机に彼女のよだれが広がっているのを見れば、普通なら誰も近寄ることはない。
それどころか、公共物である机をよだれで汚すのはいじめの対象となりかねない行為だ。
しかし、彼女は中学二年生にして学園のアイドルとしての不動の人気を得ている少女であった。
そのため、いじめを受けるどころか、机に広がったよだれが何者かのハンカチに吸い込まれているのは日常茶飯事であったし、それが裏で高価(とはいっても現在の彼女の人気を顧みればそれは破格と言ってよかった)で取引されているのは公然の秘密となってもいた。
それは、男女の座る列は固定されていたからという単純な理由だけによるものではない。
言うまでもないことだが、彼女の座っていた机を使用することになった女子生徒は、常に隣の席の男子生徒に机の交換を持ちかけられる。
しかし、女子生徒はそれらの要求を断固として斥けるのであった。
というのは、彼女は中学二年とは思えないほどの抜群のプロポーションを持っており、
「彼女の座っていた席につくことで胸が大きくなる」という噂がまことしやかに囁かれていた。
そのため、女子生徒の間でも彼女の座っていた席は人気だったのだ。
さて、生徒たちの部活動が始まろうとしているとき、給食を食べてから三時間ぶっ続けに眠っていたその少女に一人のクラスメイトが話しかけた。
「ねえ美希、そろそろ起きてよ!」
「あふぅ……?」
美希、と呼ばれた少女は欠伸とともに目を覚ました。
「バスケ部?ミキ、そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ!さあ、早く来て」
美希は寝起きのぼんやりとした頭で考えたが、そのようなことを言った記憶がなかった。
良くも悪くも、彼女は言ったこと、言われたことが完全に記憶から抜け落ちることが多々あった。
そのため、彼女はいつものように無邪気に答えるのであった。
「ミキ、忘れちゃったの。今日はそんな気分じゃないから、帰るね。」
「そんなあ……」
美希が断ると、クラスメイトはげんなりした顔をした。
「美希がバスケ部に入ってくれれば、全国大会に出られるかもしれないのに……」
残念そうにするクラスメイトであったが、これは毎日見られる光景である。
美希はあらゆることに秀でていたため、十四歳の誕生日を迎えようとする11月下旬になっても部活動を固定することなく、様々な部に体験入部を繰り返していた。
そのため、周りからの勧誘が絶えず、その度に美希は適当について行ったり、断ったりしていた。
また、時には教師までが部活であったり、勉強であったりの勧誘をしていたので、美希が最終的に何に打ち込むのか、というのは生徒だけでなく、教師にとっても話題の種であった。
校舎を出て、欠伸をする美希であったが、その欠伸は肌寒い風にかき消された。
「うう、寒いの。どうして他の人は平気なの?」
美希が体を丸めている傍を、ランニング中の学生の一団が美希の方を見ながら、ペースを速めつつ通り過ぎていった。
美希が校庭を見やると、サッカー、野球、陸上など、生徒たちはめいめいの競技に取り組んでおり、風と共に顧問の叱咤する声、生徒のかけ声が聞こえてきた。
「みんな必死で、バカみたいなの。もっと適当にすればいいのに……ま、いっか。今日はどこかに出かけるの」
いらだたしげに呟くと、美希は家へ急いだ。
誰もいない家に帰ると、美希は出かける準備を始めた。美希は夢中になれることこそ学校にはなかったが、おしゃれをすることが生来好きだった。
美希は、彼女曰く『全然イケてない』制服を忌々しげに脱ぎ捨て、下着姿となった。
下着は、女子学生にとっての数少ないおしゃれができる部分である。
美希の学校では白の下着でなければならない、という校則はもはや形骸化し、女子生徒はこぞって色物の下着を着用していた。
