※ このssにはオリジナル設定やキャラ崩壊が含まれます。
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ずぁーっと広がる海原に沿うようにして、ぐぁーっと伸びた砂浜だった。
ぎんぎらと照りつける太陽の下、波に膝下まで浸かった響が、こちらもぶぁーっと両手を広げて立っている。
そこに波風が吹きつけるたび、彼女の着ているだぼだぼの白いシャツが、ばたばたと帆のようになびくのだ。
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そんな響の姿を見て僕は、「まるで海に立つ案山子のようだ」などと思う。
海に案山子を立てるなんて話は聞いたことがなかったが、
もしも案山子を立てるのならば、一体ソレは何を遠ざけるために立てるのだろうか。
ばしゃばしゃと楽しげに波を跳ね上げる彼女を眺めながら、そんな事をふと考える。
季節は夏。
遥か遠くの水平線から立ち上る入道雲が、滅多に来ない来客を見下ろしていた。
「さて、と」
胸ポケットから懐中時計を取り出して、今いる時間を確認する。
見ると、いつかの兎に教わった時刻までには、まだだいぶ余裕があった。
僕は担いでいたリュックを地面に降ろすと、
今回は初めから用意しておいたスコップを取り出して、それを砂浜に勢いよく突き立てる。
スコップを振るう腕は、軽い。
ざくりざくざく、ざくざくざくり。
「ねぇねぇ、こんなの拾ったんだけど」
汗をだらだらと流しながら穴を掘っていると、砂浜を散歩していた響が
とてとてと僕のところにやって来て、握っていた掌を開いて見せた。
暑い日差しを反射して、彼女の掌でソレがぎらりと光る。
「薬莢、だな」
「ヤッキョウ?」
「どの辺で拾ったんだ」
「え? あぁ、えっとー」
そうして響が、あっちだよと言いながら、
今いる場所からそう遠くない砂の上を指でさす。
「一個だけじゃなくて、結構ばらばら落ちてたよ。もっと拾ってこようか?」
「あー、駄目だ。それとな、ソレを戻してきたら、なるべくあの辺には近寄らないようにしろ」
「戻してくるの?」
「そう、戻しておいで。そういうのは、ここじゃあんまり動かさないほうが良いらしい」
僕がそう言うと、響は少し納得できてない様子ではあったものの、キチンと言う事を聞いてくれた。
照りつける太陽と波の音に見守られながら、その後も僕はある程度の深さになるまで、ざくりざくりと穴を掘る。
「まぁ、これくらいかな」
掘りたての穴に足を入れ、その場に腰を下ろしてみる。
穴の深さはそう、ちょうどしゃがみこんだ僕の肩から上が少し、穴から出るくらいの深さ。
ここからは、穴を広げる作業が待っていた。
なにせ二人で入るのだ、荷物もあるし、少し余裕も持たせたほうがいいだろう。
時計を見ると、穴を掘り始めてからだいぶ時間も経っていた。
潮が引ききるまでには、この穴を完成させなければ。
スコップを振るう腕は、軽い。
ざくりざくざく、ざくざくざくり。
ようやく二人が入れるほどの大きさまで穴を広げた時には、時間は間近に迫っていた。
懐中時計から視線を上げて、波と戯れる響を時間だからと大声で呼び戻す。
「なんか、この穴狭くない?」
「贅沢言うなよ。これでもギリギリまで粘ったんだから」
そうして、穴の中に持ち込んだリュックから、ごそごそ中身を出していく。
ここに来る途中で買った二本の缶コーヒー。それとお茶会でおすそ分けされたクッキーの山が一袋。
白い大きなハンカチが一枚に、体を覆うための土色をしたマントが二着。
そして最後に、忘れちゃならない双眼鏡……これも二人分。
僕らは手早くマントを羽織ると、穴から頭だけを出すようにして海を見る。
「どれくらい待つの?」
「それが分からんのよ。早い時はすぐらしいが、遅いとそれなりに待たされるらしい」
