兄ちゃんやピヨちゃん、はるるんとやよいっちにも」
亜美「うん、それと……『また会える』ってちゃんと信じてくれていたみんなにも、ね」
真美「……だね!」
亜美「……あ、そうだ」
真美「なに? もちろん社長の事も忘れてないよ?」
亜美「ううん、そうじゃなくて。これからはさ、ママの手伝いとかは私がやるから。真美はその分勉強に集中しなよ」
真美「亜美……」
亜美「私もちょっとは大人にならなきゃなって思って」
真美「……ありがと、亜美!」
春香「おーい、亜美、真美ー!」
やよい「今日の記念にみんなで写真撮るってー。早くおいでー!」
真美「わかったー! ……行こ、亜美!」
亜美「うん!」
真美の差し出した手を私がしっかりと握ると、真美もキュッと握り返してくれた。
私はいつも思う。
人生の中で別れというものは突然やってくる、と。
でも、今の私ならきっと大丈夫。
例え大切な仲間たちや自分の半身と遠く離れてしまっても、信じ合うことができるから。
だからもう、別れに怯えて暮らす必要なんてない。
進もう、私は私の道を。
その道の先が、大切な人たちと再び交わることを信じて。
一日遅れたけど亜美真美誕生日おめでとう
亜美が主役で真美が準主役のssを書きたかった
読んでくれた人ありがとう
いいssだった 掛け値なしに
こういう話には弱いわ
亜美真美誕生日おめでとう!
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