おしゃれは学校に対する叛逆であり、学生は叛逆するという行為に対して一種の快感を得る。
だから、女子学生は男子にブラウスの上から盗み見られるということを承知で、色のついた下着を叛逆の印として着用するのだ。
美希自身はそういったことを一切考えていなかったが、その卓越した下着選びのセンスと中学生離れした体によって、同学校の女子生徒から尊敬の念を一身に集めていた。
美希は鏡を見ながら自分に問うた。
腰まで届くほどの茶色がかった長髪、平均的な身長、華奢と言ってもいい体。
美希は、自分の体はその実、胸の大きさ以外至って平均的であるように感じ、物足りなさを覚えていた。
(彼女は、四肢のバランスがそれこそモデルができるほどのものであることを自覚していなかった。)
美希は彼女特有の感覚で、もう少し個性を持った方がいいと感じた。
「そろそろ誕生日だし、髪でも染めてみようかなぁ」
お気に入りの明るい緑色のセーターを着つつ、美希は考えた。
着替えが終わり、美希は行きつけの美容室へ行くという計画を立てた。
校則のことを一切考えずこの行為に踏み切ったことで、美希は学校を震撼させることになるのだが、それはまた別の話である。
美希が副都心にある喫茶店で、好物のキャラメルマキアートを飲みつつ、髪の色をどうするか考えていると、隣の席から女性の叫び声が聞こえた。
「かわいすぎるわ!!やっぱり時代は金髪よ、金髪!!」
美希が様子を見ると、二十(一字不明)歳ほどの女性が周囲の白眼視の中で鼻息を荒くして雑誌を読んでいた。
女性は周囲の視線に気づくと、ぴっ、とまるで雛鳥のような声をあげて萎縮してしまった。
平日の昼下がりに喫茶店で見かけるということは、特殊な仕事をしているのかもしれなかった。
美希は気になったことは聞かずにはいられない探求心と、周りの視線を気にかけないふてぶてしさで、その女性に話しかけた。
「おねえさん!?」
「うん、お姉さん。何で金髪がどうとか言ってたの?」
「おねえさん……ぴへへ……ねえ、小鳥お姉さんって言ってみて?」
「うええ、なんか変な人なの。平日に仕事もしてないみたいだし、それってニートっていうんだよね?」
「ひどい!ちゃんと働いてるわ。私は音無小鳥、この近くの芸能プロダクションで事務員をしているの。ふふ、今日は久しぶりに休暇をもらったのよ」
音無小鳥、と自己紹介した女性は、美希の失礼極まりない言葉を受けてもにこにこと笑っていた。
とはいえ、もし万が一、美希が小鳥を『お姉さん』と呼ばずに『お(一字不明)さん』などと呼んでしまっていたら、目も当てられない結果になっていただろう。
小鳥は言葉を次いだ。
「あのね、ミキが髪の色どうしようかな~って考えてたら、お姉さんが『金髪がいい』って言うから、なんでなのか聞きに来たの」
「ああ、その話ね。いい?金髪っていうのは、男の子でさえもかわいく見せてしまうのよ。美希ちゃんは音楽家にメンデルスゾーンっていう人がいるのは知ってるかしら?」
「うん、おでこが広い人でしょ?」
「そう!あの人は本当は黒髪だけど、幼少期の鉛筆画だと(妄想すれば)金髪に見えるのよ!それがもうかわいくてかわいくて。千早ちゃんのクラシック雑誌を借りて本当によかったわ」
小鳥は熱く語ると、その雑誌を美希に見せた。
雑誌を見た美希が自慢げに言うと、小鳥は笑って言った。
「美希ちゃんみたいな若い子が金髪にするのは、早いと思うわよ?」
「むー、そんなことないよ。わかった、ミキ、金髪にすることに決めたの。お姉さん、今から染めてくるから、ちょっと待っててね」
「えっ、ちょっと!」
美希はマイペースな性格ではあったが、同年代の少年少女と同様、やめておけと言われるとやりたくなってしまう天邪鬼な性質も持ち合わせていた。