「それなりって、どれくらいさー」
「だから、分からんのだ」
響の質問に答えながら、僕は穴掘りに使ったスコップの柄に、くるくると白いハンカチを巻きつけて。
ざくり、とスコップを穴の外に突き立てると、柄に巻かれたハンカチは波風に吹かれ、ぱたぱたと元気にはためいて見せた。
×響の質問に答えながら、僕は穴掘りに使ったスコップの柄に、くるくると白いハンカチを巻きつけて。
○響の質問に答えながら、僕は穴掘りに使ったスコップの柄に、きゅっと白いハンカチを結びつけて。
穴の中はひんやりと案外涼しくて、照りつける日差しの強さも少しは和らぐ。
ぽりぽりとクッキーを頬張っては、時折、ひょいと双眼鏡を覗き込み、僕らはソレが始まるのを待った。
そうして待つ事しばらく、あれだけあったクッキーの山がなくなろうとした頃に、ようやく景色が動きを見せる。
最初に動き出したのは、雲だった。
僕らを見下ろしていた入道雲の端っこが、風によって千切られると、
その千切れた雲の切れ端がふよふよと砂浜まで降りてきて、ゆっくりとその形を変化させていく。
ふわふわもこもこ。やがて最初の切れ端は、細長い蛇になった。
雲の蛇だ。
そうして、その蛇に続くように雲でできた動物がのんびりと砂浜を埋めていく。
ライオンにトラ、ヒョウやサル、チーターにオオカミ、カバなんかもいた。
それら雲の動物が砂浜にぞろぞろと生まれていく様子を、僕らは砂に掘った穴の中から観察するのだ。
「ライオンやトラはまだ分かりやすいけど、あの犬みたいなのは何だ? オオカミ?」
「あれはコヨーテ。オオカミはその隣のおっきい、もふもふしてる方だぞ」
「もふもふって、みんなもふもふはしてそうなんだよなぁ……アレは?」
「アレは、クマだな。ホッキョクグマと、ヒグマ」
「クマだけでも何種類かいるみたいな……似てるのに、パンダはいないのな」
「パンダが来たのは、もっとずっと後の話さー」
双眼鏡を覗きながらそんな事を言っていると、動物たちに混じって妙な奴がいるのに気がついた。
案山子。
それは、案山子のような何か。
一人二人、そいつらは雲で出来た動物たちの周りをうろうろと動きながら、
どこからともなく増えていき、やがて少しずつ海の中へと入っていく。
「アレ……なに?」
「何って……案山子だろう。多分」
隣に座る響が、不思議そうに僕にたずねたが、僕も同じ思いである。
案山子の正体は知れなかったが、僕らはなるべく彼らには気づかれないようにと、
穴の中で小さくなってこの光景を眺めていた。
動物は雲から、案山子は砂浜から生まれ、それらが皆、海へと向かって歩いていく。
動物たちは群れを成し、やがて海の上で一列となり道を作った。
そうしてその動物の道の両隣に、彼らを挟むようにして案山子たちが並ぶのだ。
やがて最後の動物。雲のゾウが海へ入ると、砂浜に残っていた案山子たちが一斉にその後を追った。
「なんだか、パレードみたい」
響が、ぽつりと呟く。
それは確かに、パレードだった。
雲と、記憶のパレードだ。
いつの間にか降りてきていた太陽によって、世界が赤く染められる。
やがて陽が沈み、辺りに夜がやってくると、雲の動物たちはみな見えなくなった。
遠く、僕らを見下ろす入道雲に、戻って行ったのかもしれない。
「終わったな」
「終わっちゃったね」
穴の中に座ったまま、僕らは先ほどまでの出来事に思いを馳せて、コーヒーを飲む。
何ともいえない寂しさが、辺りを包み込んでいく。
月明かりと星に照らされて、海の上に残された案山子たちが、いつまでもゆらゆらと揺れていた。
以上。お読みいただき、ありがとうございました。
こちらちなみに、前作となります。よろしければ、ご一緒にどうぞ。
P「僕の千早は胸がある」
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