「それに、こういうのはちょっとしたきっかけで決めるのが一番なの」
美希は歩きながら呟いていたので、後ろから先ほどの女性が追いかけてきていることに気づかなかった。
「ひゃぁっ!」
美希は後ろからふいに肩をつかまれて、思わず声をあげた。振り向いて小鳥だと確認すると、美希は恨めしそうに小鳥を見つめた。
「もう、びっくりさせないでよ。ミキがお姉さんをびっくりさせるはずだったのに」
「こっちはもう十分びっくりしたわよ。急に金髪にするだなんて。たとえ高校生でも髪を染めるのはだめよ」
「高校生?ミキ、まだ中学二年生だよ?」
「えええええっ!?」
美希が言うと、小鳥は愕然とした様子だった。
小鳥は首を小刻みに振ると、きっぱりと言った。
「なおさらいけないわ。ご両親が何て言うか」
「それなら大丈夫なの。ミキのパパとママ、すっごく優しいんだよ?」
「うっ、ご両親が気にしないなら私にはどうすることも……」
完全に美希のペースに巻き込まれ、あたふたしている小鳥であったが、そんな彼女に美希は一つの提案をした。
「それよりもお姉さん、ミキと美容室に来るの。お姉さんの髪の毛、もっと綺麗にできると思うな」
「えっ、綺麗に?」
「うん!ミキもアドバイスしてあげるの」
食い気味に言う小鳥に、美希は自信を持って答えた。
「ありがとうなの。ミキも、すごくいい感じだって思うな。美容師のお姉さんのおかげだね」
美容師の感嘆を背に、美希はにっこりと笑った。
美希の髪は茶髪から明るい金色へと染められた。
髪の色が変わったことで、美希は元気な印象に加えて、上品さと艶やかさを共存させた、大人っぽさも持ち合わせる少女になったのだ。
先に散髪を終えていた小鳥も、美希を見て冷静さを失いつつあった。
「美希ちゃん、かわいすぎるわ!お持ち帰りしたい!」
「もう、小鳥は変なこと言っちゃダメなの。あっ、小鳥もすごく綺麗になったって思うよ?」
「そうかしら?……美希ちゃん、私の名前、覚えてくれたのね?」
小鳥が言うと、美希は頬を赤らめた。
「細かいことは気にしたらダメなの」
「ふふ、美希ちゃんかわいい」
「うぅ~、小鳥の意地悪!」
「美希ちゃん、もう遅いし、帰った方がいいんじゃない?」
「うん。小鳥、また一緒に遊べる?」
「もちろんよ。また来週、同じ時間にあの喫茶店にいるから、気が向いたら話しかけてね」
小鳥がそう言うと、美希の表情はぱっと明るくなった。
「わかったの!きっと、また来るからね!」
「ええ、楽しみにしてるわ」
「ばいばい、小鳥!」
美希が帰宅し、一人残された小鳥は呟いた。
「まったく、自分の年の半分の子と友達になるだなんて思わなかったわ。律子さんとあずささんに報告しようかな~。今日は飲みたい気分だわ」
小鳥はにやりと笑い、携帯電話を取り出した。
「ミキね、最初はどの色にしようか迷ってたの。でも、小鳥っていうお姉さんが美希の髪の色を決めてくれたんだよ」
美希も嬉しそうに両親に髪の色を変えたきっかけを報告するのであった。
美希の両親は、娘が中学二年生にして金髪になっても、それは不良になったわけではないということが分かっていたし、美希が自分で考えて決めたことならば何であろうと賛成すると決めているほどに、娘を信頼していた。
黙認こそされていたものの、生徒の間では教員は会議を開いて美希の髪について審議したという噂が流れていた。
しかし、話に尾ひれがついたのか、
「保守的な教頭が反対していたが、一部教員から『美希が机に突っ伏しているときの姿がまるで巨大な金色の毛虫に見え、えもいわれぬ癒しである、これをなくしてしまうのはもったいない』と猛反対され、そのまま押し切られた」
という嘘か本当かも分からない内容になっており、真相は藪の中となってしまっている。
以上のように、美希は髪の色を大きく変えたにもかかわらず、驚くべきことに特に何の変化もなく生活することができた。
こうして、小鳥と再び会うまでの一週間が過ぎ去った。
喫茶店で小鳥に話しかける美希であったが、今回は小鳥のほかにもう一人の女性がいた。
その女性は青と白の縞模様のブラウスにスカートといういでたちで、何よりも目を引くのは眼鏡の奥の大きな瞳であった。
その瞳は聡明そうな印象を与えた。そして、まっすぐに射貫くような視線は思わず身構えてしまう力を持っていた。
「美希ちゃん、前も言ったけど、私たちは765プロダクションっていう芸能事務所で働いているの。律子さんが美希ちゃんに会いたいっていうから、連れてきちゃった」
小鳥が申し訳なさそうに美希を見たが、美希は笑って答えた。
「別に気にしないよ。小鳥の友達だもんね。よろしくね、律子」
「よ、よろしく……」
律子は少し面食らったようだったが、さらに美希が言葉を次いだ。
「なっ……!」
律子は小鳥の腕をつかんで美希にそっぽを向き、小声でまくしたてた。
「ちょっと小鳥さん、あの子なんなんですか?いきなり失礼すぎるでしょ!私、我慢できませんよ」
「まあまあ律子さん、抑えてください。すごい才能だと思いませんか?」
「た、確かに見た目は完璧だとは思いますが、この人格は不安しかありませんよ」
「でも今の仕事がない状況ではいずれ事務所が潰れちゃいます。私と律子さんが平日なのに居なくていいってよっぽどですよ?」
「それは一理ありますけど……」
律子は美希に向き直ると、こほん、と小さく咳をした。
「ごめんね美希、少し話すことがあったの。ところで、今日の予定は決めてる?」
「う~ん、じゃあ律子の服を買いに行くの。ミキが決めてあげるね。律子は服買うのヘタそうだし」
律子の我慢はもう限界に達しつつあった。
「律子の服って、コンビニでよく見るの。あそこのおにぎりはおいしいから、ミキ覚えてるよ」
美希の止まらない口撃を受け、ついに律子は美希の両頬をつまんだ。
「こら、いい加減にしなさい!初対面でこんなこと言い続けて、失礼だと思わないの!?悪い事を言う口はこうしてあげるわ!」
「律子、いひゃいの、放してなの~!」
「律子さん、でしょ!ほら、ごめんなさいは?」
「うぅ、ご、ごめんなさいなの。律子……さん」
「分かればよろしい。いい、美希?これからは私のことは律子さんと呼びなさい。さもないと……」
「律子さん、あまりいじめないであげてね」
「いじめてないですよ!社会常識を教えるための愛の鞭ですから」
とはいえ、律子が小鳥の後ろに隠れて震える美希を見て、手を出したのは軽はずみだった、と少しばかりの罪悪感を覚えたのも確かであった。
彼女は言葉こそ悪かったが、律子のことを考えて発言していたのである。
美希は少し世間知らずなだけで、本当はまっすぐな心を持った純粋な子である、ということを律子は理解した。
「美希、さっきは私も悪かったわ。お詫びに、好きな飲み物おごってあげるから、機嫌直してくれる?」
律子がそう言うと、美希は嬉しそうに言った。
「ホントに!?じゃあキャラメルマキアートと、あといちごババロアが欲しいの!やっぱり律子って優しいね!」
まったく、と呟きながらカウンターへ向かう律子を見て、小鳥は美希に言った。
「美希ちゃん、律子さんは少し厳しいけど、悪い人じゃないのよ。私たちのことを本気で考えてくれる優しい人なの」
「うん、律子は優しいの。ミキ、初めて見たときから知ってたよ。小鳥の事務所は、いっぱい優しい人がいるの?」
「そうよ。みんなが事務所の一人一人のことを考えているわ」
「ふうん」
嬉しそうに答える小鳥を、美希は不思議そうに見つめていた。
「ありがとうなの!律子……さん」
飲み物を受け取る美希を見て、律子は小鳥と目くばせをした。
「美希、面倒だし本題に入るわよ。あなたはアイドルに興味がある?」
律子が美希に会ったのは、事務所の勧誘のためだった。小鳥から美希を所属アイドルとして雇ってはどうかという話を聞き、素質を確かめに来たのだ。
律子はかねてからプロデューサー業、更には経営全般の業務にも興味を持っており、その一環としてアイドルの発掘をやってみたいという望みを持っていた。
美希に会うことは、彼女の望みを叶えると同時に、彼女の分析力と観察眼がどこまで通用するかを知る好機でもあったのだ。
ちなみに、アイドル候補生はたいてい社長が勝手に連れてくるのだが、その雇用に伴う事務処理は小鳥と律子に全て任されていた。
そのため、社長を一切介せずにアイドルを雇用することも事実上は可能だった。
「歌や踊りでみんなを元気にする人よ。」
「ふうん、ミキよく分かんないの」
興味なさそうに返事する美希に、律子は言った。
「まあ、口で説明するより、見てもらった方がいいわね。行くわよ」
美希は、律子と小鳥に連れられて小さなライブ会場へ向かった。
そのライブ会場では、一人の少女が前座として歌を歌い、会場を盛り上げていた。
美希は、自分とほとんど年の変わらない少女が、一身に歓声を浴びてステージに立つ姿をただ見ていた。
それは小さな会場でのライブだったし、さらに前座という地味な役割だった。
しかし、その少女の姿は美希の心の奥深くに焼きついた。美希の見ていた少女は、真摯だった。
歌を伝えようともがき、歌い終えて観客に歌の力が伝わったのを感じると、深くお辞儀をした。
その姿は、美希には光り輝いて見えた。
美希が訊くと、律子は得意そうに答えた。
「うちの事務所の如月千早よ。会いに行く?」
「うん!」
「美希ちゃん、気に入ったみたいですね。」
小鳥が律子に言った。
「そうですね。それにしても、美希はやる気にむらがありすぎるというか……さっきまで興味なさそうだったのに」
一行が楽屋に入ると、如月千早は水を飲んでいるところだった。
「音無さん、お疲れ様です。おかげさまで、納得いく仕上がりだったと思います」
「千早、お疲れさま。今日は大勢で押し掛ける形になっちゃったけど、ごめんね。美希、自己紹介しなさい」
律子が促すと、美希は興奮したように言った。
「ミキはね、星井美希だよ。最近14歳になったの。さっきの千早さん、すごかったなぁ。歌も上手だったし、会場を盛り上げてキラキラしてたよね。ミキもあんな風になりたいな、って思ったの。ミキ、千早さんのこと尊敬しちゃうの。本当だよ?」
千早は驚いたようだったが、やがてふっと微笑んだ。
「ミキでいいよ。ミキはね、まだ事務所に入ってないの。最初は入るつもりもなかったんだけど、千早さんの歌を聞いてからは入ってもいいなって思ってるよ」
美希が言うと、隣にいた律子が口を挟んだ。
「こら、まだ美希を入れると決めたわけじゃないのよ。それにしても美希、どうして千早にはさん付けできるのに、私にはできないのよ」
「わからないの。律子……さんって言うのはなんかくすぐったいの」
「まったく……」
頭を抱える律子だったが、そこに千早が話しかけた。
「律子、私には呼び捨てでいいのに、どうして星井さ……美希にはさん付けで呼ばせるの?」
「ああ、それはね、美希はこの通り世間知らずだから、礼儀を教え込まないといけないでしょう?千早は逆に礼儀正しすぎるのよ。だから私を呼び捨てにさせて距離を近づける練習をさせてるってわけ」
小鳥がおずおずと指摘すると、律子はしまった、というような顔をした。
「ま、まあそんな話はともかくとして、美希、さっき言ってたキラキラって何?」
律子が話を続けると、美希がうっとりしたように答えた。
「キラキラっていうのはね、千早さんが歌っているときにそう見えたの。お客さんがわーって言って、千早さんが歌うと静かになったでしょ?それからみんな千早さんしか見えなくなるの。その時は、本当にすごかったの。ミキもあんな風にキラキラできるかな?ミキ、すぐ飽きちゃう方だけど、あの時見たキラキラは忘れられないと思うな。ミキも千早さんみたいになれるよね?」
美希の話を興味深そうに聞く三人だったが、小鳥が時計を見て言った。
「そろそろ出る時間ですね」
「あら、もうこんな時間。千早、邪魔して悪かったわね」
千早が答え、間もなく三人は楽屋から出た。楽屋の外で待つ三人だったが、出し抜けに律子が美希を呼んだ。
「そうだ、美希」
「はいなの!」
「さっきの話だけど、美希ならきっと千早みたいになれるし、キラキラできるわ」
「本当に!?」
やる気が続けばだけど、と呟く律子だったが、美希には聞こえていないようだった。
「ミキも本当はそう思ってたの。ミキなら楽にキラキラできるよね」
「美希ちゃん、そんなに楽じゃないと思うわよ?」
小鳥が苦笑いした。
「よかったらうちの事務所にいらっしゃい。鍛えてあげるから」
律子もため息交じりに言った。
美希が珍しくまじめくさった態度をとったので、二人は物珍しそうに美希を見た。
「ミキ……私を、765プロに入れてください!私、がんばりますから……なの」
小鳥と律子は顔を見合わせ、微笑んだ。
「「それは社長次第です」」
「ええ~っ!!そんなのってないの!」
「大丈夫よ美希、私の目に狂いはないわ。間違いなく社長もティンとくるわよ。」
「ひどいの!お願いしたのに!すごくドキドキしたんだよ?」
「さっきの美希ちゃん、かわいかったわよ」
「小鳥はそればっかり!律子もひどいの!」
「律子『さん』でしょうが!」
「ご、ごめんなさいなの……」
律子が言うと、小鳥も続いた。
「美希ちゃんはもう765プロの仲間だから、困ったことがあったらいつでも言ってね。そういえば、千早ちゃんは準備できたかしら?」
小鳥が言うや否や、楽屋のドアが開き、千早が現れた。
「お待たせしました」
「それじゃあ、帰るわよ。美希、来なさい」
美希は、律子の後に続いて会場を出た。
「ねえ律子、さん、アイドルって普段何してるの?昼寝?」
美希が尋ねると、律子は呆れたように答えた。
「そんな訳ないでしょう。レッスンしてアイドルに必要な力を身につけるのよ。練習が大事なの」
「えー、練習!?ミキ、寝てちゃダメなの?」
「ダメ」
「や!ミキ、ちゃんとお仕事するから、毎日12時間は寝るの!」
律子が反論しようとした時、小鳥が言った。
「そうだ、律子さんと千早ちゃんは事務所に行かないといけないわよね。私、美希ちゃんを送っていきます。美希ちゃん、一緒に行きましょう」
美希は元気に挨拶して、小鳥とともに駅の方へ歩いて行った。
残された律子と千早は、しばらくの間歩き去る二人の後姿を見つめていた。
やがて、律子が口を開いた。
「千早、美希のことどう思う?」
「すごくかわいいと思うわ。高槻さんとはまた違った良さがあるわね」
即答する千早に、律子はため息を吐いた。
「違うわよ。アイドルとしてやっていけるかを聞いてるの」
「そうね……千早、私が美希のプロデューサーになれば、美希はトップアイドルになれると思う?」
律子は先に述べたようにプロデューサー志望である。
彼女は、美希のトップアイドルとしての素質を認めはしたものの、少女の世間知らずで自分に甘い一面を見て、才能を開花させるにはパートナーが必要不可欠であることを痛感していた。
律子は千早の言葉を受け、持ち前の責任感の強さから、自分がアイドルを辞める必要に迫られているのではないかと感じ、このようなことを言ったのである。
しかし、その考えは千早の次の言葉で否定された。
「私が美希に甘い?」
「ええ。甘いというよりは、厳しくないと言った方が正確かもしれないわね。でも、ほとんどの人は美希に厳しくするなんてできないと思う。だってあんなにかわいいじゃない。よっぽどの鈍感じゃないと、美希に厳しくするなんて無理よ。レッスンの時も、トレーナーが美希に全力を出させることができるか疑問ね」
「私がプロデューサーだと、美希の力が完全には引き出されない、ということね」
「……ええ、そういうことよ」
それでも律子が美希のプロデュースに向かないと言ったのは、律子がアイドルをしている姿が好きだったからだ。
千早が事務所に入ってきた初め、事務所を支えていたのは律子だった。
当初は、千早には律子がはるか遠くの偉大な人物に思えたものだ。
そんな律子に先輩アイドルとして基本を叩きこまれた思い出は、敬慕の念として千早の心に半永久的に刻み付けられている。
千早は、もう少しだけ律子のアイドル姿を見たかったために、本心を偽ったのであった。
そんな千早の思いを知らず、律子は納得したような表情をした。
「ふふ、そうね。それじゃ律子、そろそろ事務所に行きましょう」
二人はもう何度目になるかという、いつになっても現れない新しいプロデューサーの話をしつつ、事務所へと向かった。
「ねえ小鳥、事務所にはどんな人がいるの?」
「いろんな子がいるわよ。そうだ、最近美希ちゃんと同い年の子が事務所に入ったの。不器用だけど、しっかり者ですごく優しい子なのよ」
「へえ、そうなんだ。今度ミキの家に来るって言ってた社長さんはどんな人なの?」
「ああ、初めて見たときは少し驚くと思うけど、悪い人じゃないから警察には通報しないであげてね。真っ黒だけど、元々そういう人だから」
「わかったの」
駅前に到着すると、小鳥は思い出したかのように言った。
「アハッ、おもしろそうだね。どんなの?」
「手を重ねて、私がファイト、っていうから、その後おーっ、て言って手を挙げるのよ。うちのアイドル達が考えたんだけど、みんな気に入ってるからよくやるのよ」
「うん、ミキ、やってみるね」
美希と小鳥が手を重ねると、小鳥が小さく叫んだ。
「765プロ、ファイトー!」
「おー!」
人ごみの中で、二人のささやかな儀式が行われた。
それは誰の目に留まることもなかったが、美希は自分が新しい一歩を踏み出したように感じ、小さな満足感を覚えた。
学校での退屈な日常から離れることができるという期待感に胸が高鳴った。美希は、家族に報告したくてたまらなかった。
「そういえばそうなの。うっかりしてたね」
住所確認という、最も大事なことを忘れかける小鳥であった。
相手が美希だったので特に突っ込まれることもなかったが、美希の765プロ所属アイドルとしての運命はこの時危機に瀕していたのである。
小鳥は今でもその場面を回想すると冷汗が出た。とはいえ、美希は無事住所を教え、小鳥と別れることができた。
アイドルとしての第一歩を踏み出した自分。
今の美希にとっては、翌日には優先順位が逆転しているにせよ、一にアイドル、二に睡眠である。
睡眠よりも夢中になれるかもしれないことを見つけた美希は、幸せな気持ちだった。
「これから楽しくなるといいな」
美希は電車の席に座ると、すぐに寝息を立て始めた。
すっかり日の暮れた空では、いくつかの星が瞬いていた。
おわり
納期も守れない私は、穴掘って埋まっておきます。
以上
すごく丁寧なSSで読んでいて楽しかった
P「美希コラ、もっとしゃぶれや」
美希「んぷっ...ぬぷっ...れろぉっ」
P「あ^~気持ちい~wwww射精したら次はそのマンコに入れっかんなww今のうちに濡らしとけ」
美希「ふぁいなの...(モゴモゴ」
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